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恋はいつも貴方の隣に  作者: 星彼方
日常的小話
7/7

士官候補生の休日〜後編



「う~、やっぱりLサイズはきついよ」

たっぷり入ったフルールベリージュースを最後まで飲み干したレイラはお腹をさすった。

好意はありがたいのだが、胃が膨張しタプタプいっている。

「そうか?レイラの胃が小さいんだろうな、俺は平気だ」

空になったカップを受け取りながら、ラファエルが「もう少し入るな」と言った。

健康で育ち盛りの男子と同じにしないでほしい。ティーンエイジャーの胃袋は魔法の胃袋だ。



店を後にした2人あまり目立ちたくなかったので人目を忍べるような場所を探したのだが、どこも先客で埋まっていたので仕方なく親子連れや恋人たち、友人同士でスポーツを楽しむ人がたくさんいる広場のベンチで食べることにした。

お腹が空いていたので会話なくホットドッグにかぶりついたのだが、今度はお腹がいっぱいで会話どころではない。

「う~~」と唸りながらベンチの背もたれに身体を預けたレイラが晴天の空を仰ぐ。

ラファエルはそんなレイラを優しい目で見ながら自分も背もたれにもたれかかった。


「レイラは食が細いからな、今のうちからたくさん食べれるようにしていないと部隊に配属された時に辛いぞ?」

「高カロリー食でがんばる…」

「倒れても俺は知らんからな」

「…意地悪」  


卒業したら、ラファエルと別々の部隊に配属されるのだろうか。

魔導戦闘機パイロットだから均等に散らばっていくと考えて、同じになる確率は低い。

 

「一緒になれたらいいね」


しんみりとした気分になって隣のラファエルに語りかける。

ラファエルはパーシヴァルと同じぐらいに成績がいいので先鋭部隊に配属されるのは間違いないだろう。

だがレイラはパイロットとはいえ女性だ。

先例からいけば、テストパイロットの可能性が高い。


「レイラなら大丈夫だ。」

 

ラファエルがレイラの頭をぽんぽんと撫でてくれた。

ラファエルの「大丈夫」は魔法の言葉だ。

不安な気持ちが一瞬でどこかに飛んでいってしまった。

頭の上におかれたラファエルの大きな手に両手を重ねたレイラは「えへへ」と笑いかける。

一気にラファエルとレイラの距離が縮まったかに見えたその時、 


「すみません、少しお時間をよろしいですか?」


2人の間に突然見知らぬ男の声が入り込んできた。

ラファエルがうるさげに目を向けると、そこにはマイクを持ったレポーターがいるではないか。

「何だ?」

いい雰囲気を邪魔され不機嫌モード全開で相手を追い払おうとするラファエルであったが、レイラが驚いた顔で挙動不審な動きをしていたので取りあえず話は聞いてやることにする。


もしかしてレイラの知り合いか?

このふざけたレポーターが?


何があってもいいようにラファエルは少しだけ腰を浮かす。

不審な動きを少しでも見せたら飛び掛れるように。

 

「カップル突撃隊の人だぁーーーーっ!!」


今までわたわたと不審な動きを見せていたレイラが叫んだ言葉にラファエルもぎょっとして、改めて目の前に立つ人物をまじまじと見た。

 

『カップル突撃隊』といえば人気バラエティー番組の人気コーナーだ。

街でイチャついているカップルにくだらない質問をしまくり、挙句の果てにはカップルに「キスしてください」とかなんとか言う、あのコーナー。

ラファエルは興味がなかったが、確かベルナルドやユージンがわざわざ録画してまで見ていたような。

 

「はい。珍しいカップルを発見いたしましたので、是非お話が聞きたいと思いまして」


珍しくない。どこにでもいるだろうがっ!!


