第二十三話
力なく倒れる彼女の身体を抱き上げる。
生暖かい血液が俺の指先から流れ落ちていく。
「理乃……理乃……!」
必死に呼びかけると、彼女の体が僅かに震えた。
「理乃っ!」
「……――」
声にならないかすかな囁きが、彼女の口から漏れる。
その唇の動きを見て、俺は彼女が何と口にしたのかを理解した。
――無事でよかった――
「……どうして、どうして俺のことを心配してるんだよ……! お前は全然無事じゃないだろ……っ」
深い傷を負ってなお、俺のことを心配し続ける少女に、俺の心が、魂が震えた。
彼女の身体を抱き上げたとき、ディヴァドラグが俺に向かって突進してきたが、俺はそれをちらりとも見ずに躱す。
〈心眼〉を使用したわけではない。何故か視界が広く、ディヴァドラグの動きが簡単に予測できた。
既に倒した一体と同じように、ディヴァドラグは地面を抉りながら速度を落し、そして俺の方にその巨大な顎を向ける。
俺は理乃を離れた場所に下ろすと、ディヴァドラグを一睨みし、遠く離れた方向へと奴を誘導する。
体が軽いのは、レベルアップしたせいだ。
だがそれ以上の何かを、俺は感じていた。
「畜生……っ」
呟いて、ディヴァドラグに肉薄し、その巨体を殴りつける。拳は鱗に弾かれた。ダメージを負ったのは俺の方。拳から流れ出す血液を見ながら、しかし俺の意識はそこにはなかった。
俺は守ると決めたはずだ。理乃ことを、誰より大切な人のこと。だがどうして、彼女は傷つき血を流している? それは俺の無力さが原因で、俺が彼女を守れなかったのだと言う事実を明らかにしている。
「何が死んでも守るだ……っ!」
ドラゴンの尾がしなり、俺に向かってくる。両腕を交差させてそれを受け止めるも、衝撃は全身に伝わり、俺の体はゴムボールのように地面を転がった。
痛みに意識が遠くなり、覚醒と昏迷の間で揺れる。
死んでも守る。その俺の言葉は嘘じゃなかった。心からそう思って、俺はその言葉を口にした。
だが、その言葉は俺のどこに刻まれていただろう。おそらく、脳のどこかに刻まれ記憶として残っていただけ。
俺が愚かだったのだ。守ると言う言葉を浅く捉えすぎていた。その言葉の本来の意味とは、文字通り、俺の存在意義そのものを誰かに捧げることだった。
「……理乃」
うわ言のように、彼女の名を呼ぶ。
「……ごめんな」
無事でよかった、と俺の身を案じてくれた彼女の姿に、俺の奥底で眠っていた感情が呼び起こされる。
全身を奮い立たせて立ち上がる。
「……もし許されるなら、俺はもう二度と君のことを悲しませない。苦しませない」
ディヴァドラグが地面を抉りながら迫ってくる。いわばそれは障害であり、証明となる。
障害を打ち砕くことで、俺の覚悟を証明する。
「……理乃、死んでも君のことを守る。俺は俺の魂に誓うよ」
――覚悟は決まった。
俺の目の前に【剣】が現れる。それを掴み、真直ぐに構える。
怒りは無く、悲しみは無く、あるのは守ると言う覚悟だけ。ただそれのみを剣に乗せて振るう。守りたい人のためだけに力を解放し、ただそのためだけに敵の命を奪う。
「これは、守るための力だ……っ!」
守るためだけに存在する剣が今、振り下ろされた。




