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第二章 第12話 「流れに触れる」

 朝の空気は、少し違っていた。


 重くはない。

 だが、軽くもない。


 京の町は動いている。

 だがその流れは、どこか鈍い。


 清継はそれを感じながらも、言葉にできずにいた。


(流れは……ある。)


 だが。


(整うてへん。)


 その違いが、まだ掴めない。


 ---


 京屋。


 いつもより、人の声が多い。

 だが、明るくはない。

 ざわついている。


「聞いたか。」


「淀のことや。」


「関銭、取り上げる気やて。」


 清継は足を止めた。


(淀……。)


 伏見の先。

 流れの要。

 人も物も、必ず通る場所。


「誰がや。」


 誰かが問う。


「三好家や。」


 声が落ちる。


「支配を固める気や。」


「関銭も、全部吸い上げるて話や。」


 別の男が言う。


「そしたらどうなる。」


「通るたびに銭や。」


「流れが詰まる。」


「いや。」


 さらに別の声。


「詰まるんやない。」


「選ばれるんや。」


 その言葉に、場が静まる。


「通してええもんだけ通す。」


「そういうことや。」


 ---


 清継の胸が、わずかにざわつく。


(選ぶ……。)


 流れを。

 人が。


「……誰が決める。」


 思わず口に出る。

 返ってきたのは、短い言葉だった。


「力のあるもんや。」


 ---


 幸が小さく言う。


「流れ、変えられるんですか……。」


 清継はすぐに答えられなかった。


(変えられる……。)


 その発想自体が、どこか引っかかる。


(流れは……流れるもんやろ。)


 だが。


 現実は違う。

 止まりかけている。

 揺らいでいる。


 そして今――


 “選ばれようとしている”。


 ---


 その時。


 弥七が近づく。


「旦那。」


「石清水から、呼びが来とります。」


 清継は顔を上げる。


「……石清水やと。」


 弥七は頷く。


「神事やそうです。」


「正水を扱う、と。」


 その言葉に、清継の胸がわずかに動く。


(水……。)


 流れ。


 その言葉と、どこか重なる。


「行く。」


 迷いはなかった。


 ---


 石清水八幡宮。


 山へ続く道は、静かだった。

 京のざわめきとは違う。


 風が抜ける。

 音が流れる。

 人の気配が、軽い。


「……違うな。」


 清継は呟く。

 弥七が笑う。


「ここは、止まらん場所です。」


 その言葉の意味を、清継はまだ完全には理解していない。


 ---


 境内。


 神事の準備が進んでいた。


 水が運ばれる。

 器が整えられる。

 無駄がない。


 だが急がない。


 すべてが、流れている。

 幸はその様子を見ていた。


(……整っとる。)


 京の町で感じた“引っかかり”が、ここにはない。


 人が動く。

 だが、迷いがない。


「違う……。」


 小さく呟く。

 その違いが、はっきりと分かる。


 ---


 やがて。


 一頭の白馬が現れる。


 静かに。

 だが、確かに空気を変えながら。


 白い毛並み。

 澄んだ目。


 一切の迷いがない。


 人々が道を開ける。

 誰も命じていない。

 だが、自然とそうなる。


 清継は、その姿を見て息を呑む。


(流れとる……。)


 止まらない。


 迷わない。

 ただ進む。


 それは、人の流れとは違っていた。


「神馬や。」


 伊平が低く言う。


「迷わんもんは、強い。」


 その言葉が、胸に残る。


 ---


 神事が始まる。


 水がすくわれる。


 注がれる。


 蒸気が立ち上る。


 祝詞が響く。


 その中で。

 清継は、水の動きを見ていた。


(……流れ。)


 水は、止まらない。


 器が変わっても。

 形が変わっても。


 流れ続ける。


(せやのに……。)


 京では、止まる。


 なぜか。


「違いは何や……。」


 初めて、問いが言葉になる。


 ---


 神職が静かに言う。


「水は、清めるものではございません。」


 清継が顔を上げる。


「流すものにございます。」


 その言葉に、場の空気が静まる。


「穢れを消すのではなく。」


「留めぬこと。」


「それが、清めにございます。」


 清継の胸が、大きく揺れる。


(留めぬ……。)


 京で起きていること。


 止まる流れ。


 そして――

 関銭で選ばれる流れ。


(……留めとる。)


 その考えが、初めて明確になる。


 ---


 帰り道。


 清継は何も言わなかった。


 だが。

 胸の中では、はっきりしてきていた。


(流れは……止められとる。)


 誰かが。

 意図して。


 そしてそれは――

 京だけではない。


 もっと広い。

 もっと深い。


「……淀か。」


 小さく呟く。


 その言葉に、風が揺れた。


 ---


 遠く。


 山の稜線。


 一方には比叡。


 動かぬ気配。


 もう一方には石清水。


 流れる気配。


 その間に。


 人の手で歪められる流れがある。


 清継は、まだその全てを知らない。


 だが。

 確かに、触れ始めていた。


 流れの本質に。


 そして――


 その流れを、誰かが操ろうとしていることに。


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