反照
私の情けない悲鳴が夜の山へ響いた次の瞬間、洞窟の中からものすごい勢いで白い塊が飛び出してきた。
何かが岩を蹴る音がしたと思ったときには、叔父虎が私の前を横切り、そのまま岩場の端まで駆けていく。低く身体を伏せて周囲を見回し、鼻をひくひくさせ、耳を前後へ忙しく動かしていた。
完全に、私を襲った何者かを探している。違います。賢い話の濁流に耐えきれず私が勝手に悲鳴を上げただけです。
犯人を挙げるなら白蛇だけど、無罪の白蛇はいつの間に逃げたのか、さっきまで目の前にいたはずなのに影も形もなかった。
岩の隙間へでも滑り込んだのだろう。判断が早い。さすが一度人間に食べられかけた蛇。危機管理能力が私とは違う。
叔父虎に少し遅れて、お父さんとお母さんも洞窟から出てきた。そのさらに後ろから、寝ているところを叩き起こされたらしいきょうだい達が、何が起きているのかまるで分かっていない顔でふらふらついてくる。
一匹なんて目が半分しか開いていない。眠そう。ごめん。でも私はいま両前足で頭を抱えて地面へ伏せているので、家族から見ればどう考えても緊急事態だった。
最初に来たのはお母さんだった。私のところまで大股で歩いてくると、鼻先を押しつけて頭から尻尾の先まで嗅ぎ、そのまま顔をべろんと舐める。
続けてお父さん。叔父虎も周囲に危険がないと判断したらしく戻ってきて、三方向から顔や首や背中を舐められた。ざらざらした舌が毛を逆立て、頭が右へ左へ押される。
きょうだい達まで状況も分からないまま交ざってきて、こっちは舐めるというより鼻を押しつけたり前足を乗せたりしてくるので、あっという間に私は白虎の塊の真ん中へ埋まった。
ひえ。牙。でかい。舌もでかい。お父さんなんて口を少し開けば、昨日まで気にも留めなかった犬歯がすぐ目の前に見える。怖い。……と、思うはずだった。
今朝ならもっと身体が固まっていた。きょうだいがじゃれついてきただけで爪を見てびくっとしたし、お父さんが顔を舐めようと寄ってくれば反射的に一歩下がりそうになった。
なのに今は、お母さんの舌が目の上を通って顔中べちゃべちゃになったことの方が気になる。叔父虎に至っては私がどこか怪我をしていないか確かめようとしているのか、鼻先でひっくり返して腹まで舐め始めた。
「くすぐったーい」
やめて、のつもりで前足を突っ張る。当然通じない。むしろ元気に声が出たことで安心したのか、今度はお父さんまで腹側を嗅ぎ始めた。やめてください。親族総出で腹を確認しないでください。私は病院へ連れてこられた猫ではないです。でも、怖くない。
朝から胸の中へずっと詰まっていたものが、いつの間にか少し薄くなっていた。
フィロンに話を聞いてもらったからかもしれない。途中から難しすぎて半分くらい何を言っているのか分からなくなったけど、分かったところだけならそんなに複雑ではない。
私は人間だった菜花火花で、今は白虎の赤ちゃんのガウーワ。両方ある。人間だったころの感覚でお父さんの牙を見れば、そりゃ怖い。白虎の子供として見れば、ずっと私を舐めたり運んだりしてくれたお父さんの口だ。どっちかだけを本物にしなくてもいい。
朝から怖かったことが嘘になるわけでもないし、それまで毎日楽しかったことが間違いだったわけでもない。
それに、家族が私へずっと優しかったことだけは、どう考えても変わっていない。
お母さんは今も私の毛をべろんべろんにしているし、お父さんは横から顔を押しつけてくるし、叔父虎はさっき私の悲鳴を聞いて真っ先に飛び出してきた。きょうだい達は眠そうなのに全員外まで来た。まあ、この三匹については何となくみんなが出たからついてきただけかもしれないけど。
ご飯だって、今日は食べた瞬間に死んだ動物だと思って気持ち悪くなった。でも昨日までは普通においしかった。いや、おいしいどころか、いいところをきょうだいに取られそうになって唸ったこともある。遊ぶのも楽しい。石も楽しい。雪も楽しい。叔父虎の背中を滑るのも楽しい。
「あれ? なんか元気になってきた!」
勢いよく起き上がったら、ちょうど私の首筋を舐めていたお母さんの顎へ頭がぶつかった。お母さんはびくともしない。私の方がちょっと痛い。でも元気。今なら走れそう。きょうだいとも遊べそう。さっきまで魂がどうとか身体がどうとか考えていたのが急にどうでもよくなってきた。明日また考えればいい。というかフィロンに考えてもらえばいい。絶対に私よりも考えることが得意な顔してたし!
