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夕食を家族だけで取るのは珍しいことだ。
鷹取の家に住む人は家族だけではない。鷹取家は屋敷と呼べるほど家も広い。古くから続く着物問屋であり、小千谷紬の染色から着物の販売に至るまで全て昔ながらの製法で行っている。また着物に関連した店も多く持っている。今でこそ製造に関しては規模は少し少なくなったものの、この辺りの町は鷹取の家によって栄えたとも言える。下請けの仕事をする職人達が集まっていた事もあったようで、コンビニが普通にある現代になっても未だに年寄りは鷹取を「お屋敷様」と呼ぶ。住み込みで学びに来た人や客などがいることが多く、家族だけになることはあまりない。
最近は特に淳司が義母である俊江を嫌って食卓に出ないために、家族全員が揃うのさえ珍しかった。
今日、家族だけの食事になったのは、兄が父親に行ってみんなを集めたからだろう。
「それにしても、淳兄がいるなんて珍しいよね」
都志子が少しからかいを含んだような口調で無邪気に笑う。
三つ年下の妹、都志子は都が生んだ三兄妹の一番末だ。おっとりしたところはあるが、可愛い妹だと思っている。
「おれも、久しぶりに会った気がする」
にへら、とむかつくほど純粋な笑みを浮かべたのは隆俊だ。淳司の六つ年下の弟になる。どんなに邪険に扱っても、犬のように自分に懐く不思議な弟だ。
鷹取の家は少し複雑な家庭環境にある。
実母‘都’の実家は小早川という金沢の古い家の出身だ。身分階級が残っていたら華族と呼ばれるような立派な家であり、政略的な意味で新潟の鷹取家と誼を結びたかった。当代当主小早川徹也の長女都と、鷹取家の跡継ぎである隆司郎との結婚は本人達の了承も得ずに進んだ。今でこそあり得ない話だが、その当時はまだ旧家同士の結婚はそういったことが当たり前に行われていた。
当然結婚を果たしたが、結婚生活は上手くいっているとは言い難かった。
結婚して数年後に修司が生まれ、翌年淳司も生まれた。仲睦まじい家族に見えたかもしれないが、少し夫婦の関係は歪だった。
都は完璧主義だった。子供の、特に長男修司への躾は厳しく激しかった。まだ幼子といっていいほどの年齢の修司に対し、虐待ともとれるような躾が行われた。元来穏やかな性格である隆司郎は注意をしてもますます苛烈になる彼女を疎み、夫婦の関係は少しずつ破綻していった。
都志子が生まれた頃には或いは俊江と関係があったのかもしれない。都は鬱病を患い、突然事故で死んだ。或いは自殺であったのではと思う位、母親は病んでいた。
それから暫くして、父親が俊江を連れてきた。
俊江には既に子供があり、誰も何も言わなかったが、その子供が「何」であるのは明白だった。
戸籍を調べれば誰の子であるのかははっきりとするだろうが淳司はそれをしていない。ただ、新しく母が出来て、弟が出来た。それだけのことだ。
「何だよ、俺が居たら駄目なのかよ」
ぶっきらぼうに言うと都志子は優しい笑みを浮かべる。
「ううん、私は嬉しい」
「おれも兄ちゃんいて、うれしいよ」
隆俊も無邪気に笑った。
悪い子じゃない、と思う。同じ血を引き継いだ都志子は無条件で可愛い。隆俊も、媚びている訳ではなく純粋でいい子なのだ。
それだけに複雑だ。
この子に流れる血の半分は自分と同じ父のものだろうが、半分はあの女の血を引いている。
ちらりと彼女の方に目線を向けると、義母は少し緊張したような笑みを浮かべた。
「おかわり、必要なら言って下さいね」
「……いらねぇよ」
乱暴な口調で言うと、横の兄が膝元を叩く。
