『後編』
〇(回想) マンション・作業部屋(4日前の
1日目・夜)
4日前の『1日目』に戻る。
最初の妻(女性)登場時にさかのぼる。
夜、2LDK、マンションの部屋。
部屋内で漫画の原稿を仕上げている
男性…。妻の夫だ。
夫「(絵を描いていて)…」
2LDKのもう一つの部屋は夫の作業
(仕事)部屋。
夫は漫画家で自分の作業部屋に閉じ
こもって漫画を描いている。
ほとんどこの部屋で作業して寝て…。
そこから出ない。
漫画家歴はもうすぐ十年になる。
週刊誌で連載して単行本も出版した。
そこそこファンもいる。
今は月刊誌で漫画を連載している。
週刊誌よりも締め切りは少し余裕だが
それでもいつも試行錯誤が続く大変な
作業だ。
まだまだ共働きの妻に支えて貰ってい
る…。
そんな妻が仕事から帰って来た音が、
部屋の外から聞こえる…。
夫「(一旦作業の手が止まる)…!」
夫の作業部屋を通り過ぎたと思われる
妻の足音…。
夫「…」
とその音に耳を傾けている夫。
…帰って来たんだ。
今は描いている最中で手が離せない。
切りの良いところまでー…。
と作業を続ける夫…。
〇同・リビング~キッチン(夜)
その頃、リビングでは妻が妄想の男性
と会話をしている。
ソファで見えない誰かに向かって一人
で喋る妻…。
× × ×
食事の準備をする妻。
夫の分も用意して料理を並べる。
誰もいない向かいの席…。
妻は夫を待たずに先に食べる…。
向かいのいない誰かに向かって一人
で喋る妻…。
× × ×
妻がお風呂から上がってソファで洗濯物
を畳んでいる。
〇同・作業部屋(夜)
一方、部屋で漫画を描いている夫。
夫「(だぁーー)…!」
と背伸びをする。
体を伸ばす、ストレッチ。
ようやく一区切りしたので休憩する。
部屋から出る。
〇同・リビング(夜)
夫がリビングに来ると、
妻がソファで本格的に寝ている。
夫「(妻に)…」
妻はテレビを見ながら洗濯物を畳んで
いたようだ…。
× × ×
夫は妻のベッドの掛け布団を持って来
て、ソファで寝る妻に掛け布団をかけ
る。
〇同・キッチン~リビング(夜)
夫がキッチンの冷蔵庫を開けると、
ラップに包んだお惣菜がある。
鍋にはスープ。
それらを温める。
ソファで寝ている妻が目に入る夫。
夫「(妻に)……」
頑張ってみようと思う。よしっ!
× × ×
夫がソファで寝ている妻を運ぼうと
抱える。
よいしょっと! うっ…! こんなに重た
かったっけ…。
〇同・寝室(夜)
夫は妻を抱えて、寝室のベッドに運ん
だ。
なんとか妻をベッドに寝かせられた。
夫「…」
運動不足の体にはダメージが…。腰…。
慣れない事をするもんじゃない…。
若干後悔する夫。
同時に体を動かさないとと反省する。
〇同・リビング(夜)
夫、ダイニングテーブルで温めた料理
を食べる。
夫「(一人で黙々と食べる)…」
食後は食器を洗う。
〇同・キッチン(2日目・朝)
『2日目』の朝。
洗われた食器を不思議そうに見る妻…。
〇同・玄関~廊下(朝)
玄関で「行って来ます!」と誰かに向
かって一人で喋る妻。
妻が外に出て、ドアがカチャ…と閉ま
る。
作業部屋から夫が出て来る。
夫「(玄関の方を見て)…」
夫のM「気付くと妻は無意識に妄想の相手と
喋るようになっていた…。外ではそんな事
はないようで、家に帰って来てから寂しさ
を穴埋めするかのように妄想するようにな
った。多分…。多分? 僕のせいだろう」
夫はお風呂に入る。
遅れ過ぎて朝風呂になってしまった。
〇同・キッチン~リビング(昼)
お風呂上りに遅めの朝食。
もう昼食だ…。
キッチンで食事の準備をしている夫は、
ふと妻の定位置のソファに目が行く。
夫「(ソファを見ていて)…」