そうして完全復活した私は、とりあえず家族全員に元気になりましたと伝えるため、その場で一回ぴょんと跳ねた。直後、お母さんに首根っこを咥えられた。
あ。ぶらん。
四本の足が地面から離れる。ちっちゃいころから何度もされてきた運搬方法なのに、人間だったころの感覚が少し戻っている今は、首だけで全体重を支えられている状態がちょっと怖い。でも苦しくない。不思議。私はそのまま何の抵抗もできず、洞窟まで回収されたのであった。
戻った先では、きょうだい達をしまっちゃおうねしていたお父さんが、さっさと寝床へ横になっていた。
お母さんは私をその横へ下ろすのかと思ったら、お父さんの脇腹へ前足をかけ、その身体へ半分乗り上げるようにして伏せる。その腹のいちばん温かいところへ、私が押し込まれた。きょうだい達も寄ってきて、お母さんの腹や私の背中へ適当にくっついていく。
……これ、お母さんがお父さんのこと敷布団にしてるんだよね。
前から薄々思っていたけど、お父さんは気にしていないらしい。巨大な白い身体の上へ巨大な白い身体が半分乗り、その間に小さい白い身体がいくつも挟まっている。非常に温かい。
朝からほとんど食べていない。昼寝もろくにしていない。一日中びくびくしていた。そこへ安心する匂いと体温に包まれたら、さっきまで元気いっぱいになった頭なんて何の役にも立たなかった。
ねむ。
そう思ったところまでしか覚えていない。
次に目を開けたときには朝だった。そして元気だった。ものすごく元気だった。
昨日あれだけ怖かったお父さんの牙を見ても、最初に浮かんだのは怖いではなく、ご飯まだかな、だった。身体を起こして伸びをしたら背中に乗っていたきょうだいがころんと転がったので、そのまま顔へ飛びついた。向こうも飛びつき返してきた。ちょっと爪が当たった。痛い。腹が立ったので耳を噛んだ。噛み返された。楽しい。
朝の狩りから帰った叔父虎が、目が沢山ある猪を持ってきた。ご飯が来た! きょうだいがみんなでグルグルまわりながら、ご飯はまだかダンスをしている。私もその最後尾に交ざって円を描きながら練り歩いた。最初に食べるのはお母さん! 次に食べるのは私たち!
一瞬だけ昨日のことを思い出した。目の前に置かれた獲物を見て、これは死んだ動物なんだ、と思う。思ったけれど、同時に腹がぐうっと鳴った。匂いはおいしい。食べる順番が来て、きょうだい達が飛びついた。私はちょっとだけ躊躇してから、おそるおそる肉へ牙を立てた。
血の味がした。おいしかった。
人間だったころの感覚がなくなったわけではなく、食べながら『これ前世の私が見たら絶対無理だったな』とは思う。
でも今の私は虎なので、腹が減っている。そして目の前にある肉はおいしい。それ以上については、食べ終わってから考えることにした。食べ終わるころにはすっかり忘れていた。
さらに叔父虎が昨日持ってきてくれた素敵な石を見つけた。つやつや。今日はちゃんと素敵に見える。昨日はただの石だったのに、今日は光が当たるたび表面がきらっとしてめちゃくちゃいい。最高すぎる……。
嬉しくなって前足で転がし、口へ入らない大きさなのに一応齧り、後ろ足で蹴った。蹴った石が岩の隙間へ入った。
取れない。
前足を突っ込む。届かない。顔を突っ込む。届かない。私が困っているのを見たきょうだいが一匹寄ってきて、同じ隙間へ前足を入れた。届かない。もう一匹来た。届かない。最後の一匹まで来た。全員届かない。
「みゃあああ」
一匹が鳴いたので、私も「みゃああ」と鳴いた。この「みゃああ」には、「みゃああ」という意味しかない。
もう一匹が「みゃんっ、なああ」と続き、気づけば全員で岩の隙間へ向かって鳴いていた。大変だ。素敵な石が取れない。困る。
昨日は自分が人間ではなくなっていくかもしれないと悩んでいたのに、今日は岩の隙間へ入った石が取れないことが世界最大の問題になっている。
叔父虎が来た。大きな前足を隙間へ突っ込み、一発で石を隠していた岩をずらした。
やったあ!
