014
世界には数多の音があるが、動植物の消えた[幻灯区]にはそれが無い。
唯一音を立てるのは[幻灯区]で活動する[魔法使い]や[適性者]のみだという先入観から、勘違いが生まれたのだろう。“力”を扱う者達が生み出した音そのものには“力”があるはずだという思い込みは、当たらずとも遠からずで、桃山小雀に掴めそうで掴めないというもどかしい感覚だけを残した。
[幻灯区]ではネットも何も使えないが、『鳥籠』からならば可能だとの事で、店にある鷹代翠のパソコンを使わせてもらった二人は、すぐに答えに行き当たった。
「音そのものじゃなくて、音波か」
「音波でなく、振動の方かもしれませんよ。まあ似たようなものでございますけれども」
「周波数は?」
「変えられるとしたら誰の声真似も出来る芸人になれますね」
「だったら俺の声で妙な事すんなよ」
釘を刺された桃山小雀は肩を竦めて画面に向き直った。検索ワードはそのまま『音』と『声』。そこから派生して『振動』や『音波』、『声道』など様々な単語に関してのウェブページが開かれている。
あの時、走れ、と言ったのは鷹代蒼だ。
それを自分の声に限りなく似せられたわけだから、蒼の言うような事も不可能ではないだろう。切羽詰まった無我夢中の状態は言うなれば火事場の馬鹿力、平常状態で同じ事が出来るかどうかを考えると先が思いやられて、小雀は溜め息を吐いた。
同じタイミングで、隣から蒼の溜め息も聞こえてくる。
「逆にこれ全部把握すんのかと思うと、骨が折れるな」
店に入ると同時に消え失せてしまったが、蒼が弓を仕舞えないように、複雑なイメージに捕らわれ過ぎて何も出来なくなってしまうかもしれない。
「知らぬが仏とはよく言ったものでございますね」
「それって意味ちがわねーか?」
「でしたか」
「仏にならない為にやってるしな」
「大丈夫でございますよ」
妙に自信たっぷりに言い切った小雀は、訝しがるクラスメイトに涼しい顔で続けた。
「ワタシの両親をご存じで?」
「そういえば知らねーな」
「夫婦でオペラ歌手をしております」
おかげで今は年中世界を飛び回っていて、家に帰ってこない事の方が多い。
だが小雀が小さい頃には活動を一時休止していて、言われた事は無いが家族で歌うような夢くらいは持っていたのだろう、多少なり音楽を齧らされた。
元からそこまで興味を持てなかった所為で本格的には続かなかったが、世界で活躍する歌手二人に仕込まれただけのものはあると自負している。双子の弟二人の面倒にかまけて、近頃はすっかりご無沙汰だが、感覚的に音を把握する力は衰えるにはまだ早い。
「お手は煩わせません」
自負と意地でそう断言した小雀が単なる[適性者]から[魔法使い]へと変わるのは、それから数日後の事だった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。彼らは彼らで一つの流れとなるのですが、ここで一時停止させていただきます。
良いお年を。




