第2話 変わり果てた彼女たち
真っ暗な意識の中で、花夫さんに出会った。
彼は、屋島三姉妹含め、俺が小学五年生の時に飛行機事故で亡くなった。
だからここでの再会は、俺自身の死を意味するのだと、瞬間的に理解する。
それもそうだ。
あんなにがっつり車に轢かれたら、命なんて無いだろう。
「花夫さん。俺、死んじゃったけど、一応あの三人のこと守れました。……死んじゃったけど」
心残りが無いと言えば嘘になる。
もう少し、柊花たちと一緒にいたかった。
一緒にいて、叶うならその先も……。
……なんて、考えるのは欲張りだと。
そう思っていたばかりだ。
結局俺はどうしたかったのか。
まあ、今さらそれを考えたところで意味なんて無いのだが。
「……花夫さん、俺は……」
声を掛けるが、彼は何も言わず、ただ俺をジッと見つめるだけで。
やがて、小さく首を横に振った。
「花夫さん……?」
真っ暗だったところに、光が差す。
その光の向こうから、俺を呼ぶ声が薄らと聞こえてきた。
『三人を守ってくれてありがとう。でも、まだお前はここに来るべきじゃないよ、勇信』
黙ったままだった花夫さんは、確かに俺へそう言ってきた。
「まだ、って。でも俺は……!」
死んだはずじゃ……?
そう思った矢先、光が強くなって俺の意識は完全によみがえる。
「ゆっちゃん!」
「勇信!」
「ゆう君!」
口元、いや、体中に器具を付けられ、ビリビリとした痛みが全身を取り巻いている中、涙でボロボロになった屋島三姉妹の顔が瞳に飛び込んでくる。
俺は、ベッドの上で寝かされていた。
ここが病院であることもすぐに気付く。
すべてが繋がった。
俺はあの事故に遭っても死なずにいたのだ。
「ゆっちゃん! ゆっちゃん! 大丈夫!? 大丈夫なの!? 意識、ちゃんと戻ったのぉ!?」
器具だらけの俺の体を、柊花が泣き叫びながら揺らしてくる。
体が痛い。
でも、ここまで心配してくれているのだ。
俺も安堵と共に、嬉しい気持ちになった。
あんなに素っ気なかったのに、柊花がこうして心配してくれるなんて。
「勇信! ごめん! ごめんねぇ! 私が……私がもっと周り見てたらよかったぁ!」
「ゆう君……ゆう君……! ゆう君ゆう君ゆう君ゆう君ゆう君ゆぅぐん……!!!」
捺花と春花も、傷だらけの俺を強く抱きしめてくる。
体が痛いってのに、遠慮無し。
けど、これもまた嬉しかった。
生きてる上に、俺はこうして三人から泣くほど心配されている。
皆を守れてよかった。
花夫さん、俺……約束守れましたよ……。
「お、おぉぉ! 君、大丈夫かね!? 意識、ちゃんと戻ったのかね!?」
抱き着いている柊花たちを横に、白衣を着たおじさん(病院の先生だろうか)がドタバタと部屋に入ってくる。
後ろからは、何人かのナースがいた。
皆して、俺の生還に驚いていた。
「す、すごい……! すごいよ! もう完全にダメだと思っていた! 君は凄まじい生命力の持ち主だ!」
おじさん先生が唾を飛ばしながら叫び、安堵している。
確かに体中が痛い。
すべてを確認したわけじゃないが、これはたぶん骨とかも折れてしまっているんだろう。
只事じゃないことは容易に察せた。
「ゆう君……本当に……本当に良かった……」
涙を流している柊花。
安心させるために彼女の頭を撫でようとしたが、手や腕を動かせない。
かろうじて声は出せるから、ニコリと微笑みながら言葉を返す。
「……俺も……よかった……三人が無事で……」
「……勇信……!」
「ゆっちゃん……」
捺花と春花にも伝える。
ちゃんと守れてよかった、と。
すると、三人はまたしても俺に抱き着いてきて、
「こんなにボロボロになって……! もう……誰かを失うのは嫌なのに……!」
「ゆっちゃん……ゆっちゃんゆっちゃんゆっちゃん……!」
……もう、二度と離さない。
