第33話『朱雀編』 隼人の癒しの火
朱雀の神殿の朝は、やはり熱をはらんでいた。
けれど――
隼人が知っている“以前の熱”とは、少し違う。
石畳の下を流れる火脈は、穏やかだ。
燃え広がろうとせず、
ただ、そこに在る。
「……静かだな」
気づけば、そんな言葉が口をついて出ていた。
「お前が変わったからだ」
背後から、師の声がする。
振り返ると、師はいつもの場所に立っていた。
神殿全体を見渡せる位置。
火と人、その両方を同時に見られる場所だ。
「火は、扱う者の在り方を映すものだ」
「押せば、押し返す。
恐れれば、煽る」
隼人は、静かにうなずいた。
「……はい」
今日の隼人の役目は、神事ではない。
祭壇の中心にも立たない。
「お前は今日から――“癒しの火の係”だ」
その言葉に、隼人はわずかに目を見開いた。
「癒し……?」
「火脈の調整。結界下の温度管理」
「火に当てられた者の、回復補助」
師は淡々と続ける。
「祈りではない。
だが、神殿にとっては必要な仕事だ」
隼人の脳裏に、診療所の光景が浮かぶ。
灸の熱。
患者の呼吸。
火を弱く、留める感覚。
「……やってみます」
その声は、思ったより自然に出た。
師は一瞬だけ隼人を見つめ、
そして短くうなずく。
「まずは、こちらだ」
案内されたのは、神殿の裏手。
祈りの場ではない、小さな空間だった。
火脈が集中しやすく、
修行中の神官や巫女が体調を崩しやすい場所。
そこに、若い神官見習いが一人、座り込んでいた。
「……熱が、抜けなくて」
額には汗。
呼吸は浅い。
火の巡りが、明らかに滞っている。
以前の隼人なら、
“抑えなければ”と思っただろう。
だが、今は違う。
隼人は、ゆっくりと膝をついた。
「……少し、火を動かしますね」
もぐさは使わない。
神殿の火脈を、ほんの少し借りるだけだ。
隼人は、深く息を吸う。
(……ここじゃない)
熱が溜まっているのが右胸の辺りに見える。
逃げ場を失った火だ。
隼人は、そっと手をかざす。
抑えない。
消さない。
――通す。
ほんのわずか、
風が通るような“間”をつくる。
熱が、動いた。
見習いの神官が、小さく息を吐く。
「……楽になりました」
火は暴れない。
神殿も、何も言わない。
ただ、整った。
隼人は、静かに手を下ろした。
「無理は、しないでください」
「火は……頑張りすぎると、応えすぎます」
それは、かつて自分が
誰かに言ってほしかった言葉だった。
見習いは驚いたように目を見開き、
それから、深く頭を下げる。
その様子を、師が見ていた。
「……悪くない」
師にしては珍しい、
かなり高い評価だった。
隼人は、胸の奥で小さく息を吐く。
朱雀の神殿の火は、今日もそこに在る。
そして隼人は――
その火と、並んで立っていた。




