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生きる、何が、あっても  作者: 虹の箸
第1章 始まりの3人

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銀十字の輝き

 ルキウスが構築した冷徹にして完璧な新戦術――『諸兵科連合』は、確かに一つの戦線を劇的に塗り替えた。


 彼の指揮下にある部隊は連戦連勝を重ね、王国連合軍に束の間の希望をもたらした。


エリアナが確立した前線医療システムも相まって味方の生存率は飛躍的に向上し、彼女の元には「勝利の女神」「戦場の天使」という熱狂的な賛美が寄せられていた。


 しかし、世界を覆う大戦の炎は、一つの局地的な勝利で消え去るほど生易しいものではなかった。


 ルキウスの目が届かない他の戦場は、依然として酸鼻を極める泥沼の中にあった。


強大な軍事力を誇る『枢軸国軍』の猛攻は凄まじく、東部戦線でも、南部の山岳地帯でも、果てしない塹壕戦と毒ガス、そして終わりのない砲撃戦が続き、毎日何万という命が無為にすり潰されていた。


 戦火は拡大し、世界は終戦どころか、より深く暗い狂気の底へと沈み込もうとしていた。


 そんな漆黒の絶望が世界を覆う中、エリアナの瞳に映る景色もまた、日増しに重く、深いものへと変わっていた。


 味方の戦局が一時的に有利に傾くということは、敵側に凄まじい規模の死傷者が生まれるということだ。


 野戦病院に次々と運び込まれてくる、枢軸国軍の捕虜たち。


手足をもがれ、火傷に爛れ、敵地のど真ん中で恐怖と痛みに泣き叫ぶ彼らの姿は、かつてスラムの路地裏で明日の命に怯え、震えていた自分たちの姿と全く同じだった。


 彼らもまた、国家という巨大な暴力に巻き込まれただけの、哀れで無力な『弱者』に過ぎない。


(私が本当に憎んでいたのは、敵国じゃない。……こんな理不尽な死を生み出す、世界そのものだったんだわ)


 泥と血にまみれた枢軸国兵の手を握りながら、エリアナは自身の奥底にあった野心の形が、音を立てて崩れ去り、全く別の純粋な光へと昇華していくのを感じていた。


 スラムの難民を救うために聖王の権力を欲した。だが、目の前で内臓を零して泣く少年に、国境やイデオロギーなど関係あるだろうか。


 経典にある『汝の敵を愛せよ』という言葉。


 かつての彼女にとって、それは綺麗事に塗れた神官たちの虚言でしかなかった。


しかし極限の地獄の中で、エリアナはその真理に辿り着いた。敵味方の軍服を剥ぎ取れば、そこにあるのは同じ赤い血を流す人間だ。


「彼らを救いたい。……味方と同じように」


 だが、王国連合軍の『軍属』である以上、敵国に直接赴いて医療を施すことは明白な利敵行為であり、反逆罪に問われる。


 国家の壁が越えられないのなら、どうするか。国境を持たない『宗教』の絶対的な中立性と、誰もが否定できない『科学のシステム』を使えばいい。


 エリアナは行動を開始した。

 彼女は、王都の教会に集まっていた膨大な寄付金(そして、アレンが裏から回してくれた莫大な匿名資金)をすべて注ぎ込み、王都の中央に巨大な『看護学校』を設立したのだ。


 当時、教会のシスターによる看護は「神への奉仕」や「下働きの雑用」として、社会的地位の低い仕事とみなされていた。


 しかしエリアナは、そこにルキウスにも通じる『徹底した合理性と科学』を導入した。


 精神論や祈りだけでなく、解剖学、衛生学、そして統計学に基づいた感染症対策。彼女は看護という行為を、単なる自己犠牲の奉仕から、高度な知識と技術を伴う『専門職』へと一気に引き上げたのだ。


「いいですか。祈りだけでは熱は下がりません。傷口を清め、換気をし、患者の生命力を科学的に引き出すこと。それこそが、神が私たちに与えた技術という名の真の奇跡です」


 白衣を纏ったエリアナの教えを受けた女性たちは、皆、誇り高く瞳を輝かせていた。


 厳しい訓練を修了した彼女たちは、やがて親しみを込めて『エリアナナース』と呼ばれるようになった。


 そして、エリアナの真の目的はここからだった。


 彼女は教会という超国家的な中立の立場を最大限に利用し、卒業した優秀なナースたちを、王国連合軍だけでなく、中立国を経由して世界中の病院――果ては、敵国である枢軸国軍の野戦病院にまで派遣し始めたのだ。


「私たちは国家の兵士ではありません。命に仕える神の使徒です」


 彼女たちが胸に掲げた銀の十字の紋章は、国境を越え、戦火を越え、あらゆる戦場で不可侵の中立を約束する『命の標』となった。


 枢軸国軍に派遣されたナースたちは、最初はスパイと疑われ、冷遇された。


だが、彼女たちの献身的かつ科学的な看護が瞬く間に自軍の致死率を下げていく事実を前に、枢軸国の将兵たちもやがて深く首を垂れ、敬意を払うようになった。


世界大戦の闇は、底なしの泥沼のように深まり続けている。


 銃声は止まず、どこかで新たな戦線が崩壊し、狂気に満ちた指導者たちがさらなる血を要求する。終戦の兆しなど微塵も見えない焦燥の世界。


 しかし、その絶望の闇が濃くなればなるほど、戦場を歩む銀十字の乙女たちと、彼女らを束ねる『真の聖女』の放つ光は、皮肉にもいっそう強く、神々しく輝きを増していくのであった。


お読みいただきありがとうございました。

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