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(第一章完結)55. ノア視点(4)

この回で第一章を完了とします。

第二章は王宮学院編を予定しております。

お付き合いくださりありがとうございました。

何度かアデリンに手紙を書いた。王都に今いること、ルイ王子に仕えることになったこと。アデリンからは何も返答がなく、まだ回復していないのだろうかとも心配にもなった。



春も近づいてきたある日、ルイ王子が唐突に「今日、アイザック様とアディが王都に来るようだ」とノアに伝えてきた。


「アディが?」


予想もしなかった話に思わず聞き返してしまう。

ルイ王子はノアの反応に思い当たる節があったのだろう。ニヤリと笑うと「アディに反応するんだな」と揶揄うように笑った。

ノアは表情をいつものように戻すと「二人がこちらにお見えになる理由があるのですか?」と尋ねる。


「ああ、アディが作った薬に陛下が興味をもたれていてな。ソーラス領で行っている貧民街の施策のことを聞きたいのだろう。私のところに話が回ってくるかもしれないな」



ルイ王子が予測していたように、アイザック、アデリンと会った陛下はルイ王子へ王都の貧民街について対策を取るようにと指示があったという。ある栄養素が欠けた食生活のために、ソーラス領の貧民街で手足が痺れたり、むくんだりする病に罹った人が多かった為、必要な栄養素が含まれている薬を作り配ったそうだ。


王都の貧民街の調査、同じような病に罹っている人がいるかどうかを調べるようにルイ王子はノアに命じた。


「すまないが、今から取り掛かってくれるか? 至急の案件だ」


「承知いたしました、今から外出して参ります」



ノアはアデリンがいるという王宮の北棟を仰ぎ見る。

あそこにアディがいる。すぐに手が届く場所にいる。

今すぐにでも会いに、顔を見に行きたい衝動を抑え、ノアは自分の仕事をやるべく踵を返した。


必要な調査、打ち合わせをして王宮に戻った頃には、すでにルイ王子は晩餐会へ出かけた後だった。ノアはルイ王子の執務室で仕事を片付けてから、間諜の仕事を行うべくマーシャルの執務室へ気配を消して王宮内を移動していた。


ふと、懐かしい魔力を感じる。

アディだ。アディの魔力を感じる。

今度は衝動を止められなかった。

ノアは一気に走り出す。王宮内の構造は頭に叩き込んである。

北棟へ向かう中庭のほうからだと見当をつけて走って向かった。


中庭の生垣のあたりに来た時に、ノアは落ちていた枝を踏んでしまい折れる音が辺りに響いた。

一気にアデリンの魔力が強くなる。

警戒させたか……。

それでも勢いは止められず、中庭へ飛び出すように入るとそこに一番会いたかった人の姿を認めた。アデリンもノアの姿を認めて瞳を見開いたかと思うと、踵を返して走り出す。


「アディ!」


思わず名を呼び追いかけた。アデリンがドレスの裾で足がもつれてしまい転びかけたところを、後ろから腕を掴んで抱き止める。


「は……離して」


腕の中にいるアデリンが震えている。震えに気づいたノアはそっと体を離した。

アディを怖がらせてしまった。夜中にうなされる程の思いをしたのに。自分の迂闊さを責める。


「アディ、驚かせてごめん。大丈夫?」


動作をゆっくりとするように意識して、懐かしい翠色の瞳を覗き込んだ。

ああこの色。この瞳。アデリンがここにいることがたまらなく嬉しかった。


「な……なんでここにノアがいるの?」


「父について王都にきていたんだ」


「なんで……なんで……手紙をくれないの?」


アデリンが振り絞るかのように出した言葉にノアは驚いた。手紙を出していたのに届いていないかったのか? 唖然としてしまったノアはアデリンがどんどん顔色が青ざめていくのがわかった。足元がふらついている。