ラファエルは本気でそう思ったのだが、士官候補生でしかもパイロットのカップルなんてどこにでもいるわけがない。

いい獲物を発見したといわんばかりにレポーターはマイクを向けてくる。

「お話、伺ってもよろしいですよね」

今にも断りそうなラファエルに「断る」の一言をプロ根性で言わせまいとするレポーターといつの間にか周りを取り囲むように陣取る撮影クルーたち。

さすがはこの世界での百戦錬磨であるだけに、気迫が違う。


「私はレポーターのアークライトと言うものです。彼女、お名前は?」

「えっ、は、エ、エレアノールですっ!!」


半ば放心状態のレイラは畳み掛けるよう質問してきたレポーターについつい答えてしまった。

偽名を答えるあたり、さすがは士官候補生といったところか。

だが、隣でラファエルが石化したのがわかった。

それはそうだろう。

エレアノールはラファエルの母親の名前だ。

とっさのことで偽名を使ったのはいいのだが、ついついとんでもない名前を使ってしまった。

「エレアノールちゃんか。今話題のドラクール夫人と同じ名前ですね」

「ははは……よく言われます」

言ってしまったものは仕方がない。

エレアノール・ドラクールはラファエルの母親で、大人気のジュエリーデザイナーである。

ラファエルとかなり似通った顔立ちだったので頭をよぎってしまったのだ。

しまったと思いつつも取りあえずレイラは自分の名前はエレアノールだと確認する。


「じゃあエレアノールちゃん、年齢は?」

「16です」

これは本当のことだ。

「で、そっちの彼氏さんの名前は?」

「……マウリシオだ」

あたふたしているレイラにマイクを突きつけているレポーターが気に入らなかったのか、石化の解けたラファエルも仏頂面で思わず答えてしまった。

心なしか額に汗を流しているような気がするのは何故だろう。

しかもマウリシオとは。

その名前はベルナルドの兄の名前で、これまた今をときめく人気俳優で、しかも現在ラファエルの母親のデザインする新作ジュエリーのイメージボーイを務めていたりする。

もう少し無難な偽名を使った方がよかったかもしれないが、レイラが『エレアノール』と言ったので流れ的に『マウリシオ』という名前が浮かんだのだ。


「年は?」

「17」

「今日はデートですか?」

「家族に荷物を送りに」

「え、あの、買い出しもです…」

「あれ?デートじゃなかったんだ」

「はあ」


嘘をつけばどこかで墓穴を掘ってしまうので、いかにももっともらしい無難な嘘をつく2人。

外に行くのが面倒な奴らから買い出しの要請を受けることはしばしばあることだ。

賭けをして負けたから買い出しに来たことにでもしておこうと思ったが、ラファエルが納得してくれるかどうかドキドキなレイラはちらりとラファエルを見る。


賭けに『負ける』なんてありえないのだから。

 

