第24話 診療所へ
数日後。
ナギとカグヤを乗せた青龍が、診療所の中庭に静かに到着した。
噴水の水音が心地よく響き、
薬草棚の葉が労いの言葉をかけているかのように揺れる。
「……やっぱり、ここが一番落ち着くわね」
診療所の空気は、ナギが不在だった時間などなかったかのように、
完璧な恒常性を保っていた。
「おかえりなさい、先生」
一番に迎えたのは、ツクヨミだった。
いつも通りの正確な所作で、深く一礼する。
「留守中、ルーチンワークに遅延はありませんでした。
全てのタスクは予定通り完了しています」
「ありがとう。助かったわ」
「おかえりなさいませ……」
柱の陰から、イグナスがひげを両手で押さえて恐る恐る現れた。
その視線は、涼しい顔で立つカグヤを過剰に警戒している。
「ずいぶん立派にノイズが溜まったわね、イグナス」
「ひぃ……!」
「逃げなくていいわ。今日は『物理削除(破壊)』ではなく
『最適化(調律)』に来たのよ」
観念したイグナスが前に出ると、
カグヤは流れるような指さばきで、彼のひげに微細な風を通した。
数分後、鏡を覗き込んだイグナスが絶句する。
「な、なんと……!
暴れていた毛先が、顔のラインに完璧に沿っている……!」
「無駄な滞り(静電気)を放電しただけよ。
これで少しは通信感度も上がるんじゃないかしら」
「感謝いたします……!」
カグヤが去り際、ツクヨミがそっと一歩前に出た。
「……カグヤ様」
「なあに、ツクヨミちゃん?」
「また……この『研究室』へ来てくださいますか?」
一瞬、風が止まった。
それは幼い頃、龍王宮で共に学んだ仲間としての
純粋なリクエストだった。
カグヤはツクヨミの瞳をまっすぐ見つめ、
春の風のような笑みを浮かべた。
「ええ。次はもっと、落ち着いた日に。
あなたの『手入力』も、見せてもらうわね」
「……はい」
「またね、ツクヨミちゃん」 それだけのやり取り。
だが、二人の間に新しい信頼のプロトコルが確立された瞬間だった。
「じゃあ、私は戻るわ。
杜の風は、もう自律して回っているから」
カグヤは青龍と共に、空の彼方へ消えていった。
「……で?」 ハチがナギの足元でしっぽを揺らす。
「明日から通常運転? サーバーの再起動は?」
「もちろん。今この瞬間からよ」
「休みは?」
「ないわ。溜まった問診票の整理が先よ」
ナギは、診療所全体を愛おしそうに見回した。
「ただいま」
誰に言うでもなく呟いたその声に、
風が優しく応え、診療所の看板を小さく揺らした。




