第45話 ナギの帰る場所
東の神殿の地下――
かつて龍界の激動を象徴するように脈打っていた大魔法陣は
今、静かな「呼吸」を刻んでいた。 強くもなく、弱くもない。
ただ、そこにあるべきリズムで淡く光るその姿こそ
ナギたちが導き出した世界の「正解(ステータス:正常)」だった。
「……本当に、巡り始めたのね」 カグヤが呟く。
風はもう、情報の断片を叫ぶような真似はしない。
穏やかな気を帯び、東から西へ、南から北へ。
龍界の隅々まで、滞りなく流れていく。
隼人は空を見上げ、「熱くない。でも、消えてもいない」と
自らの中にある火と世界の調和を感じていた。
「守るために削れていた結界が、
今は世界を『支える』役目に移ったみたいだ」
シオンの言葉に、ツクヨミも静かに頷く。
四神の地は、それぞれの個性を保ったまま
一つの大きな生命体として呼吸を始めていた。
龍王宮からの報せは簡潔だった。
『王子、覚醒。生命活動、安定。巡り、正常』
その文字を目にした瞬間、ナギの肩からふっと力が抜けた。
「……よかった」
その声は、万物を統べる黄龍のものではなく
目の前の患者の平熱を喜ぶ、ただの医者の声だった。
「じゃあ、私は帰るわね。
後のメンテナンスは、あなたたちに任せたわよ」
驚く四神の次代たちに、ナギは悪戯っぽく笑ってみせた。
「中央(玉座)なんて、私には広すぎるわ。
今頃、診療所で誰かが酷い肩こりで唸っているはずだもの」
「あなたらしい」 シオンが呆れたように、けれど敬意を込めて言った。
ナギは何も答えず、ただひらひらと手を振って、風の中に消えていった。
白い屋根。潮風と薬草の混じった、懐かしい匂い。
「ただいま」 扉を開けたナギを待っていたのは、静寂ではなかった。
「遅い。巡った風のパケットに乗ればすぐ帰れるはずなのに
途中でパッチでも当ててたのかしら?」
カウンターの上で三毛のしっぽを揺らし
ハチが「やれやれ」と腕を組んでいた。
さらに奥からは、慌ただしい足音。
「ナギさん! 待ってました!
今の患者さん、雷属性の重度です!
肩から首にかけて、完全に気がデッドロック(閉塞)しています!」
ルカが診療録を抱えて飛び出してきた。
机の上には、一通の予約札。
【次の方:雷属性・慢性肩こり】
ナギは思わず、声を上げて笑った。
「……はいはい、わかったわよ」
白衣に袖を通し、使い慣れた鍼筒を手に取る。
「戻ってきたわね。王座じゃなくて、こっちに」
ハチがニヤリと笑う。
「ここが、私の『真ん中』なのよ」
ナギは深く呼吸をし、扉の向こうの待合室へ向けて
いつもの、あの声を響かせた。
「はーい。次の肩こりの魔法師さ~ん! お入りくださーい!」
風はもう騒がない。龍はもう眠らない。
世界は巡り、診療所は今日も、いつものように開いている。
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