冷たく、背筋が凍るような声音。
ハッキリと誰が言ったのかはわからないが、柊花たち三人のうちの誰かが静かに呟いた気がした。
少し怖いと思ったのは、きっと気のせいだ。
聞いたことのないような声音。
本気の意思のこもった、そんなものだった。
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それから、俺は傷の治療の後、リハビリ生活に入った。
学校もしばらくは行けず、その間毎日柊花たちがプリントなどを持ってきてくれたりしていたが、明確な変化に俺は戸惑いを隠せなかった。
「……ゆう君……明日も朝から病院に来るからね? 本当は一分、ううん、一秒たりとも離れたくはないのだけれど」
「私も同じ……勇信のことが心配……! 目を離したら……勇信の意識が無くなっちゃうんじゃないかって……!」
「なっちゃん……怖いこと言わないでよ……! ゆっちゃんの意識が無くなるなんて……そんなの絶対……絶対絶対絶対絶対絶対絶対にありえないんだから……!!!」
……三人の様子が明らかにおかしくなった。
心配してくれるのは嬉しいのだが、鬼気迫ったような顔でずっと俺の傍にいる。
いや、ある意味傍にいてくれるのを望んではいたが、何というか……。
ここまでの状況を希望していたわけではなかった、と。
そう考えてしまう俺は、やはりわがままな奴なんだろう。
自分で自分のことが嫌になるが、とにかく三人の様子がおかしい。
逆にこっちが心配になってくるレベル。
「……お母さんからメッセージ……。ゆう君のところばかりいないで、今日はちゃんと学校に行きなさい……?」
「何言ってんの、お母さん。学校なんかより、勇信の方が心配に決まってるじゃん……!」
「お母さんは私たちの気持ち何もわかってない……何もわかってないよ……!」
いや、学校はちゃんと行ってくれ。
そう伝えるも、三人はまるで病んだような笑顔を浮かべ、俺のことを抱き締めてきた。
「大丈夫……今度こそゆう君が危ない目に遭わないように……私が傍にい続けるからね?」
「……柊花……ありがたいけど……俺はむしろ君たちのことを守れてよかったというか……」
言うと、俺の言葉を遮るかのように、捺花がそっと耳元で囁いてくる。
「今度は私たちが勇信のことを守る番……。私、気付いたから……本当に大切なものが何かって……」
本当に大切なもの……?
「それは勇信のことだよ……? 絶対……絶対に離さない……! どこにも……誰にもワタサナイ……!」
目が怖い。
淀んだ闇が見える。
覚悟の決まったそれは、おおよそ健全とは言い難い。
「ゆっちゃんが死んだら……私も死ぬからね……?」
春花がとんでもないことを言い出した。
それだけはダメだ。
そう言いかけて、突如走った体の痛みに悶える。
それを見た三人は冷や汗を浮かべ、瞳孔を小さくさせながら、半パニック状態で俺の心配をしてくる。
「ゆ、ゆう君……大丈夫……!?」
「勇信、大丈夫!? 体まだ痛むの!?」
「い、嫌……嫌……イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤ……! ゆっちゃんが辛そうにしてるところを見るのはイヤ……!」
大丈夫、と。
必死に伝え、俺は三人の冷静さを取り戻させた。
本当におかしい。
俺が事故に遭って、柊花たちは完全にどこかネジが飛んでしまった。
まるで、俺がいなくなるのを極端に恐れているような……。
だとしたら、それは紛れもなく俺のせいだ。
俺があの時事故に遭ったから。
「ゆう君……もう絶対……私の前からいなくならないで……」
恐怖の入り混じった、怯えるような懇願。
柊花のそれを聞いて、俺は冷や汗を浮かべながら頷くのだった。
いったいどうしたものか、と。