夫のM「あのソファは妻が吟味して購入した
お気に入りのソファだ」
夫「…」
夫のM「妻は今でも僕を支えてくれてい
る…」
夫のM「最初からこうだったわけではない。
一緒に食事したり会話したり、コミュニケ
ーションはちゃんとあった。だけど、妻が
食事を作っても僕が今は仕事で手が離せな
いからと先に食べて貰った。それからは、
一応声を掛けるけど先に食べて貰って…。
それが次第に、声を掛けずに先に食べるよ
うになり、妻は一人で食事をするようにな
った」
妻のM「一応、料理は夫の分も並べるけど、
結局冷蔵庫に保存するようになる…。一人
で食事して、掃除して、テレビを見て、作
業して、寝て、起きて、仕事に行って、帰
宅する。家での一人の時間がほとんど。あ
まり夫の仕事の邪魔も出来ないから…。夫
の食べ終わった食器や洗濯する衣服はちゃ
んとある。居る痕跡はある。あまり姿は見
ないけど…。部屋の外から声を掛ければ返
事も返って来る。心配はないけど…。今日
の出来事、仕事で何があったか、愚痴、話
したい事はいろいろあるけど……。一緒に
暮らしているはずなのにさみしい…。一人
で生活しているのと一緒」
夫のM「そんな日がずっと続いたのち…、妻
は妄想の相手を作り出す。その相手に仕事
の愚痴や今日の出来事を話し出した。僕は
その相手を見る事は出来ないがきっとイケ
メンだろう…。若い俳優やアイドルのよう
な人物を想像しているのだろう。妻は面食
いだから。…。だからと言って僕は残念な
がらイケメンと呼ばれる部類には入ってな
い。…不思議だ。なぜ僕を選んでくれたの
か。ただ妻は僕が描くキャラクターを好き
なようだ。ファンでいてくれている」
夫のM「時々、リビングで僕と妻、二人で
いる時も妻は妄想の相手と話し込む事が
ある。僕もいるのに、僕が見えていない
時がある。妻はたまに気付いて僕とちゃ
んと会話をする事もあるがその会話の量
は少ない…。妻は病んでいるという事で
はない。家での会話の相手を探している
だけで、重症という事ではない。むしろ
独自にストレス発散法を作り出して、精
神は安定している」
〇同・リビング(昼)
夫は、ササッと昼食を済ませる。
このあと担当の編集者がここに来る
から。
× × ×
夫、訪れた編集者に出来上がった原稿
を見せる。
編集者がその原稿を受け取ったあと、
打ち合わせをする。
〇同・作業部屋(午後)
その後。
夫は仕事部屋でやっとぐっすり眠れ
る…。
夫「(眠りに入って)…」
〇同・玄関内~廊下(夜)
夜。
妻が仕事から帰って来る。
妻、夫が寝ている部屋を通る…。
〇同・リビング(3日目・朝)
『3日目』の朝。
妻は風邪気味でもマスクをして仕事に
出掛ける。
〇同・作業部屋(朝)
夫は知らずに部屋にいる。
今日も部屋で仕事をする。
× × ×
しばらくして(昼間になって)、
玄関から誰かが帰って来た音が聞こえ
る。
部屋の前を通ってリビングに入る妻の
足音。
作業中の夫は、
夫「…? (妻)?」
でもまだ昼間だけど。今日は早いなぁ
ー。と作業に戻る夫。
〇同・リビング(午後)
少しして、
夫は休憩のためにリビングに来る。
お腹が空いたと呑気に来ると、妻が
ソファにいる。
夫「(妻に)…。どうしたの? 今日早いね。
仕事終わり?」
とまだ呑気に話し掛ける夫。
妻は、熱が出たため仕事を早退した。
ソファでマスクをしたまま横になって
うなだれている…。
夫「…」
夫、妻の返事を待つが返事がない…。
夫「?」
無視されているというよりは妻の様子が
いつもと違うとやっと気付く夫。
夫「(えっ)! (え)!? 風邪引いたのっ!? 熱出たの
っ!? 大丈夫っ!?」
と急に慌てて焦り出すっ!