「アディ、東屋のベンチまで運ぶよ。アディに触れるよ。ごめんね」


ノアはアデリンへ声をかけるとアデリンを持ち上げた。自分の腕の中にいるのが未だ信じられず、思わずアデリンの体を優しく引き寄せて東屋のベンチへ向かった。アデリンをそっと座らせると、ノアはベンチに座ったアデリンの前で片膝をついて、アデリンの顔を見上げる。


「アディが作ってくれた栞を受け取ったよ。ありがとう。俺も母様もそのあと手紙をアディに送ったのだけれど、届いていない?」


「……届いていないわ」


「1通も?」


「ええ」


「信じてもらえるかわからないけれど、俺は何通か手紙を送ったんだ。なぜ届かなかったのかは……調べてみるよ」


家令に手紙を送るよう頼んでいた。こちらに来てからはマーシャルの側近経由だった。

アデリンと連絡を取らせないようにする何かしらの意図があったのだろうか。

頭の中で次にすべきことをまとめた。


アデリンはぽろぽろと涙を流しながら、ノアが怒っていないかと尋ねてくる。闇ギルドの輩に拐かされたこと、ノアやオリビアが領境の村で魔獣を相手にしたことを怒っているから手紙をノアが出さなかったと思い、ノアから逃げ出したと聞いてやるせない気持ちになった。


「俺がアディのこと怒るなんて、嫌うなんて絶対にないよ。俺こそ嫌われたと思っていたよ。俺の方こそ……アディを助けに行けなくてごめん……」


絶対に守りたい人なのに。

怖い思いをさせてごめん。力が足りなくてごめん。心の中でずっとノアも謝り続けてきた。


ノアの言葉に首を横に振るアデリンの両頬にそっと両手を伸ばす。ノアの心は愛おしい人が側にいることの多幸感に溢れていた。


「アディに会いたかったよ、とても」


翠色の瞳から溢れた涙を、そっと親指で拭うともう一度「会いたかった」と呟いた。




アデリンが落ち着くと、ノアは立ち上がった。

もう遅い時間だ。誰かが探しにくる前にここを離れた方が良いだろう。王宮には魑魅魍魎が住んでいるとルイ王子はいつも言う。ソーラス領と違うのだ。


アデリンへ出した手紙が誰かの意図があって届いていないのであれば、夜更けにアデリンがノアと一緒にいるところを見られない方がいいかもしれない。

アデリンと別れた後、気配を消したノアは改めてマーシャルの執務室へ向かう。

今まではイステル子爵との繋がりを軸に調べていたが、アデリンへの手紙が出されなかったことを考えると、マーシャルの側近達や家令を調べた方がいいのかもしれないと考えを纏める。


──明日、ルイ王子に相談するべきだな。


マーシャルの執務室の前へくると、中に人の気配が無いことを確認し鍵を外すと、ノアはそろりと中へ滑り込んだ。



アディと会った翌日から、ノアには昼も夜も怒涛の忙しさが待っていた。昼はルイ王子の政務の手伝いや貧民街の調査、夜はマーシャルの側近達やイステル子爵について調べる日々だった。

夜、アデリンのいる北棟を見上げると窓枠にフローライトのあかりが見える部屋がある。アデリンは王宮でも同じように寝る時に、窓枠に魔力を通したフローライトを置いてくれているようだ。


アディがそこにいる。

魔力も感じる。

アデリンに頻繁に会うことは叶わないが、ノアにはそれだけで気力が湧くようだった。



あっという間にアデリンが領地に戻る日が目前となった。

なかなか王宮内でアデリンに会えず、残念な思いはあるが王立学院へ入学するまであと半年。耐えようと心に決めていた。

今夜はアイザックとアデリンのために晩餐会が開かれている。ノアはルイ王子の執務室で仕事をしていると、廊下を走る慌ただしい足音が聞こえたかと思ったら執務室の扉がノックされた。何事かがあったかと思い、慌てて扉を開けると真っ青な顔をした使用人が立っていた。


