エピローグ―それは、遥か昔のこと―
これは、ナギたちが龍界の気を整えてから
何百年も後の世界で語られる話。
遥か昔のこと。
この龍界に――
一人の女性が現れた。
名は、ナギ。
人々を癒し、祈りを導き、
そして、龍界の気を巡らせた者。
その名はやがて、
歴史の中で静かに語られるようになった。
「黄龍――ナギ」
龍のごとき力を宿しながらも、
彼女は王座に就くことなく、
誰よりも自然に、人々のもとへと戻っていった。
神ではない。
王でもない。
けれど――
風を巡らせた者として、彼女の名は永遠に刻まれた。
やがて、物語は終わり、
祈りは伝説となり、
静かに幕を閉じた――
……はずだった。
* * *
「解読できたぞーーっ!」
突如、部屋に響き渡ったのは、若者の叫び声だった。
「えっ!? なんだって!? やったな!!」
続いて上がる歓声。
机を叩く音。誰かの椅子が倒れる。
ここは、龍界考古学研究所――古文解読部。
古代文明の痕跡を追い、
日々、気の遠くなるような文字と格闘している研究者たちの巣窟である。
その中でひときわ目を引く、銀縁メガネの青年が、
震える手で一枚の石板を掲げていた。
――ドラゴンストーン。
数百年前、深い地下遺跡から発掘されたものの、
何が書かれているのかさっぱりわからず、
長らく保管庫の“飾り”と化していた、あの石板である。
そこに刻まれていた文字が、ついに読み解かれたのだ。
『彼女は、七界を巡り、名なき風に祈った』
「な、七界……!?」
誰かが呟いた瞬間、研究所に激震が走った。
「七界って、あの……?」
「おいおい、神話だって“四界”までしか記されてねぇぞ?」
「まさか、今までの歴史が……覆る……?」
「え、なにこれ? どういうこと? やばくない!?」
一斉に周囲の研究員たちが動き出す。
文献をめくり、魔力測定を走らせ、記録魔道具を総動員し――
……もはや大混乱である。
「こ、これが本当に事実なら……
龍界の文明史、まるっと書き直しじゃないか……!」
「いや、まず前提として、七界が実在してたのかを――」
「おい、誰か! 古気の残留測定できる奴呼んでこい!」
「予算ください! これマジで国家プロジェクトになるって!」
そんな喧騒の中、ただ一人。
騒ぎの発端となった青年――研究員ラゼルは、
少しだけ離れた資料棚の陰で、ぽつりとつぶやいた。
「……これは、ライフワークになりそうだな」
手の中にある石板は、どこか温かみを持つように
静かに光を宿している。
あの“黄龍”と呼ばれた伝説の女性――ナギ。
遥か、遥か昔。闇界から漏れ出した漆黒のミストから
この龍界を救ったという伝説の黄龍ーナギ。
龍界考古学において
彼女の存在は「文明の夜明け」そのものだった。
だが、ラゼルは石板の隅にナギの時代よりも
「新しい」地層から見つかった、もう一つの紋章に目を留めた。
それは、ナギの伝説が風化したさらに後の時代
――「天界塾」の刻印。
「伝説の女性ナギが龍界を救い、繋ぎ止めた世界の命。
……それを引き継ぎ、本当の意味で完成させた者たちがいたのか」
石板の裏側。
ナギの功績を記した古文の次に、後世の誰かが
追記したと思われる一文を、ラゼルは震える指でなぞった。
『ナギが蒔いた風の種は、数百年を経て
五人の奏者によって七界のアンサンブルへと昇華した。』
「七界……?
ナギの時代にはまだ、バラバラだった界のすべてを……」
ラゼルは目を見開いた。
ナギが守り抜いた「龍界」という一つの旋律。
それを土台にして・・
さらに未来、世界が再び崩壊の淵に立たされた時。
その危機を救い、七界すべての循環を取り戻した
五人の天才児たちがいたのだ。
石板をなでるラゼルの指先に、不思議な高揚感が宿る。
自分が今、研究しているこの歴史。
ナギという「点」が、五人の奏者という「線」になり
そして今、自分の手元にある「未来」へと繋がっている。
ナギが愛した風。五人の奏者が加速させた旋律。
すべてが一つに重なり、今、新しい物語の幕が上がる。
物語は、歴史が最も熱く燃えた、あの「前夜」へと。
五人の神童と、一人の使令が、世界の終わりを「一時停止」させた場所。
天界塾――あの日々へと、記憶は加速していく。




