第三章 第6話 「守りと影」
伏見の流れが整い始めたころ――清継は、次に必要なものを見据えていた。
人もいる。金も巡る。掟もできた。
だが、それでも足りない。
「……守りやな。」
縁が言う。
清継は頷いた。
「せや。」
弥七が腕を組む。
「これだけ流れが大きなったら、狙われる。」
それは避けられない。荷を奪う者。金を狙う者。
そして――流れそのものを断とうとする者。
清継は静かに言った。
「二つ要る。」
弥七が問う。
「二つ?」
「表と裏や。」
数日後。伏見の外れの茶屋。
まだ整いきらない町の端で、人の目を避けるような場所だった。
そこに、三人の男と一人の女がいた。
一人は、細身で静かな男。
沢村甚三郎。
だが、その目は常に周囲を測っている。
剣を帯びてはいるが、手をかける気配はない。
もう一人は、若い剣客。
鋭い眼差しと無駄のない動き。
武者修行の最中――疋田文五郎。
そしてもう一人。
飄々とした雰囲気を持つ男。
茶をすすりながら、周囲を楽しむように見ている。
諸岡一羽。
最後に、壁にもたれている女。
お葉。
何も言わず、全体を見ている。
弥七が小声で言う。
「濃いな……」
縁が苦笑する。
「扱い間違えたら終わりやで。」
清継は、その四人の前に立った。
そして、静かに口を開く。
「先生方。」
文五郎が視線を上げる。一羽はにやりと笑う。
甚三郎は、何も言わない。お葉はただ見ている。
清継は言葉を続けた。
「先生方の素晴らしい武芸を、ただの戦の人殺しで終わらせてはもったいない。」
一羽がくすりと笑う。
「ほう、面白い言い出しや。」
文五郎は黙っている。
清継は続ける。
「我が店が、京・伏見の名水と、贅を尽くした砂糖で作る『正水紅』の美しさを――」
「そして、この都の平和な時間を、どうかその気高き剣と諜報で守っていただきたい。」
一拍。
「滞在中の食費(米)はもちろん、我が店自慢の菓子と美味い酒は、生涯タダで差し上げます。」
弥七が小さく吹き出す。
「やっぱそれ言うんやな。」
一羽が笑う。
「ええやないか。分かりやすい。」
文五郎が口を開く。
「守る、とは。」
短く、鋭い問い。
清継は答える。
「流れや。」
文五郎の目が細くなる。
一羽が茶を置きながら言う。
「抽象的やな。」
縁が口を挟む。
「荷、金、人……全部や。」
甚三郎が初めて口を開いた。
「……見張る。」
全員の視線が向く。
短い一言。だが、意味は明確だった。
お葉が補足する。
「せや。動く前に潰す。」
弥七が笑う。
「こっちは裏やな。」
清継は頷く。
「表は任せる。」
文五郎と一羽を見る。
文五郎は静かに言う。
「斬る必要はあるか。」
清継は首を振る。
「できる限り、ない方がええ。」
一羽が笑う。
「面白いな。」
「斬らん剣、いうわけか。」
清継は答える。
「斬らせん剣や。」
沈黙。
やがて文五郎が言う。
「……修行になる。」
それが答えだった。
一羽が続ける。
「退屈せんやろな。」
弥七が肩をすくめる。
「保証するで。」
お葉が清継を見る。
「で、うちらは何でも見るで?」
清継は頷く。
「好きに見てくれ。」
甚三郎が短く言う。
「……十分や。」
こうして、伏見に守りが入った。
文五郎と一羽が“表”に立つ。
人の目に見える抑止。
そして――
甚三郎とお葉が“裏”を巡る。
気配を読み、流れを乱す芽を摘む。
弥七が言う。
「これで、締まるな。」
縁も頷く。
「流れ、守れるで。」
清継は静かに空を見た。
流れは生まれた。だが、それを守る仕組みも整った。
伏見は今――守る力を持った町になった。
風が吹く。
静かに。だが確かに。
見えないところで、何かが動き始めていた。