全員で石へ殺到。元気。めちゃくちゃ元気。虎という生活、楽しいっ!
そんなふうに朝から全力で食べて遊んで昼寝までして、昨日一日分の元気をまとめて取り返すように過ごした。
夕方になるころには、昨日あれだけ悩んでいたことを思い出すのに、ちょっと時間がかかるくらいだった。
もちろん、なくなったわけではない。ふとした瞬間に、みんなの牙が大きいなと思うことはある。肉を見て、これは生きていたものだと考えることもある。でも、それとみんなが怖くないことも、ご飯がおいしいことも、今のところ一緒に存在できている。
昨日フィロンが言っていたのは、たぶんこういうことなんだろう。全部は分からない。難しい。でも役には立った。
なので夜になり、昨日と同じようにこっそり洞窟を抜け出した私は、今日は最初からかなり上機嫌だった。
フィロンに、昨日相談に乗ってくれてありがとね~~、今日は元気だよ~~、と報告するつもりで岩場へ向かう。昨日フィロンがいた岩を見る。いない。まだ来てないのかなと思ったところで、岩と地面の間にある細い隙間から、白い頭がぬるっと出てきた。
「あ、フィロン」
続いて長い身体が出てくる。昨日と同じ白蛇。赤い目。いつもならするすると滑るように出てくるのに、今日は妙に遅い。
身体の丸め方もなんとなく緩いし、頭の位置が低い。地面すれすれまで顎を下げて、私の前へ来てもあまり顔を上げなかった。
蛇って……落ち込むんだ……。
人間みたいに肩を落とすことも眉を下げることもできないのに、どう見ても落ち込んでいる。何があったんだろう。
昨日私が難しすぎると叫んだのがそんなに傷ついたのかな。賢い話を途中でぶった切ってごめん。
「とりあえず最初に、ありがとうって言っておくね。昨日話してから結構楽になった。今日はご飯も食べられたし、朝からきょうだいと遊んで、石もなくして、叔父虎に取ってもらって、いまめちゃくちゃ元気」
「どういたしまして……役立てたようで幸いだよ……」
「なにか……あった……?」
私までつられて声が小さくなった。フィロンはすぐには答えなかった。身体を丸めたまま、舌を一度だけ出して引っ込める。
昨日の夜、私の話を聞きながら考えていたときにも似ている。ただ、今日は考えているというより、口にするかどうか迷っているように見えた。
「昨日、君と別れたあとで、自分の話したことを私自身にも当てはめて考えていたんだ。
私は以前、君と同じような境遇の者たちに会ってきたと言っただろう。彼らの中には、人間のもとへ向かうと言って去った者もいた」
「うん。別れたあと、もう一度会えた人はほとんどいないって言ってた」
「そうだ。だが昨日までは、そのことについて一つ見落としていたらしい」
そこでまたフィロンの頭が下がった。私は黙って待った。難しい話が始まりそうな気配はある。でも今日はご飯をいっぱい食べて昼寝もした。昨日よりは耐えられる。たぶん。
フィロンがこれまで出会った神獣は、私のような大きな肉食獣ばかりではなかったらしい。むしろ鼠や小鳥、兎のような、小さな身体を持つものの方が多かったという。
人間だったころの記憶を持ち、自分と同じ動物とは会話できず、孤独なまま暮らしていた者たち。その話を聞いて、フィロンはずっと自分と同じだと思っていた。
でも、昨日私へ話したように、身体が心へ影響するのだとしたら。
「私は蛇だ。そして鼠も、小鳥も、兎も、蛇に食われる側の生き物だ。彼らが人だったころの記憶だけで私を見ていたのなら問題はない。だが君が今日、家族の牙を怖いと思ったように、彼らにも今の身体から来る恐れがあったのだとしたら……私はずいぶん恐ろしい姿で話しかけていたことになるね」
フィロンはそこで少し黙った。
「そもそも私は、人だったころから蛇というものをそれほど嫌っていなかったんだ。
