23.
3人の女官に連れられて、アイシャの為に用意された居室に入ると、女官達はまずアイシャの衣服を着替えさせた。
着替えた衣服は柔らかな軽い布で、シンプルなデザインの寛げる物になっている。
本当に、今日は何回着替えればいいのだろう?
そんな事すら分からない。
それから女官達は果物や沢山のお菓子を並べて、お茶を淹れながら「お疲れでしょう」と、労いの言葉をかけてくれた。
確かに女官達の言う通り、慣れない事をさせられたせいで、本当に疲れている。
肉体的にというよりは、精神的に疲れているのだ。
まず今自分の置かれている状況は、私の意思に関係ない物で、これを望んだ訳でもなく、受け入れた訳でもない。
かといって逃れる事の出来ない状況である事は確かだ。
頭の中は混乱と不安や、色々な感情が混ざり合って、ずっとパニックに陥っている。
とにかく落ち着いて考えようと、出されたお茶に口を付ければ、飲んだ事のある風味が広がった。
「これは‥西方のお茶‥」
赤に近い色味の、少し花の香りのするお茶の味。
「はい。シェイド殿下がご用意された物です。このお茶で花嫁様を労うようにと、ご命令を頂きました。お気に召しましたか?」
「‥ええ、好みの味です。殿下にお礼をお伝え下さい」
「かしこまりました。その様にお伝え致します」
女官はニコニコ笑って、その後も甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。
先程王妃様が名前を呼んでいたが、一度に三人分の名前を口にしたので、アイシャには誰が何という名前なのかが分からない。
まあ、その辺りは何かの機会に、一人ずつ聞いてみるしかないだろう。
今日の所は彼女達に、言われた通りやり過ごすしかない。
暫くすると食事の希望を聞かれたが、お菓子や果物で膨れたお腹は食事の入る隙間がなく、申し訳ないけれども断らせて貰った。
それより早く一人になりたい。
だから早く休みたいと伝えると、湯浴みをさせられシルクの寝間着に着替えさせられた。
けれど女官達は出て行く様子もなく、それぞれ自分で持ち場を決めて、そこに控えている。
王宮ではこれが当たり前なのかとは思ったが、これでは少しも気が休まらない。
アイシャは思い切って、自分の意思を女官達に伝えてみた。
「あの、周囲に人がいると眠れないのです。もう休みますので、一人にして貰えますか?」
少しワガママな気はするが、どうしても一人になりたいという気持ちの方が強い。
伝えてはみたがどの様な反応が返って来るのか、女官達の様子を伺った。
「かしこまりました。では隣室に控えておりますので、ご用がありましたらお呼び下さい」
あっさりとそれを聞き入れて、部屋を出て行く女官達。
多少は拍子抜けしたが、これはとてもありがたかった。
一人になって改めて部屋を見てみると、とても広く美しい装飾や豪華な調度品で飾られている。
大きな窓の外はバルコニーになっていて、そこから中庭に出られる様になっていた。
アイシャは好奇心から中庭へ下りて、どこからか聞こえて来る水音の方へ歩いた。
少し歩くとその水音が中程にある噴水だと分かり、噴水の側にあった小さな真鍮のベンチに腰を下ろした。
ホッと一息息を吐くと、今日一日の出来事が蘇って来る。
そして浮かんで来るのは一つの言葉。
こんな筈ではなかったという、絶望を表した言葉だ。
私の目的は自分のルーツを探る事。
今日が終われば自由になれて、それに専念出来る筈だった。
目を閉じて思い返せば、無性にやるせない気持ちが溢れて来る。
そして浮かんで来るのはシェイドの顔。
きっとこんな事になっているとは知らずに、あの家へ約束通りやって来るのだろう。
謎だらけの人だけれど、一緒にいると楽しくて、胸の奥が暖かくなるのを感じる人だった。
これからはもう、会う事も出来ないのだ。
色々助けて貰った恩返しも出来ないままに。
それは分かっているけれど、どうしても口にせずにはいられなくて、溢れる涙と共に今の気持ちを吐き出した。
「助けて‥シェイド‥」
ぼんやりとした篝火の明かりに照らされた中庭は、夜の闇の中でそこだけ幻想的な風景に変わって見える。
遠くから近付いて来る芝生を踏む音が、噴水の前でピタリと止まった。
そこには一つの影があり、いつの間にかベンチで眠ってしまったアイシャを見下ろしている。
影はアイシャの涙を拭い、そっと抱き上げ寝台へ運んだ。
そして眠るアイシャに向かって呟く。
「他に方法がなかったんだ。本当にすまない‥」
それだけ口にすると影はアイシャから離れ、また中庭へ戻って行った。
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