【第1話】色彩のない魔法使いと、三秒先の輝き
王宮魔導師、アルヴィス・フォン・アストレア。
彼はこの国で最も美しく、そして最も「欠落した」男だと言われている。
白銀の髪に、冷徹なまでに透き通った銀色の瞳。
彼が指先を振るえば、荒れ狂う嵐さえも瞬時に静まる。けれど、彼自身の心には凪さえも訪れない。なぜなら、彼には「感情」という概念が理解できないからだ。
「エレン。また予知が当たったな。私のティーカップには、毒ではなく単なる淹れすぎた茶葉の苦味が含まれていた」
無機質な声が、ひんやりとした執務室に響く。
私は彼に差し出したトレイを抱え直し、小さく溜息をついた。
「アルヴィス様、それは予知ではありません。茶柱が立っていたから、今日は良いことがあるとお伝えしたかっただけです」
「ほう。茶柱という物理現象が、私の精神状態に好影響を与えるという相関関係か。理解に苦しむな」
彼は淡々と、苦い茶を喉に流し込む。
私、エレンには少しだけ特別な力がある。
ほんの数秒先、長くても十秒後の「未来」が、映画のワンシーンのように脳裏をよぎるのだ。
この力のせいで、私は周囲から「気味が悪い」と遠ざけられてきた。
けれど、この「感情の色」が煙のように視えるという魔法使いだけは、私の力を『極めて効率的な探知機』として重宝してくれた。
「……三秒後」
ふと、私の視界が明滅した。
脳裏に、アルヴィスの美しい顔が苦痛に歪み、窓ガラスが粉々に砕け散る映像が流れる。
「アルヴィス様、伏せて!!」
私はトレイを投げ出し、彼の背中にしがみつくようにして床へ押し倒した。
直後、凄まじい衝撃音とともに窓ガラスが弾け飛び、魔導具の暴走による熱線が、さっきまで彼が座っていた椅子の背もたれを焼き焦がした。
部屋を覆う砂埃と、割れたガラスの音。
密着した体温。私の腕の中で、アルヴィス様は瞬き一つせずに私を見上げていた。
「……今のは、暗殺の予兆か?」
「いえ、隣の演習場の魔法が逸れたみたいです……。怪我は、ありませんか?」
私は震える声で問いかけた。
彼はゆっくりと起き上がり、私の頬についた小さな切り傷を、長い指先でなぞった。
「私には、他人の感情が色で見える。今の君の周りには、見たこともないほど鮮やかで、ひどく騒がしい桃色の煙が立ち込めている」
彼の指が触れた場所が、熱い。
「これは、何という感情だ? 恐怖か? それとも——」
彼は首を傾げ、私の瞳をじっと覗き込んだ。
その瞳に映る私は、顔を真っ赤にして、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「分かりません。……アルヴィス様が、ご自分で見つけてください」
三秒後の未来。
彼が私の手を取り、「次の実験を手伝え」と命じる未来が見えた。
けれど、その時の彼の声が、いつもよりほんの少しだけ柔らかいことまでは、未来視の力でも予測できなかった。