毒を持つものなら当然警戒したし、噛まれた者を診たこともある。だが、医術に携わる者にとって、蛇はアスクレピオスと結びついた馴染みのある姿でもあったし、家の祭壇に蛇の姿を見ることも珍しくなかった。だからこの身体になったときも、驚きはしたが、蛇であることそのものを恐ろしいとはあまり思わなかった」
白蛇は自分の身体を確かめるみたいに、ゆっくり一度だけ尻尾を動かした。
「人間に怖がられたときも、こちらの人々は蛇をずいぶん嫌うのだな、と思った程度だったよ。喋っているのも、冷静に考えれば恐ろしいことだろうしね。
それに、私が会った同胞たちは皆、少なくとも話をしている間は逃げずにいてくれた。私はそれを、私が危険ではないと理解してくれたからだと思っていた。……今考えれば、ずいぶん都合のいい受け取り方だったのかもしれないね」
アスクレピオス。誰……? 話の流れ的にフィロンの上司とか偉い人……いや、昔の物語の話もしているし、何かの登場人物かもしれない。神様とか。
そのへんはまるで分からなかったけれど、今聞くところではない気がしたので、私は口をつぐみ、子虎なりにできるだけ真面目な顔をしておいた。
すっかり落ち込んでいるフィロンは、悪気なんて1ミリもなかったんだろう。どちらかというとコミュニケーション能力高めの親切な蛇なので、私に会いに来てくれたように「む! 向こうに仲間の気配! 情報交換をしよう!」とニョロニョロ会いに行ったんだと思う。相手を食べようなんて思っていなかった。でも相手側がそれを身体で理解できるとは限らない。
私だって、お父さんが私を食べるわけないと頭では知っていたのに、昨日は牙を見ただけで怖かった。ましてフィロンとその人たちは家族ではない。初対面の蛇。しかも、今の身体なら自分を食べられる相手だ。
「でも、ちゃんと話はできたんでしょ? 怖かったとしても、フィロンが何を言ってるかは分かってたんだよね」
「できたよ。だから私は、それで充分だと思っていた。彼らが怯えていれば、知らない相手だからだろうと考えた。
蛇を怖がっている可能性まで、真面目に考えたことがなかった。そして中には、人間を探すかどうか迷っていた者もいた」
フィロンは自分が人間に捕らえられた経験を隠さなかったらしい。危険な人間もいる。喋ったからといって人として扱ってもらえるとは限らない。それでも、人間の中には話を聞く者もいるし、同じ言葉を持つ相手を求めるなら、人里へ近づくという選択そのものを止める理由はない。そう話した。
何より、フィロン自身が獣となって最初に求めたのが人間だった。
「私は、彼らが自分から人間を求めているのだと思っていた。もちろん、それも間違いではなかったのだろう。けれど、もし目の前にいる唯一会話のできる相手が、自分の身体にとっては捕食者だったなら、人間へ向かう理由が一つ増える。
私といるより、元の自分と同じ姿をした者の方が安心できると考えたとしても、不思議ではない」
「フィロンから逃げたかったかもしれないってこと?」
「そこまで単純だったとは思わない。ただ、私が最後の一押しになった者はいたのかもしれない。そして、その先で彼らがどうなったのかを私は知らない」
今度は私にも、フィロンが何をそんなに落ち込んでいるのか分かった。自分から人間のところへ行くと言って、フィロンと別れた神獣がいる。そしてフィロンは、その人たちがその後どうなったのかを知らない。
人間のところへ行けば絶対に殺された、とは限らない。でも殺されたかもしれない。
その人たちがフィロンを怖がっていたとも限らない。でも怖がっていたかもしれない。
フィロンの言葉がなくても人間へ向かったかもしれない。でもフィロンが背中を押したから行ったのかもしれない。
かもしれないが多い。
フィロンの赤い目が、少し離れた地面へ向けられた。
「私の故郷には、神によって牡鹿へ姿を変えられた男が、自分の猟犬に獲物として追われ、殺される話があった。男の心には昨日までと同じ犬たちでも、犬から見れば、そこにいるのは主人ではなく牡鹿だ。
