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53. ノア視点(2)

ランタン祭の日がやってきた。明日、ノアはソーラス領を離れる。アデリンと離れてしまう。


ランタン祭に向かうアデリンの姿を見た瞬間、ノアはアデリンから目が離せなかった。陶器のような白い肌に桃色の頬、艶やかな唇、そして豊かなまつ毛に縁取られた切れ長の大きな目をもつ少女の白いドレス姿は女神のようにも見えた。

その女神が俺の色をつけている。アデリンは黒色と琥珀色のヘッドドレスを身につけていた。

アデリンは俺の姿を褒めてくれたが、アデリンの姿には及ばない。


「アディも……すごく綺麗だ」


その言葉を伝えるのが精一杯だった。自分の色を身に纏ってもらえている幸福感、そして独占欲が満たされる。



ランタン祭では、ランタンに願いを込めてから空へ放つという。

もちろん俺が願うのはただ一つ。


「アディと一緒にいられますように」


ノアの祈りと共に空へ上がっていくランタンは幻想的でただただ美しかった。




ノアがオルフェー家の領地に戻る、別れの時間がやってきた。


「アディ、色々ありがとう。またね」


見送りにきたアデリンにノアは声をかけた。

アデリンは俯いていたが、花が綻んだような美しい微笑みをノアに向ける。


「ええ、またね。気をつけてね」


アデリンの笑顔の美しさに、ノアは魅入ってしまう。

この笑顔は俺にだけ向けていてほしい。そんな嫉妬のような気持ちが一瞬ノアの胸の中を駆け巡った。


ノアを兄のように、武術では兄弟子のように慕ってくれたオスカーは以前した約束を忘れないでと念押ししてきた。約束は前夜のランタン祭の時に交わしたものだ。「アディの横に立てるように、しっかりと守れる立場になって帰ってくる」と。



馬車に乗り込んだノアは馬車の中からアデリンを見つめた。呆然としている様子のアデリンが徐々に遠くなっていく。


アデリンと離れていく。辛くて悲しくてやるせない気持ちがノアの身体中を駆け巡る。

ノアは同じ馬車に乗っている二人に悟られないよう、唇を噛み締めて窓の外を眺めていた。


ソーラス家の領境の村が近づいて来た頃、急に馬車が止まった。

何かあったのだろうか。馬車の扉が叩かれると、アイザックが顔を出した。


「ここからすぐの、向かっていた村が魔獣に襲われていると連絡が入った。今から我々は討伐に向かう。君達は安全なここで待機していてくれ」


ノアはアイザックの言葉を聞くや否や「俺も行きます」と答えていた。


アイザックがノアの言葉に一瞬怯んだ。

今回は討伐目的ではなく、領境まで見送りのための護衛なのでソーラス家騎士団は最小限の人数だ。ノアは武術も魔術も秀でていていることはアイザックは勿論、ソーラス家騎士団の皆は知っている。必要な戦力のはず。

オリビアを残すことに不安もあったが、マーシャルも武術はできるはずだ。マーシャルに母を任すしかない。

そこまで考えて答えたノアだったが、思わぬ言葉がオリビアから出てきた。


「私も行きます。さぁ早く行きましょう。連れて行ってください」


流石にマーシャルもアイザックもオリビアの言葉に度肝を抜かれる。


「何を言ってる? ノアの申し出はありがたい。マーシャル、ノアを我が戦力に貸してくれないだろうか。オリビアはここにいてくれ。マーシャル、君も腕に覚えがあるよな。1名の騎士を残して我々は行ってくる」


オリビアの凛とした力強い声が遮った。


「アイザック、何を言っているのです。私も連れて行ってください。ソーラス家に世話になったのです。足手まといにはならないようにします。戦うことはできないけれど、村人を避難させたりはできます。少しでも人手は必要でしょう。マーシャルが私を守る。それでいきますよ」


