第二章 第15話 「巡るもの」
京の空気が、変わり始めていた。
静かに。
だが、確かに。
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「出たで。」
京屋の奥。
低い声が落ちる。
「……禁制や。」
ざわり、と場が揺れる。
清継は顔を上げた。
「どこや。」
「寺も、社も、座もや。」
「“守るため”やてな。」
誰も笑わなかった。
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「守る……か。」
誰かが呟く。
「守られてる気ぃ、するか?」
返事はない。
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幸が小さく言う。
「でも……守ってくれるなら、ええことちゃいますか。」
それも、本音だった。
だが――
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「ほんまに守っとるか?」
清継が静かに言う。
幸が見上げる。
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「通られへんもん、増えとるやろ。」
「魚、遅れとる。」
「綿も止まり気味や。」
「油も……。」
ぽつぽつと声が出る。
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「それでも“守っとる”言うんか。」
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その時だった。
「――面白い。」
低い声が差し込む。
場が凍る。
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戸口に立つ影。
僧形の男。
宗歓。またの名を伊勢貞孝、幕府の重鎮。
静かに、入ってくる。
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「流れを語るには、まだ早い。」
穏やかな声。
だが、重い。
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清継は視線を外さない。
「止めとるもんが言うことやない。」
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宗歓はわずかに笑う。
「止めてはおらぬ。」
「整えておる。」
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「同じや。」
清継は言う。
「止まったら、流れやない。」
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沈黙。
二人の間に、見えない線が引かれる。
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宗歓は一歩近づく。
「では問おう。」
「乱れた流れは、どうする。」
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清継は、すぐには答えない。
京屋の中を見回す。
人の顔。
不安。
迷い。
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「巡らせる。」
短く言う。
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宗歓の目がわずかに細まる。
「巡る、か。」
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清継は頷く。
「天は、巡るもんや。」
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「一つに留めたら、腐る。」
「流れは回ってこそ意味がある。」
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宗歓は静かに聞いている。
否定しない。
だが――認めもしない。
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清継は続ける。
「流れは、京だけやない。」
「渡辺も。」
「兵庫も。」
「尼崎もある。」
ざわり、と空気が動く。
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「京に入らんでも回る。」
「禁制、関係あらへん。」
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宗歓の沈黙が、ほんの一瞬深くなる。
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「地も同じや。」
清継は言う。
「座だけやない。」
「人が繋がれば、流れはできる。」
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幸が小さく呟く。
「……縁。」
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清継が頷く。
「縛らん結びや。」
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宗歓は、そこで初めてわずかに笑う。
「……よく考えておる。」
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「だが。」
一拍。
「人は不安を嫌う。」
「守られる方を選ぶ。」
清継は、静かに返す。
「選ばせたらええ。」
宗歓の目が止まる。
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「守られるか。」
「流れるか。」
「自分で選べばええ。」
空気が揺れる。
その言葉は重い。
宗歓はしばらく沈黙したあと、ふと話を変えた。
「茶は、嗜むか。」
場が一瞬、緩む。
だが――違う。
これは話題転換ではない。
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清継は答える。
「少しは。」
宗歓は頷く。
「流れも、同じや。」
「よき水。」
「よき器。」
「よき手順。」
「整えば、すべてが生きる。」
清継は即座に言う。
「整えすぎたら、死ぬ。」
宗歓の目が、わずかに光る。
「……面白い。」
「ならば、見せてやろう。」
ゆっくりと言う。
「整えられた流れが、どれほど美しいか。」
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それは――挑発だった。
「近いうちに、席を設ける。」
「来るか。」
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沈黙。
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清継は、少しだけ考える。
そして――
「行く。」
短く答えた。
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宗歓は満足げに頷く。
「よい。」
「流れは、目で見るものでもある。」
そう言って、背を向ける。
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去り際。
一言だけ残す。
「形は、いずれすべてを覆う。」
静かに去っていく。
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京屋に残る沈黙。
弥七が低く言う。
「……罠やな。」
清継は答えない。
だが、分かっている。
これは戦だ。
武ではない。
“場”の戦い。
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幸が不安そうに言う。
「行くんですか……?」
清継は、ゆっくり頷く。
「行く。」
「見な、分からん。」
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外では、風が動いていた。
流れは――
巡り始めている。
だが。
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次は、その流れが
“形”とぶつかる。
静かに。
だが、確実に。