私は昔からその話を知っていた。自分自身、人の心のまま蛇になり、人間から獣として扱われた。それなのに、同胞を見るときだけは、彼らも私と同じように『中身は人間なのだから、人間として私を見るはずだ』と思っていたのかもしれない」
それはたしかに、ありそうだった。フィロンは蛇だ。しかも喋る。前世の私でも夜道でいきなりそんなものに会ったら悲鳴を上げる。鼠や小鳥なら、少なくとも見た瞬間の怖さはずっと少ない。でも、だから安全とは限らない。捕まえやすい。逃げにくい。人間が本気で殺そうとすれば、蛇のフィロンよりずっと簡単だったかもしれない。
「医術でも、善いことをしようと思っただけでは足りないんだ。助けるつもりで与えた薬が患者を悪くしたなら、医師は『善意だった』だけで結果をなかったことにはできない。量を誤ったのか、薬そのものが合わなかったのか、何もしない方がよかったのかを考えなければならない」
フィロンの声は静かだった。たぶん、怒っているわけではない。悲しんでいるというより、自分で自分を診察しているみたいだった。
昨日の私にしたのと同じように、過去に起きたことを一つずつ並べて、その中から自分の間違いだったかもしれないものを探している。
「だが、この場合は確かめようがない。彼らがどうなったのかを私は知らない。無事に人間の中で暮らした者もいるかもしれないし、私が考えている通りになった者もいるかもしれない。
証拠がない以上、私が殺したと決めるのは間違っている。だが、証拠がないから何も問題はなかったと決めるのも同じくらい乱暴だ。……そう考えると、どうにもね」
なるほど。ものすごくフィロンらしい。そして、ものすごく面倒くさい。
いや、真面目に悩んでる相手へ面倒くさいと言うのは失礼なのは分かる。でも答えがないことを、頭のいい人が頭のいいままずっと考えている。昨日の私なら途中でまた「難しいこと考えてるよ~~!」と悲鳴を上げていたかもしれない。
私は前足を一歩だけ前へ出した。
「かもしれない論法は、やめよう! 答えが出ない後悔って、落ち込むだけだから!」
フィロンが赤い目を上げた。
「……ずいぶん思い切った結論だね」
「だって答え出ないでしょ。フィロンが怖かったかもしれない、人間のところで死んだかもしれない、フィロンが言ったから行ったかもしれない。でも全部違うかもしれない。
分かんないことを全部いちばん悪い方へつなげても、落ち込むだけだよ。それに昨日フィロン、自分で私に言ってたよ。分からないことと辛いことは同じじゃないって。だったら分からないことを勝手に辛い答えで埋めるのもなし。少なくとも私はそうする。難しいから」
最後だけ急に頭の悪い理由になった気がする。でもフィロンは黙った。私はもう一歩近づいて、そこで止まった。昨日より近い。でも飛びつきたい気持ちはない。今日は元気なのに不思議だ。たぶんフィロンを獲物じゃなくてフィロンとして見るのに慣れてきたんだと思う。
「それより、今分かってることを祝おうよ。昨日フィロンが話を聞いてくれたおかげで、私は夜スヤスヤ寝て、朝からご飯をいっぱい食べて、お腹ポンポコで、一日中きょうだいと遊んで、素敵な石まで取り戻した。めちゃくちゃハッピネスだったよ」
「……石まで」
「重要。すごくツヤツヤしてるから。だから少なくとも一匹は、フィロンが声をかけて良かった神獣がここにいます。それじゃだめ?」
フィロンはしばらく何も言わなかった。長い身体の一番外側だけが、ほんの少し緩んだ。地面すれすれだった頭も、さっきより上がる。
「君は慰めるのが上手だね。ありがとう」
笑った。……たぶん。
蛇なので、口元を見ても全然分からない。牙を見せてにっこり、とかされても困るので、むしろ分からなくていい。でも声が少し笑っていた。ヨシ!