「ルイ王子がノア様をお呼びです。至急ダイニングルームまでお越しください」


──ダイニングルーム! ルイ王子と一緒にアデリンもいるはずだ。何かあったのだろうか。


ノアは執務室の扉を施錠するとすぐに使用人についてダイニングルームへ向かった。

ダイニングルームに入ると、騒然とした様子に胸騒ぎがする。吐血した様子のエドワード王をケリー王妃が頭を膝の上に乗せて声をかけ続けている。青ざめたアン王女はケリー王妃のそばで呆然としている様子だ。

アデリンが薬師と話をしているのを目の端に捉えた。

ノアはすぐにルイ王子の側へと向かう。


「ルイ様、遅くなりました。お呼びでしたか」


「ああ、ノア、来たか。実は父上が何者かに毒を飲まされた。解毒方法が見つかっていないリシナスという2代前の王の時代に絶滅させた植物の毒だ。アディが精霊がいる洞窟に行けば何か解毒の足掛かりになるものが見つかるかもしれないと言っている。ノア、アディと一緒に行ってくれないか」


初めてみるルイ王子の悄然とした面持ちと伝えられた内容に、流石のノアも血の気が引いた。

何者かが毒を仕込む……謀反ではないか。

まさか父が? 一瞬よぎった考えが頭を離れない。思わず目を伏せてしまう。

いや、俺は何としてもアデリンの横に立つために抗わなければ。

気を奮い立たせると、顔をあげルイ王子を見据える。


「はい、アディと共に行ってきます。必ず……ルイ様のところへ戻ってまいります」


ノア自身は加担していないことを暗に告げるとルイ王子は頷いた。

マーシャルが絡んでいるかどうか、ノアが不安に思ったことを見透かされていたのだろうか。


「ああ、信じている」


そういってくれたルイ王子の瞳には疑念の色がなかったことがノアにとって救いだった。


アデリンの手を取ると、ノアは王宮の使われていない塔の上まで行き竜化する。アデリンを背に乗せると街のあかりと人目を避け北へと向かった。全速力で向かったので、1時間ほどで洞窟につくことができた。


あとはウィル様がいらっしゃるかどうか、そして、解毒作用のある薬草をいただけるかどうか……飛んでいる時も不安が頭の中で渦巻いていた。

アデリンが洞窟の入口の蔦や根を魔術で切り、人が通れるほどの隙間を作ってくれる。二人で洞窟のくねくねとした道を上がったり下がったりして20分ほど歩くと明るい光が見えてきた。その明るい光に向かって歩き続けると、岩肌に囲まれた天井が高く広々とした空間に出る。不意に二人の前に青白い光の球がぽわっと現れた。


「ウィル様!」


アデリンが思わず呼びかけた。ウィルが姿を現してくれたことにまずは安堵する。


「ウィル様、ご無沙汰しております。今日はリシナスという毒の解毒作用のある薬草が欲しくてやってまいりました。どうかエドワード王を助けてくださいませ」


アデリンの言葉にウィルが反応する。


「光と闇の子だね。君たちが洞窟に来たときに、そこに生えたものがあるよ〜」


ウィルの言葉で周りを見渡すと、地面に背丈の高い若木のような長い茎が根からまっすぐに生えた植物が見えた。ついている葉は、葉先に切れ込みが見えて特徴的な形をしている。茎は斑模様が入っていて、少し毒々しくも見える見たこともない植物だった。



「また闇の子の話を聞きたいな」


ウィルから対価としてノアの話が聞きたいという言葉が出る。承諾すると、ノアの顔近くに青白い光る球がふわふわと近づいた。そして、あっという間にノアの全身を青白い炎が包み込む。しばらくすると、ノアを包んでいた炎が消えて青白い光る球はノアからふわふわ離れていった。


「ふ〜ん、わかった。だからあの植物が生えたんだね。闇の子の足掻きは嫌いじゃないよ」


ノアはウィルの言葉に胸が揺さぶられた。

自分が必死に抗って未来を切り開こうとしていることが肯定されたように感じる。


ウィルから、生えている植物はヘルゴンと言い、根茎が解毒作用がある薬になると教えてもらう。

アデリンと二人で根を痛めないよう、ヘルゴンの根の周りの土を魔術で掘り起こし、急いで王都へと戻った。

王都に着くと、ノアとアデリンはルイ王子の執務室を真っ先に訪ねた。


待っていたルイ王子に、アデリンと薬草を薬師の部屋に届けてから報告を行った。

ルイ王子は下手人を見つけたようだ。毒味係をしていた使用人だったという。未遂になったと言えども重罪を起こした時点で覚悟していたのだろう。騒ぎの間に自決していたという。