座敷の机を挟んでこちらと向こう側では足元まで見えない。少し顔を伏せた淳司の態度を俊江は別の意味に取ったかもしれない。
それも苛立つ。
少し父が笑って俊江に茶碗を差し出す。
「私は少し頼むよ。中盛りくらいで」
「はい」
少しほっとしたような顔で頷いて俊江は茶碗を受け取る。
茶碗に残っていったご飯を掻き込み、隆俊が茶碗を差し出す。
「おれ、大盛り!」
「少し待っていて、お父さんが先よ」
「あ、私の分、余るかな」
都志子が言うと俊江は微笑む。
「大丈夫よ。沢山炊いたから。都志子さんも……その、皆さん。沢山食べて下さい」
はい、と淳司以外からの返事がかえる。
家族全員が揃うと少し緊張があるのを感じる。淳司が色々な問題を起こし始めたせいもあるだろうが、それだけではない。
「それで、修司、話があるのだろう?」
本題を切り出され、兄は茶碗を置いた。
「みんなに聞いて貰いたい事があります」
兄は普段、家族に敬語を使ったりしない。時折俊江に対して敬語が混じることがあるが、普段であれば敬語は使わない。ただ、改まった時には言葉を少し改める。
何故か酷く嫌な予感がして淳司は兄を見た。
整って綺麗な横顔には迷いの色は無い。
「俺、横浜の学校に進学します」
え、と都志子が声を上げた。
隆司郎が少し息を吐いた。
「そうか、なら決まったのか」
「はい」
「え、進学って、大学よね?」
都志子の問いに修司は首を振る。
「寮のある横浜の高校だ。全国区で募集している。父さんには前々から少し話をしてたけど、今日進路指導の先生から電話がかかってきて、推薦の内定確実だと……」
「じゃあ、修兄、中学卒業したら家を出るって事?」
「少なくとも高校在学中は横浜の寮に入ることになる。……恐らく、そのまま向こうの大学に進学することになる」
「えっ、家はどうするの? 修兄、跡継ぎだし……」
「家は俺が継ぐつもりだ。鷹取は大きい。俺一人では難しい事だから、淳司にも都志子にも隆俊にも手伝って貰いたいと思っているけど、他にやりたいことがあるなら強制しない。今は父さんも俊江さんもいる。だから俺が大学出て戻るまで、平気だ」
兄がちらりと隆司郎の方を見ると彼は頷いた。
「修司とも散々話して決めたことだ。確定していないことを話して不安にさせるのはいけないと思って黙っていたが……内定決まったのなら言えば鯛でも用意したのにな」
修司は父の言葉に微かに笑った。
「合格通知が来たらお願いします」
隆俊がぽかんとして兄を見つめ、食事時だというのに這うようにして修司の側まで行く。
「修司兄ちゃん、いなくなるの?」
「暫くの間、な」
「やだよ、なんで居なくなっちゃうの!?」
「………やめなさい、隆俊」
「だって、さみしいじゃんかっ! 修司兄ちゃん居なくなるなんて、おれ、ヤダかんねっ!」
修司に縋るように抱きつく隆俊を、都志子が宥める。
「タカ、別にお兄ちゃんはずっと居なくなる訳じゃないのよ。勉強しに行くだけで、家から出る訳じゃないんだって……」
「でも、暫くあえないんだよね? おれ、やだよっ!」
「長い休みの時は、ちゃんと戻ってくる。それに、行くのはまだもう少し先だ。……だから、泣くな」
あまり抑揚のない、それでも優しい声で兄は末の弟に話しかける。
髪の毛を撫でて、甘やかすように身体を抱き寄せた。
頭の芯の方がすうっと冷えた。
まずい、と思うだけまだ理性があった。
淳司は立ち上がる。
兄が視線を向けた。
「………っ」
言いたいことを全て飲み込んで、淳司は障子を開けた。
「淳司……」
囁くほど小さな兄の声。
聞こえない振りをしてそのまま外へと飛び出した。