大丈夫かと反射的に聞いたが、大丈夫で
はない絶対!
一先ずここにいるのは体に良くないから
移動しないとっ!
夫は、妻を抱えて寝室へ移動する。
〇同・寝室(午後)
夫は、運んで来た妻を寝室のベッドに
寝かせる。
よいしょっと。うっ…、腰が…、重かっ
た…。運動不足。
〇同・玄関内(午後)
夫は急遽出掛ける。
〇同・キッチン(午後)
スーパーやドラックストアで買い物を
済ませて戻って来た夫は、キッチンに
いる。妻のために珍しく食事を作る。
〇同・寝室(午後)
妻が寝ている寝室。
夫は作った雑炊を妻が寝ているベッド
のそばに置いてみる。
夫「…」
市販の飲み薬と、水のペットボトルを
置く。
あと夫が愛用する栄養ドリンクも置い
てみる。
夫「…」
こういう時は清涼飲料水かな?
分からないからお茶のペットボトルも
置いてみた。
夫は仕事をするため自分の部屋に戻る。
× × ×
しばらくして(夜)、
目を覚ます妻。起きる…。
見るとそばに雑炊や飲み物、飲み薬が
置いてある。
妻「…」
〇同・キッチン(夜)
妻は冷蔵庫の中を見ている。
冷蔵庫には、ゼリー、プリン、ヨーグル
ト、茶わん蒸しなど。のどごしに優しそ
うな食べ物が揃っている。あとバナナも
ある。
妻「…」
自分で用意したんだっけ?
記憶にない…。
妻は雑炊を温めて食べた。
お風呂で汗を流して、ベッドで寝る。
〇同・寝室(4日目・午後)
『4日目』の昼過ぎの午後。
妻の体は少し楽になっていた。
妄想の男性も現れるようになるぐらい
回復した。
〇同・キッチン~リビング(午後)
妻は動けるようになったので食事を作
る。
妻が作業していると、夫がリビングに
来る。
夫は動いている妻を見て、
夫「(妻に)! もう動いて大丈夫なの? 平気な
の? 熱は? 下がった?」
などと心配する。
夫に心配された妻の反応は、
妻「…!? (えぇっ)…!? 誰っ?」
と口走る妻。
夫「(へっ)?」
妻「(あなたは)どなたですか?」
夫「! (へえっ)!?」
妻「(夫に)…」
可笑しな事を言う妻と、
可笑しな事を言われる夫。
夫「(妻に)……」
(回想終了)
〇マンション・キッチン~リビング(4日目・
午後)
現在、4日目の午後。
風邪で体調を崩した妻を心配したのに、
知らない人扱いをされてしまった夫。
夫「(妻に)…」
妻「(夫に)…?」
夫のM「マンションの部屋の中だけで、逆転
していた妻の妄想と現実の生活…。妻にと
って、妄想から現実の生活に置き換え直す
のには、少々時間が掛かるらしい…」
夫は目の前にいる妻に、
夫「ここに五年も一緒に住んでるのに忘れ
た? 僕の事? 部屋でずっと仕事して出て
来ないから忘れても無理ないか。あまり
顔合わせないからね」
と困った顔と寂しそう顔を見せる。
妻「(そんな顔の夫に)……」
妻は久しぶりに現実を思い出す。
妻のM「夫が久しぶりに話し掛けて来た。私
は独身のような生活で忘れていたけど、私
は結婚して夫がいた…。このマンションの
部屋は、二人で生活していた…。そういえ
ば、一人じゃなかったんだっけ」
と静かにハッとする。
妻は現実の生活に久しぶりに目を向け
る。妄想から帰る。
それから妻は夫と日常会話をする。
妻は、とても自然に切り替えて何事も
なかったように夫と喋る。
夫「(そんな妻に)…」
妻には悪気はない。無意識だ。
夫のM「妻は時々こうだ。妻は妄想にとら
われてからこんな事が何回も続いている。
これが普通になりつつある。慣れ始めて
いるけど、慣れちゃダメな事は分かって
いる。妻は以前より妄想する期間が長く
なって、僕の事を思い出すのに少し時間
がかかるようになった…。妻をどうやっ
て引き戻せば良いのだろうか。引き戻せ
るのだろうか…」
〇同・リビング(5日目・午前)
『5日目』の午前。
夫は動く!