気になる点は、その使用人は信頼が厚い者だった。何かしら脅されたり弱みを掴まれていたのかもしれない。


「私が引き続き調査を行うことになった。そこでノアに間諜として仕事を依頼したい」


「はい、わかりました」


「どんな内容であっても、些細なことでも、私に逐一報告するように」


「承知いたしました。父のことをご存知なのに、調査をするよう命じてくださったルイ様の信頼を裏切るようなことは絶対にしないよう誓います」


ルイ王子はノアの決意が込められた視線を受け止めて頷いた。



早速、使用人の周りから調査を進めていく。予想通りイステル子爵の息がかかっている者の影が見えてきた。


父も関係しているのか……不安と失望で胸が張り裂けるようだった。

これ以上悪いことが起こらないように、事実を早く掴まなければ……・

ノアは心に鞭を入れた。




アデリンや薬師達が奔走してくれたおかげで完成した解毒剤は、エドワード王が飲まされた毒に効果があったようだ。エドワード王が持つ魔力の流れが正常になったのをノアは感じることができた。きっと大丈夫だろう。心の底から安堵した。


下手人の使用人を調べたところ、イステル子爵の息がかかっている人物が接触していたことをルイ王子に伝える。


「そうか……イステル子爵を踏み込んで調べるべきだろうな。ノア、そちらに専念してもらえるか」


「はい。私もそのようにしたいと考えていました。合わせて、イステル子爵と父の関係性も詳しく調べていきたいと思います。父ではなく、もしかしたら家令や側近達が繋がっている可能性もあるかと思われます」


アデリンへの手紙が出されていなかったこと、届かなかったことを伝える。

嫌がらせにしては微妙だ。王弟の娘と連絡を取らせたくなかったのかもしれない。

どちらにしろ領地に戻って調べる必要があった。


「報告は逐一だぞ」


厳しい顔つきから、ふっと揶揄するような表情に切り替えたルイ王子は「アディとしばらく会えなくなるな。詳しいことは伝えられないが、心配させないようにしておけよ」




アデリンがルイ王子の部屋を訪ねてきた。アイザックと一緒にアデリンも王都にしばらく滞在することが決まったことをルイ王子から説明を受けていた。


またアデリンに手が届かない場所へ俺は行かなければならない。

でもアデリンの隣に立つためだ。そのためにはどんなことも厭わずにやらなくては。

アデリンの姿を見納めるかのようにノアはじっと見つめていた。


アデリンがルイ王子の執務室を出た時、ノアはルイ王子に断ってアデリンを追いかけた。

ニヤリと笑ったルイ王子の顔は見なかったことにした。


歩き出したアデリンの後ろ姿に声をかける。


「アデリン、少しだけ話しをしていかないかい」


春の花々が溢れる中庭の東屋へアデリンを誘った。


ノアを見上げて笑う、アデリンの花が綻んだような笑顔を目に焼き付ける。


「俺は暫く王宮を留守にすることになる。アディに暫く会えなくなるが……無茶はしないでね」


アデリンはノアの言葉に驚いたように目を見開いた。


詳しいことは言えない。父のことを知られるのも怖い。

次に会うときは、片をつけて堂々とアデリンの前に立ちたい。


「戻ったらアディのところに真っ先に行くから待っててほしい」


ノアは、アデリンの髪を一房取ると口元へ近づけ唇を落として、囁いた。




ルイ王子の執務室に戻ったノアは、自分の机に残っていた仕事を夜までに片付けた。その後、ルイ王子に挨拶をすると間諜の仕事をすべく夜の闇に姿をくらました。


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