以外にもラファエルは目で『わかった』の合図を送ってきた。

この場をしのげれば理由などどうでもいいらしい。


「それじゃあ、お2人の関係は恋人同士ではないの?」

「「士官候補生で同期」」

「それだけなんですか?お付き合いとかは?」

「「パイロット仲間」」


本当は恋人同士だと言いたい2人だったが、後々面倒なことになりたくないのであくまでも『仲間』と言い張った。

アイコンタクトでお互いに謝りながら。


「声がそろうような関係なんですね。以心伝心ですかぁ…チームワークは大切ですからねぇ。信頼できる仲間ってところですか?」

「それはもちろんだ」

「はい、ら、マウリシオは素晴らしい人です」

本物のマウリシオさんも素晴らしい人です。

「なんだ、お2人は恋人同士ではなかったんですね…いやぁ、さっきから見てたんですが雰囲気よかったもので。勘違いだったのかぁ」

「「はははははははは」」


冷や汗ものである。

ここで関係がばれてしまったら、この鋭いレポーターの餌食となりTV放映されてしまうかもしれないのだ。

士官学校でも結構人気のある番組なので、かなり恥ずかしい思いをすること間違いなしだ。

これからずっとからかわれるのは避けたいので2人は必死だった。


「おかしいなぁ、目に狂いはないのに。この仕事も長いですからね、カップルを見るとピピッと魔力センサーが働くんですよ」


どんなセンサーだ。

気のせいです、それは貴方の気のせいなんです。


「あ、あの、私たち行くところがあるので」

「あ、もう少しお話が…」

「失礼させてもらうぞ。行くぞ、エレアノール」


なおも食い下がってこようとするレポーターをさえぎり、イラファエルとレイラはそそくさと席を立つ。


「エレアノールさ~ん、マウリシオさ~ん…おお~い」


レポーターの呼びかけにも振り返ることなく人の間にうまく身を隠した2人はさりげなく距離をおいて歩く。

こわばった表情のままラファエルはぎこちなくゴミ箱にゴミを捨てると、平静を装って雑踏に紛れ込んだ。



「どうしよう?大丈夫だよね」

レイラは心の中でラファエルの母親に何度も謝った。


それにしたってあのレポーター、あんなに大声で呼び止めなくたって。

 

エレアノールという名前の人物は本国広しといえどもラファエルの母親しか知らないが、多分この広い国のどこかに結構いるはずだ。

広場からかなり離れた場所まで来た2人は後ろからクルーたちが追っかけてきていないことを確認すると思いっきり息を吐いた。

  

「ごめんなさい、ラファエル!!」

「いや、構わんさ。俺も思わず言ってしまったしな」

よりにもよって同僚の兄の名前を。

人気俳優の名前を。

これを知られたら物笑いの種にされかねない。

「ベルナルドにお詫びの品でも買いに行こうか」

「………放映されるとも限らんだろう」

カップルではないということになっているだろうから。

かなり怪しかったが、多分、うまくいったはずだ。

「でも…私、エレアノール様にお詫びの品を送りたいんだけど。ラファエルなら好みの物とかわかるでしょ?」

名家であるドラクール夫人…ラファエルの母親の名前を使ってしまったので後ろめたいレイラ。

気にすることはないのだがどうしても、と言うレイラに結局ラファエルは折れてしまった。

「母上は最近ハチミツに興味を持っているらしい。俺宛の小包にも入っていたからな」

「じゃ、珍しいハチミツにしよう」

「いきなり贈り物なんて変じゃないか?」

「いつも息子さんにお世話になってますってことじゃダメかな?」

 

何故贈り物をすることになったのか、というくだらない理由をわざわざ書きたくないのであたりさわりのない理由を挙げるレイラにやっぱり変だろう、と思ったラファエルであったが思い直す。


いずれは、母上にレイラを紹介しなければ。

 

「あ、やっぱりそれじゃダメだ。『ラファエルをいつもお世話しています』って書かなきゃ」

いたずらっぽい顔でラファエルを見たレイラはニッと笑った。

「なんだとっ!」

「あははははっ、冗談だよ。『貴女に憧れてます』にしようかな~…正確には『貴女の息子さんに憧れてます』だけど」

レイラの言葉に顔を赤くしたラファエルが言葉に詰まる。

楽しげに揺れているレイラの瞳に目を奪われて、やっとの思いで言い返した。

「憧れてるだけか?」

今度はレイラが言葉に詰まり、ラファエルの耳元でこそっと呟く。


「ううん、大好き」


ラファエルが大好き。

卒業しても、別の部隊に配属になっても。

 

「離れ離れになったら、毎日通信入れるからね」

「ああ。俺も、どんなに忙しくても連絡する」

「今度デートする時は私服でしようね」

「そうだな…制服ではおちおちゆっくりもできないからな」

「ラファエルを着せ替え人形にするのはまた今度ね」

「…………」

「もうっ、約束だからねっ!」

「……わ、わかった」


歩調を合わせて仲良くじゃれ合いながら歩く2人は気付いていなかった。

先ほどのクルーたちが2人の後姿をずっとカメラに納めていたことに。

一度は撒かれてしまったものの、追跡ならこちらもプロである。

道行く人に聞きまくり、挙句の果てにはラファエルたちが立ち寄った店にまで聞き込みに行ったらしい。





「よう、マウリシオ」

「おはよう、マウリシオ」

「色男、エレアノールちゃんを泣かせるなよ」

 

