革新のドクトリン2
ダミアン平原。
夜明け前の西部戦線は、不気味なほどの静寂に包まれていた。
対峙する枢軸国軍の司令官は、塹壕からの報告を聞き、安堵の息を漏らしていた。
『敵の準備砲撃の兆候、一切なし』
ならば、今日の夜明けも敵の突撃はない。
だが、司令官は気づいていなかった。その「安心」すらも、ルキウスのスキル『軍師』によって強制的に確定させられた心理的錯覚であることに。
ルキウスは自軍の兵器の配置とスケジューリングを完璧に終えた上で、敵司令官の脳内に『今日は攻撃がない』という思考を固定化させたのだ。
午前四時。
後方の高台に設営された野戦司令部で、ルキウスは懐中時計の秒針が天を指したのを確認し、淡々と命じた。
「……始めろ」
直後、世界が弾け飛んだ。
ルキウスの号令と共に、王国軍の何千門という大砲が一斉に火を噴いた。しかしそれは、無作為な陣地への砲撃ではない。
事前に完璧に計算されていた敵の『大砲の位置』のみを狙いすました、精密無比な対砲兵射撃だった。
枢軸国軍が反撃しようと大砲に駆け寄った時には、すでに彼らの砲兵陣地は凄まじい爆発と共にことごとく吹き飛んでいた。開始わずか数分で、帝国の『牙』は完全に抜かれたのだ。
「な、何事だ!? 反撃しろ、砲兵は何をしている!」
パニックに陥る枢軸国軍司令部。だが、絶望はまだ始まったばかりだった。
朝霧を引き裂き、地響きと共に姿を現したのは、今まで誰も見たことのない鋼鉄の怪物たちだった。
五百両もの『魔導装甲戦車』が、枢軸国軍が何年もかけて構築した鉄条網を紙屑のように蹂躙し、塹壕を乗り越えて突進してくる。機関銃の弾幕も、戦車の分厚い装甲の前には無力に弾け飛ぶだけだった。
戦車が蹂躙した安全な道を、数万の歩兵が怒涛の如く続く。
さらに頭上からは、航空魔導大隊が急降下し、混乱して逃げ惑う敵兵の頭上に無慈悲な爆撃と機銃掃射の雨を降らせた。
砲兵が敵の大砲を潰し、戦車が壁を壊し、航空機が退路を絶ち、歩兵が蹂躙する。
それはまさに、ルキウスが設計した『システムとしての暴力』の体現であった。
「逃げろ! バケモノだ!」
「大砲が通じない! 空からも撃たれてる、もう終わりだ!」
騎士道精神も、個人の武勇も、幾重にも築かれた強固な塹壕も、すべてが意味をなさなかった。
何年も続き、永遠に破られないと思われていた泥沼の膠着状態が、たったの数時間で、文字通りチリ芥のように粉砕されたのだ。
「……信じられん。我が枢軸国の無敵の防衛線が、たった半日で、消滅したというのか……」
数時間後。遠く離れた枢軸国の最高司令部で、名将と謳われたライーデンドルフ将軍は、届き続ける壊滅の報告書を前に、震える両手で顔を覆った。
将軍はその日を、絶望と恐怖を込めてこう手記に記すことになる。
『一××××年、この日は枢軸国軍にとっての暗黒の日である』と
一方、勝利に沸き返る王国軍の野戦司令部。
将校たちが狂喜乱舞し、ルキウスを「軍神の再来」と褒めそやす中、若き参謀長補佐は双眼鏡を静かに置き、軍服の袖についた僅かな埃を神経質に払い落とした。
「……味方の損耗率、予定より1・2%超過。戦車の駆動系トラブルによる遅延が原因か。次までに整備兵の練度を上げさせる必要があるな」
何万という敵兵の死体と、何年もの膠着を打ち破った歴史的勝利を前にして、ルキウスの瞳には歓喜も興奮も微塵もなかった。
あるのは、自身の計算式に生じたわずかな誤差への不満だけ。
彼にとってこの革新的ドクトリンすらも、最適化されるべき業務プロセスの一つに過ぎないのだ。
冷たい風が、大量の死臭を運んでくる。
効率的な殺戮のシステムを完成させた若き怪物は、灰色の空を見上げながら、やがて訪れる世界のすべてを呑み込む流れに向けて、静かに次の一手を計算し始めていた。
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