オリビアはマーシャルを見据え、有無を言わせぬほどの強い視線を送る。

マーシャルはふっと息を吐き、苦笑した。


「アイザック、懐かしいな。オリビアのこの顔。私の愛しい人は決めたら頑なにやり通すことを改めて思い出したよ」


オリビアの手をとりマーシャルは続ける。


「魔獣と戦うことはしない、あくまでも後方での人道支援だけなら私がオリビアを守ろう」


オリビアはにっこりと微笑むとアイザックに目を向けて「そういうわけなので、急いでこのまま向かいましょう」と促した。


アイザックは思わぬ展開に目を一瞬泳がせたが、覚悟を決めたように「頼む」とオリビアとマーシャルに軽く頭を下げた。

馬車での移動には時間がかかるはずだと判断したノアは剣を掴むと馬車から飛び降りた。

馬車を降りたノアはオリビアに「お気をつけてください」と伝え、マーシャルには「よろしくお願いします」と頭を下げる。そして、騎士団の元へと駆け出した。


騎士団員から、村を何十頭のエイクスニルの群れが村を襲撃している状況を聞く。エイクスニルは鹿の魔獣で比較的おとなしい。群れで襲撃とは聞いたことがない。


「とりあえず、俺たちは向かうぞ。村はここからすぐだ。ノアは俺の馬の後ろに乗れ」


ノアも頷くと駆け出した騎士団員についていった。



村に着くと、興奮した様子の多数のエイクスニルが村中を走り回っている。

ノアは魔力を体に張り巡らすと剣を構え、エイクスニルに向かっていった。



討伐中、違和感を覚えた。エイクスニルは人を襲ってはいない。盲目的に走り回っているようにも思える。

近くにいたアイザックに声をかけた。


「アイザック様、エイクスニルの様子がおかしいです。人を襲わず暴走しているように見えるのですが……」


「ノアも気づいたか。そうだな、元々人を襲う魔獣では無い。闇雲に走り回っている……のか、何か探しているのか……報告では川を避けるようにして暴走しているようだ」


「川?」


「浅い川なのに渡ろうとしないようだ」


ノアは唐突に一つの考えが思い浮かんだ。


「アイザック様、ここの川はどこの湖から流れていますか? もしかしたら……」


そこまで話すとすぐにアイザックもノアの言いたいことに思い至ったようだ。


「アディが行った浄化作用か! 確かにここはグレン湖から流れる川からの分流だな」


「それであれば、村の人を川へ避難させましょう」


アイザックはその言葉を聞くや否や、近くにいた騎士に指示を出した。


「オリビアとマーシャルに伝えてくれ。村の人たちを川の中へ避難させるようにと。川はアデリンが浄化した水が流れているから魔獣は寄ってこないと説明してくれ」


指示を受けた騎士が飛ぶように去っていくのを見届けると、ノアに視線を戻す。


「エイクスニルが暴走している訳を探ってくれるか」


「勿論です」


ノアは答えると村の家の屋根に飛び乗った。魔獣の気配を探ってみる。

すると、村の外れの森に何か弱々しい魔獣の気配を感じた。


──子供? 子供にしても、弱々しい……傷ついているのか?


「アイザック様、村のハズレの森の中に何か気配を感じます。探ってきてよろしいでしょうか」


「ああ、任せた」


その言葉を聞くと、ノアは屋根を伝って駆け出して森へと向かう。


魔力を探りながら森へと近づく。茂みの向こうに鉄の檻が見えた。中には、子供のエイクスニルが横たわっている。ノアは気配を消して近づくと、傷ついているのがわかった。


子供のエイクスニルを囮にして、村を群れに襲わせたんだな。

この子供を群れに返さなければならない。

子供と言っても魔獣の子供だ。抱えて動かせる大きさではない。

横たわっているが動けるのだろうか。


ノアが回り込んで、エイクスニルの子供の顔をみると驚いたエイクスニルは檻の中で立ち上がった。

弱ってはいるが動くことはできそうだな、目視で傷の状態を確認する。

気配を殺していたノアは水竜の気配を一気に放出した。子供のエイクスニルは水竜の気配に慄き、首を垂れ服従の姿勢をとる。それを確認したノアは檻を闇魔術で壊して、エイクスニルが外へ出られるだけの隙間を作る。

エイクスニルに合図をすると、静かに檻の外へ出てきた。

そのままエイクスニルを従えて村へ急いで戻る。


エイクスニルを従えているノアを見た騎士団員はギョッとした様に見たが、大人しく付き従っているのを見て目を見開いた。


「ノア、大丈夫か?」


「はい、この子供を村の外れの森の中で見つけました。多分、この子を探して暴走していたと思われます。こいつを群れに返したい」


それを聞いた騎士団員は、素早くあたりを見回すと「群れのボスのようなのが向こうにいたな。俺に付いて来い」と行って駆け出した。


ノアもエイクスニルに合図をして付いていく。町の中心の開けた広場に一際大きなエイクスニルがいるのが見えた。

ノアを連れてきた騎士が周りの騎士団員達に合図を送っている。一気に騎士団員が攻撃を止めて引き上げると一触即発の空気が張り詰める。ノアはボスと思われるエイクスニルを見据えながら、子供のエイクスニルを連れて広場に足を踏み入れた。ボスは鼻息荒く周りを威嚇していたが、子供のエイクスニルの姿を認めるとノアに対して攻撃姿勢を取る。

子供のエイクスニルがボスのところへとことこと近づき鼻先をボスの体に擦り付けた。鼻先同士で擦り付けあうとボスは威嚇を緩め、声高い鳴き声を一つあげると静かに森へ駆け出した。ボスに続くように他のエイクスニルも森へと駆け出す。