こんなんじゃいけない!
このままではダメだ!
とこの現状を打破するため、妄想の相手
に勝つために行動してみる事にする。
作戦は、出来るだけ妻と同じ空間にいる
時間を増やす!
作業部屋に閉じこもって全然会わないか
らいけないんだ! という事で、
夫は早速、作業部屋の仕事机や椅子、
仕事道具一式をリビングに移動する。
リビングでは、妻がソファでくつろい
でいた。体調は良くなったが一応のた
め今日も仕事は休み。
妻は夫の急な行動に、
妻「! ! (何っ)! (何っ)! (何っ)!?」
となる!
夫が、仕事机やら道具一式やらをリビン
グに運んで来るので、妻も仕方なく手伝
う。
急遽、二人で部屋の模様替えが始まる。
× × ×
部屋の模様替え後、
リビングに物が増えて少し狭く感じる
けど…。
動いてお腹が空いた二人。
妻「ごはん作るけど、一緒に食べちゃう?」
夫「! (うんうんっ)! お願いします!」
〇同・リビング(一週間後・夜)
その後、一週間後の夜。
夫が作業机で原稿を描いている時に、
妻が仕事から帰って来る。
夫「おかえりー」
妻「ただいまー」
妻は「ねぇ聞いてーっ」とすぐに仕事の
愚痴を夫に喋り出す!
妻は仕事をしている夫の背中に一方的に
喋り続ける。
ちゃんと聞いているか聞いていないかは
関係ないようだ。
とにかく愚痴を言ってすっきりしたいだ
けだ。
夫はその愚痴を背中で流してほぼ聞いて
いない…。
けど妄想の相手には登場して欲しくない
ので聞いているようなフリは一応してい
る。
× × ×
妻がお風呂から上がって来ると、夫が
疲れてソファで寝ている…。
妻「(寝ている夫に)…」
夫にソファを独占されている…。
妻「ねぇー、風邪引くから部屋でちゃんと布
団の中で寝ないと。ねーっ! おーい!」
と夫を無理矢理に起こして、
渋々動く夫を自力で部屋に行かせる。
そのあと妻はソファでテレビを見て、
ひとり時間を楽しむ。
× × ×
次の日の朝。
妻は仕事の身支度でワサワサ動いてい
る。
妻「自分の洗濯物、忘れないで干しなよっ。
今、(洗濯機)回してるから」
夫「(資料集や本を見ながら)うー…ん…」
と適当に返事をする。
妻「行って来まーす」
とリビングを出て仕事に行く妻。
夫「行ってらっしゃーい……」
夫のM「妻は前に比べたら僕の事が見えてい
るようだ。妄想の相手もそう登場していな
い…と思う。そう思いたい」
〇同・リビング(後日)
後日。
リビングのソファでテレビに向かって
熱い視線を送っている妻!!
妻はテレビに向かって大声で声援を送っ
ている!
夫のM「どうやらボーイズダンスボーカルグ
ループにハマっているらしい。妻は楽しそ
うだ。前みたいに妄想にとらわれなくなっ
たのは嬉しいけど…。代わりに現実で推し
を見つけてしまったようだ」
夫「(妻の姿に)……」
妻はとても楽しそうで元気そうだから
良いか。
夫は原稿の作業に戻る。
妻は推しに夢中だ。
同じ空間にはいる二人…。
(了)




