ほんの香る、夏のしおり。
それから一年後。
俺の小説は、書籍化された。
あっけないくらい、現実は進んでいく。
賞も取った。
評価もされた。
夢のはずだったのに。
どこか、現実感がなかった。
――夏だった。
また、あの匂いがする季節。
俺は墓の前に立っていた。
久遠秋の墓。
「……わりい、遅くなった」
そう言って、本を取り出す。
自分の書いた、小説。
「……読んでくれよ」
やさしく置いた。
そのまま。立ち去ろうとする。
ふと。
何かとすれ違った気がした。
思わず、振り返る。
(いい匂い――)
あのときと、同じ匂いだった。
紙と、インクと。
ほんの少し、甘い香り。
――風が吹く。
本のページが。ぱらりと開いた。
偶然かもしれない。
でも。
そこは、あの一行のページだった。
『面白かったよ』
――喉が、詰まる。
声にならない。
なんで言えばいいのか、わからない。
ただ一つ、言えることがあるとすれば。
ああ――
ほんの香る、夏のしおり。
本当に俺は、小説家になってしまったみたいだ。
本物の。
「ありがとう――秋」
いつか、俺もそっちに行く。
だから。
その時はまた。
「君の声で、感想を聞かせてくれ」
今更だけど。
やっと言える。
「俺は、秋が好きだよ」