何十頭もの蹄の音が村の中を響き渡り、その音も森の奥へと消えていった。


「よし、全部戻ったぞ!」


誰かの声にノアを含めた騎士団員がほっと気を緩めた。騎士達が次々にノアの肩を労うように叩いてくる。


ノアはオリビアを探しに走り出した。アイザックの指示で川の方にいるはずだ。

村人達が川の中に入って互いに寄り添っているのが見えた。

アイザックが村人達に川の中から出るように指示を出しているのが見える。村人達の濡れた体を騎士団員が魔術で乾かしているのもわかった。


「ノア」


探し求めていた声が後ろから聞こえた。振り返ると、マーシャルに支えられたオリビアの姿が目に入る。


「母様、ご無事でしたか?」


慌てて駆け寄ると、オリビアは嬉しそうに笑った。


「ええ、大丈夫よ。アディちゃんの浄化作用は素晴らしいわね。村の人達は皆、無事よ。あなたは大丈夫?怪我はない?」


「はい、大丈夫です」


オリビアとマーシャルから状況を聞くと、アイザックから指示を受けた騎士が村人達に川の中が安全だから川に入れと伝えたそうだ。それを聞いた村人達は躊躇いながらも川へ入った。晩秋の川の水は冷たかったに違いない。


「母様も川へ入ったのですか?」


「オリビアが率先して川へ入り、村人達を誘導したんだ。肝が冷えたよ」


マーシャルは苦笑した。

みるからに体調は大丈夫そうだが、冷たい水に入ったということでオリビアの調子が崩れないかと不安になる。

その時、騎士団員から声をかけられた。


「オルフェー侯爵様、馬車のご用意が終わりました。ここは寒いのでどうぞ中へお入りください」


マーシャルはオリビアを馬車まで連れていく。馬車の中は魔術で温めてくれていたのだろう、ほんのりと暖かくソーラス家の気遣いがありがたかった。

すぐにアイザックがやってきた。


「マーシャル、オリビア、大事はないか? おかげで村人達は全員無事だ。 ノア、暴動を止めてくれたこと感謝するぞ」


オリビアが微笑みながら答えた。


「ええ、大丈夫です。アディちゃんが湖を浄化してくれていたおかげで村の皆さんが助かってよかったです。ソーラス家に十分なお礼ができず心苦しかったのですが、少しでも恩返しができたのであれば何よりです」


「ここから先はソーラス領外だ。私はここまでの見送りとなるが大丈夫か?」


「ああ、明日朝にはオルフェー家のものと落ち合う。ここまでで大丈夫だ」


マーシャルが答えた。


「そうか、オルフェー家の護衛と落ち合うまで、騎士団員2名を念の為護衛でつけておく。慌ただしい見送りになってしまい申し訳ないが、ここで私は失礼させていただくよ」


村の復興の手伝いをしてから領地へ戻るというアイザックと別れると、馬車は再びオルフェー家へと向かった。



ノアは、別れの際のアイザックの様子が気になった。

村人達は無事、魔獣は森へと戻った。いくら村に復興が必要な状態だからといって、あそこまで蒼白になるだろうか。


理由がわかったのは、翌日の朝だった。

早朝ノアが外の空気を吸おうと、宿泊した宿から出た時に、ソーラス家騎士団員達の話し声が聞こえた。騎士団員の二人は、見張りを兼ねて馬車の近くで野宿をしていたのだ。


「お嬢様が見つかったようだ。お怪我もないらしいぞ」


「よかった、アイザック様も安堵されただろう。しかし、闇ギルドの奴ら、卑劣な手を使うよな。お嬢様を攫うだなんて……」


内容を理解した瞬間、ノアは二人の前に飛び出した。


「アディに何かあったのか?」


騎士団員の二人はしまったという顔をしたが、ノアの眼光の鋭さを前に観念したようにボソボソと話し始めた。


「他言するなよ。まぁノアのことだから大丈夫だとは思うが……俺たちが村でエイクスニルの討伐している間に、お嬢様が湖畔で闇ギルドの奴らに攫われたそうだ」


一気に殺気が立ち上ったノアに慌てるように別の騎士が声を掛ける。


「ノア落ち着け。お嬢様は無事だ。お一人で閉じ込められていたところから逃げ出されたようだ。お怪我もないそうだぞ。先ほど魔道具でこちらの現状報告をした際に、お嬢様の無事を聞いたんだ。今朝早くにビクターが見つけて無事に城へ戻ったそうだ」


「昨日エイクスニルの討伐中に魔道具でお嬢様が攫われたようだと連絡が入ったらしい。アイザック様もアデリン様のそばへ駆けつけたかっただろうに……」


「ビクター達が犯人達を捉えたらしい。さっきの村の襲撃も含めて後ろで闇ギルドの残党が動いていたようだ」


思わず、両手に拳を作る。

アデリンが無事なのはよかった。ただ、見つけたのが俺じゃなくてビクターだったなんて……。

領地へ戻らずにアデリンのそばにいればよかった……。

安堵と嫉妬や後悔が渦巻いて自分の闇に溺れそうになる。アデリンが自分の手が届かない場所にいることを改めて思い知らされた。


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