会う人会う人がラファエルを『マウリシオ』と呼んでいく。

一瞬「は?」と疑問符を浮かべたラファエルだったが、思い当たることがあって見る見る顔を赤く染めていった。


もしや、アレが放映されてしまったのかっ?!


周りの人をなぎ倒していく勢いで廊下を駆け抜けるラファエルに、士官候補生たちは丁寧にも「エレアノールなら部屋から出てこないんだって」と声をかけていく。

 

ありえんっ!!


ありえんだろうがっ!!


あの時、撮影クルーに後をつけられていたことに気付いていなかったラファエルは頭の中で叫びまくっていた。


「レイラ!!開けろ、俺だ」


レイラの部屋に着くなり入口のコードを勝手に打ち込んだラファエルはそこでとんでもない映像を見ることになった。


モニターには仲良くデート…もといエレアノールへの贈り物を物色するラファエルとレイラがはっきりばっちり映っている。

一応、顔にモザイクがかかっているのだがバレバレだ。

少なくとも、士官候補生たちにはもろバレな映像であった。

しかもあのむかつくレポーターが余計なナレーションまで入れている。


『いや~、絵になりますねぇ。士官候補生の白服といば皆の憧れの的ですよね』

『そういえば、彼女の名前はエレアノールですよね…それを聞いて、彼氏の顔を見た私は何か引っかかったのですが…』

『それにしてもラブラブなカップルですね!!やっぱり私の目に狂いはなかったようです!!』



「な、な、な、な、何でだっ!!」


バルムンクの『叫び』状態のラファエルに、ベッドの上で赤くなった顔を両手で隠したレイラがさらにとんでもないことを言った。


「ラファエル…あのね、これ、エレアノール様が送ってくださったの」

 

これ、とは?

 

この映像のことである。

レイラが朝起きてメールのファイルを開いたら、この映像が添付されていたのだと。


まさか、付き合っていることがばれて、そのことを母上が反対している…とかか?


ラファエルはメールの内容を見てさらに目をひんむいた。


『この間は最高級の『妖精女王のとっておき蜂蜜』をありがとう。

送り主がレイラ嬢だと知った時は驚きだったが、この映像を見て納得した。

我が息子もなかなかやるようだな。

交際しているならしていると教えてくれればよかったものを、まったく水臭いではないか。

我が息子ながら気が短く気性も荒いという欠点があるのは知っての通りだとは思うが、私に免じてどうか見捨てないでやってくれ。

私はこの交際を歓迎している。

それではレイラ嬢、今度の卒業式で会えるのを楽しみにしているぞ。

エレアノール・ドラクール』


「○×*■※☆△っ~~~~~~!!!!!」


見ていたのか、母上。

っていうか、母上が見るような番組じゃないだろう!!

しかも何だこの親密気なメールは。

知り合いなのか?

俺の知らない間にいつの間に知り合ったんだ?


「ど、どうしよう。なんて言えばいい?心の準備が…」

「それよりも、これからどう乗り切るかだ…ほぼ全員知ってるようだぞ」

「ええ~っ!!もう講義に出れない…恥ずかしいぃぃぃ」

「同感だ…今日はサボりたい。ああ、成績に影響があろうともサボりたい」


 

悩め10代。


 

がんばれ10代。



人の噂も75日。


 

やっぱり制服のままでデートするのはやめておけばよかったと思ったラファエルとレイラであったが、後悔先に立たず。

これからしばらくはひっそりと暮らしていくしかないのであった。




余談であるが、面白がったベルナルドとユージンが士官学校中に録画テープを回したらしい。



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