10. 出逢い
夕食の席でお父様、お母様からオリビア様の様子を聞いた。体調は安定して、ノアと一緒に部屋で食事をとっているそうだ。
少し安心したけれど、お父様達の表情が固いのが気になる。
食後、アデリンはアイザックの執務室に呼ばれた。レイラもいる。
「アディ、今日は大変だったな。ノアに付き添ってくれてありがとう。実はオリビアとノアについて話しておきたいことがあるんだ」
アイザックが固い表情で話し始める。
「少し、まだアディには早い話もあるかもしれないけれど、二人のことを知っておいてほしいんだ。
オリビアは私たちのように魔力量が多かったんだ。学科も魔術も成績がよかったから、卒業後に王宮魔術師として働いていたのだが……。ある人に見初められて、ノアを産んだんだ。残念ながら、その家には二人を大切にしない家族がいた。
産後、オリビアは魔術欠乏症を発症したのだが彼女は自分の病を隠し続けた。隠しきれなくなるほど体調が酷くなってから、ようやくレイラへ相談がきたんだ」
お父様は言葉を選んでお話しされているけど、私でもなんとなくわかる。
オリビア様は正妻がいらっしゃる男性との子供、ノアを産んだのね。
世間でいう妾という立場だろう。
(病を隠し続けたなんて……)
二人が置かれていた状況を考えると胸がぎゅっと苦しくなる。
「オリビアは、病気のこと私にずっと内緒にしていたのよ。手紙のやりとりは頻繁にあったのだけれど……。気づかなかった自分が情けないわ」
レイラが絞り出したような声で話を続けた。
「向こうにはノア以外のお子さんが二人いらっしゃるの。ノアも魔力量が多くて学力も優秀だから……あまり仲良くなかったみたい。二人とも詳しくは話してくれないのだけれど……」
ノアは家で辛い思いをしていたのね。
「今回、オリビア達にこちらにきてもらったのは、オリビアの病に光属性の治癒魔術が効き目あると薬師から聞いたからだ」
アイザックが続ける。
「向こうの家とは……少し揉めたが、オリビアをソーラス家で静養させることの了解はもらったんだ」
だからお父様達が迎えに行かれたのね。
「我が家は皆、光属性を持っているが、オスカーはまだ小さい。私たち3人で協力して治癒魔術をオリビアにかけていきたいんだが、アディも協力してくれるかい?」
「もちろんです!お父様!!」
私の力が役立つのなら嬉しい。
「それでは、私達の治癒魔術でオリビア様は助かるんですね!」
弾んだ声で尋ねた。
二人の顔が一瞬強張ったのを見て、思わず息を呑む。
「治癒魔術では完治はできないんだ。オリビアの苦しさを軽減させてあげることしかできないんだ」
「・・・・」
言葉が見つからない。
「オリビアもそのことはわかっている。私たちからの治癒魔術も最初は断られていたんだ。でも、ノアのことを考えて承諾してもらった」
「わかりました。私ができることをオリビア様にして差し上げたいと思います」
お父様の目を見て決意を伝える。
「ありがとう。そう言ってくれて。また治癒魔術をアデリンにかけてもらう日程については、薬師と打ち合わせ次第伝えるよ」
お父様が涙ぐむお母様を優しく肩を引き寄せながら、私に微笑んだ。
部屋に戻って、寝る支度をしてもなかなか心が落ち着かない。
ミリーが見かねて、心を落ち着けるための薬草茶を持ってきてくれた。
ベットに入ってもなかなか寝付けず、部屋のあかりはつけないまま窓辺へと向かう。
アデリンの部屋からも湖がよく見える。薄い霧がうっすらと立ち込める湖に月光が差し込んでいて幻想的な光景を眺めていると、湖面近くで何か動いているものが見えた。
アデリンはじっと目を凝らす。
(鳥? こんな時間に? いえ、違うわね、もっと大きいわ。魔魚が跳ねている? 浄化が足りなかったのかしら?)
ちょうど月光の道の中に、その何かが悠然と姿を現した。
(竜!!水竜だわ!!)
本の挿絵から想像していた姿より、もっと気高く美しかった。
月の光を集めた黒い鱗が艶やかに光り輝いている。
夢のような光景に、息を呑んだまま声を失う。
水竜の動きが変だわ。ふらふらと飛んでいるようにも見える。
何かあったのかしら? 怪我をしているのかしら?
もしかして、湖の状態がよくないとか……
我にかえったアデリンは、思わず扉を開けバルコニーに出る。
もっと水竜をよく見ようと手すりを掴んで身を乗り出した時、動きを止めた水竜の琥珀色の双眸と視線がぶつかる。
アデリンを射抜くような鋭い眼光を受け止めるだけで精一杯で、呆然と立ちすくむ。
水竜の翼が風を切る音だけが響いている。
──ノア?
一瞬、水竜からノアの魔力に似たものを感じる。
どこからか聞こえてきたフクロウの鳴き声が静寂を破る。
それを合図かのように水竜はゆっくりと森の方へ向きを変えて飛んでいった。
水竜の姿が夜の闇に紛れて見えなくなると、アデリンはふーと大きく息をついてバルコニーに座り込んだ。
動悸が激しくなり、一気に身体中から力が抜けていく。
夢? いいえ、現実だわ!
水竜に会えた! 目があったわ!!
体が震えるほどの喜びが込み上げる。
嬉しい!! 会えた!! すごく素敵だったわ。
鱗は星を散りばめた夜空の空のようにきらきらと光り、琥珀色の双眸は月の光のように輝いて見えた。
でも、動きがおかしかった。
何かに抗っているようにも見えた。
もしかしたら湖の浄化が足りなくて何か湖に異変が起きているのかもしれない。
念のため明日の朝一番に湖を浄化しに行かないといけないわ。
魔力を温存するため、身体を休めようと思いベットに入る。
夜明け前、うっすらと空が明るくなる頃に、こっそりと城を抜け出した。
朝霧の中、湖の湖畔まで出てきたアデリンは周りを見渡したけれど、水竜がいた形跡は見当たらない。
もう、この地を離れてしまったのかしら。
不安が胸をよぎる。
また水竜に会えるだろうか。
昨夜は夢だったのだろうか。
せめて1度でも、と願っていたのに、もう1度会いたいと思うなんて欲が深いわね……。
もしかしたら、まだこの地に留まってくれているかもしれないと淡い希望を胸に抱く。
私ができることは浄化しかない。
昨夜の水竜は気になる動きをしていた。
理由はわからないけれど、念の為浄化をしておこう。
湖のほとりにきた私は、昨夜の水竜の姿を心に浮かべ、手を湖の中へ入れる。
《浄化》 胸の中で唱えると、湖面から淡い銀光が立ち昇った。
……しまったわ。
張り切って、いつもより広範囲の浄化を行ったからか、魔力を使い過ぎてしまった。
立ち上がって城へ戻ろうと振り向き、足を踏み出した瞬間、ぐらりと視界が揺れ身体が地面に叩きつけられる。
(よかった、柔らかな草地の上で)
魔力切れで気持ちが悪い。
少しここで休んでいこうと思って、目を閉じた。
アディ!
アディ!
意識を手放そうとした時、アデリンを呼ぶ声が聞こえた。
目を薄く開くと、怯えた顔のノアが走ってくるのが見えた。
──初めて名前を読んでくれたわ。
心の中がほわんと温かくなった。
どうしましょう、こんな時なのに顔が緩んじゃうわ。
駆け寄ってきたノアの慌てた顔を見て「大丈夫」と口を動かす。
もう一回名前を呼んでほしいなと願いながら、意識を手放した。




