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黄龍の診療所 ― 世界を診る気導士、龍界で開業中  作者: 転々丸
朱雀編

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35/43

第35話『青龍』風の律と、留まる火

挿絵(By みてみん)


青龍の神殿には、“風の柱”が並ぶ長い回廊がある。

ひとつひとつの柱からは

祈りの房が下がり、青い鈴が風に揺れていた。


風が吹けば、鈴が順に鳴る。

一番柱の鈴が「チリン」と鳴ると

続いて二番、三番と、間を空けず音が返る。


そこには――順番と

リズムがある。

そして、風は――嘘をつかない。


挿絵(By みてみん)


神殿の中心、巨大な風の魔法陣。

その縁にそっと指先を添えながら、カグヤは目を閉じた。

ひんやりとした石の感触が、自然と呼吸を整えてくれる。

これが、いつものルーティン。


この“東の風”は、龍界全体の巡りを映し出す。

詰まりはどこか。緩みはどこか。

祈りを通して、風がその答えを教えてくれる。


(今日も……問題なし――)


その瞬間、カグヤの眉がわずかに動く。


「……?」


感覚が、ズレた。

呼吸のひと拍が、ほんのわずかだけ――**短い**。

戻ってくるはずの風が、返ってこない。


(……“戻り”がない?)


魔法陣の縁、鈴が一つだけ――

「チリン」

明らかに他とは違う、遅れた音を立てた。


耳で聞くより先に、肌が違和感を感じ取っていた。

カグヤは静かに目を開け、屋根の縁へと足を向ける。

風を、全身で受け止めるために。


そして空を仰いだその瞬間――

頬を撫でたのは、南の風だった。

朱雀の方角からの風。


「……熱い?」


ここは東の神殿だ。南の熱がそのまま届くはずはない。

でも、今日の風は……妙に整っている。

しかも、ちゃんと熱を帯びたまま。


(朱雀の火……? しかも、荒れてない……)


制御されてる。

必要なぶんだけ、そこにある。

まるで、神事のときだけ現れる特別な火のような――


けど、これは今、日常にある。


(あの火……変わったんだ)


脳裏に浮かぶのは、「風の杜」での記憶。

火と風がぶつかり合って停滞した空間。

それを整えた、二つの影――ナギと隼人。


(あのとき、確かに整った。でも……)


最近また、風の巡りが滞っている。

そして今朝の戻りの不在は、間違いなくそれと繋がっている。


(隼人の火が、変わった)


燃やす火じゃない。

癒す火へ――


そういう火が育つ場所は、儀式の場じゃない。

もっと、日常の中。たとえば――診療所。


カグヤはひとつ、深く息をついた。

(……中央が動いてる)


挿絵(By みてみん)


「カグヤ、どうしたの?」


背後から落ち着いた声がした。

振り返らなくてもわかる。彼女の師

風のように自由で、山のように揺るがない

――この神殿の巫女長であるクシナダだ。


「風が抜けないんです」

「流れてはいます。でも……通っていない気がして」


カグヤの言葉を聞き終えると

クシナダは空を見上げ、穏やかに断言した。


「それは、風の不具合じゃないわ。……火が変わったのよ」


その瞬間、神殿の風がふわりと揺れた。

四神の結界という巨大な共有メモリの一部が書き換われば

全体にその影響が波及する。


「次は……どこが揺れますか?」

カグヤが尋ねると、クシナダは穏やかに微笑み、言った。


「もう、気づいてるでしょ?」


風の向きが、変わる。


「――北よ」


その一言とともに、青龍の神殿を吹き抜ける風は、

確かに北へ向かいはじめた。


カグヤは、深く息を吸った。


(これは、“異変”じゃない)

(……“更新”だ)


カグヤは深く息を吸った。

これは単なる異変ではない。


世界を支えるシステムそのものが

より高次な形へと書き換わろうとする

更新アップデート」の合図だ。


カグヤは、遠く北の空を見上げた。

冷たく閉ざされた玄武の地。

そこには、どんな新しい風が必要とされているのだろうか。




挿絵(By みてみん)


ご覧いただきありがとうございますm(_ _)m

毎週火曜日と金曜日20時に更新しております☆

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