第五話
淳の大きな声に振り向く早苗。
「ん?」
今にも飛び出しそうな気持ちを懸命にこらえて淳が叫んだ。
「イギリス、頑張ってきてください!!俺もあなたを応援していますから!!」
急な事にポカンとしている早苗。そんな早苗を見ないかのように淳が続けた。
「あなたの弟として!!」
すっとスイッチが入ったかのように・・・肩の力が抜けたかのように淳の目から涙がこぼれた。自分ではもう止められなくなっていた。気がつくと早苗が優しく肩を抱いてくれた。
「ありがとう・・・淳。」
優しく・・・包み込まれるかのように淳はその温かな胸の中で泣いた。
早苗は自宅のソファに腰を下ろした。先ほど淳と別れたばかりだ。目の前にはお気に入りのアロマキャンドルがゆらゆらと揺れている。
(これでよかったんだよ・・・ね)
先ほど行われた淳とのやり取りが頭の中でリフレインされる。淳の大きな声、手の温もり今でも頭の中に残っている。
私も・・・淳のことが大好きだったんだよ。好きで好きでたまらないんだよ・・・
そう言って淳を抱きしめることが出来たのならばどんなに楽だったんだろう。しかし、それをすることが早苗には出来なかった。
・・・早苗には父親がいなかった。小さい時に両親が離婚して早苗は母親に、弟は、母や自分に暴力を振るう父親に引き取られた。片親になった早苗は母親に苦労をかけまいとバイトをして必死に母親を助けた。誰にも言っていない事だった。
そんな早苗にも恋をする余裕が生まれた。そう、淳にだ。一目見た時から胸をときめかせる不思議なオーラをまとった淳に早苗はどんどん恋に落ちていった。どこか懐かしいような優しい目をする淳に心を奪われる早苗。気持ちがばれないようにするのが大変だった。
そんなある日、早苗は街で淳を見かけた。声をかけようかどうしようか迷っていると、柄の悪い人たちが淳を人気の無いほうに連れて行ってしまった。
「大人しくなったってホント??」
「殴っても黙ってるかな??」
そんな声が飛び交う中、淳は言った。
「勘弁してくれよ、もうケンカはやめたんだ」
冷静な目をする淳に腹を立て、不良が言った。
「お前のオヤジはヤクザなんだろうが、その血は消せねぇよ」
その一言に淳がかっとにらんだ。それは恐ろしく、冷たい目だった。
遠くで覗いていて警察を呼びに行こうとしていた早苗にもその目は見えた。思い出したくない目だった。それは、自分に暴力を振るっていた父親の目だった。
急いでそこを抜け出し母親に連絡した。思っていた通りの答えだった。
淳は、自分の弟だった。
その日以来、早苗は淳に対しての態度を変えた。弟として接するようになった。自分の感情は胸にしまい、姉としての愛情を淳には傾けた。もちろん淳には事実を伝えることができなかった。
それでもイギリスに旅立つ最後の日くらい淳にはホントのことを伝えておこう。
そう思った日に淳から告白されたのだ。早苗からは何も伝える事が出来なかった。
私と淳・・・
気持ちは同じなのに、知っているか知らないか・・・それだけで結ばれるものが結ばれなくなってしまった。なんてひどい運命なんだろう・・・
姉としての殻を破れなかった早苗。
弟としての殻を被った淳。
二人の片思いの恋愛は、こうして終わった・・・




