第6章 偽装されたサプライチェーンと、死せる技師の遺言
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あの「異常な合金」でできた銅貨を見つけてから、俺は夜な夜な屋敷を抜け出し、王都の貨幣鋳造所(造幣局)の周辺を探っていた。
だが、事態は俺が考えていたほど甘くはなかった。
「……警備が厳重すぎる。物理的な城壁に加えて、高位の【結界】特許まで張ってやがるのか」
貨幣製造は国と魔術ギルドが共同管理する政府直下の事業であり、工房は完全な立ち入り禁止区域だった。
スラムの小間使いがフラリと立ち入って、「これ作ったエンジニア誰ですか?」と聞けるようなオープンな環境ではない。
そこで俺は方針を変え、市中に出回っている「直近で製造された新しい銅貨」を大量に集め、片っ端から魔力で成分をスキャンしてみた。
「(……ゴミだ。どれもこれも、ただの脆い不純物だらけの銅じゃないか)」
俺が手に入れたあの合金銅貨と、現在造幣局で作られている銅貨は、まったくの別物だったのだ。
製造ラインの基準が変わったのか? それとも、あの合金銅貨がイレギュラーだったのか?
疑問を晴らすため、俺は強硬手段に出ることにした。
造幣局の工房主が退勤し、高級な酒場に向かう薄暗い路地裏。俺はローブを目深に被り、彼の前に立ち塞がった。
「誰だお前は! 衛兵を呼ぶぞ!」
「叫ばないでください、工房主殿。ただの品質調査ですよ。……この銅貨に見覚えは?」
俺は指先で魔法の灯りを点し、あの合金銅貨を工房主の目の前に突きつけた。
工房主は怯えながらも銅貨を睨みつけ、やがて心底訝しげな顔で首を傾げた。
「……なんだその薄汚い銅貨は。うちの最新の銅貨は、もっと赤銅色に美しく輝いている! そんな濁った色の硬貨など、我が工房で作るはずがないだろう!」
「濁っている? あんた、これがただの銅じゃないって分からないのか?」
「知らん! 偽造硬貨の持ち込みならギルドの査問委員会に言え!」
俺は彼の微細な表情の変化と魔力波長をスキャンしたが……嘘は吐いていない。彼は本当に、この銅貨の異常な硬度や配合率を「まったく理解していない」のだ。
俺は舌打ちをして路地裏に姿を消した。
間違いない。造幣局という組織全体がこの合金を作ったのではない。
**「造幣局の中にいた何者かが、周囲の目を盗み、意図的にこの超技術の銅貨を密造し、市中に流した」**のだ。
これは偶然の産物ではない。その技術者が、自らの技術に気づく者を探すための「テスト(メッセージボトル)」だったんだ。
2
「(……だが、どうやってその『はぐれエンジニア』を見つける?)」
造幣局の内部情報はブラックボックスだ。
俺は視点を変えた。製品から辿れないなら、サプライチェーン(原料の仕入れルート)から遡るしかない。
あの合金銅貨には、銅以外に特殊な比率の「スズ」と「亜鉛」、そして微量の「白鉛鉱」が使われていた。これらは通常の硬貨製造には絶対に使われない素材だ。
俺はイレーネおばさんのツテや、スラムの闇市の素材屋を回り、「過去数年以内に、その奇妙な組み合わせの鉱石を定期的に買っていた人物」を探った。
「ああ、白鉛鉱と亜鉛ねえ。そういや五年前、造幣局の下請けで炉の管理をしてたっていう、偏屈なドワーフの爺さんが買ってたな」
闇市の商人の言葉に、俺はガッツポーズをした。
ドワーフ。ファンタジーの王道にして、最高の金属加工技術を持つ種族。やっぱり存在していたのか!
「名前はドーバン。なんでも、ギルドが指定する『特許魔法の炎』の温度じゃ納得いかねえとかで、上層部と大喧嘩して造幣局をクビになったらしい。東の廃工区に住んでたはずだぜ」
俺は胸を高鳴らせながら、その日の深夜、東の廃工区へと走った。
ついに見つけた。この世界で誰も持っていない「本物のハードウェア技術」を持つ男。彼を口説き落とし、俺のアイデアとカス特許を掛け合わせれば、絶対に世界をひっくり返せる……!
だが。
辿り着いたボロボロの工房の前にいた近所の住人から聞かされたのは、あまりにも残酷な事実だった。
「ドーバン? ああ、あの偏屈爺さんなら……三ヶ月前に死んだよ」
「…………え?」
「『流行り病』ってことになってるがね。あんな頑丈なドワーフが風邪で死ぬわけない。きっと、造幣局の裏帳簿か何かに気づいて、ギルドの連中に『消された』のさ」
俺は、崩れかけた工房の扉の前で立ち尽くした。
死んだ。
世界最高の技術を持つエンジニアは、俺が見つけるたった三ヶ月前に、すでにこの世から理不尽に退場させられていた。
3
「(……クソッ! クソッ! クソッ!!)」
俺は誰もいない廃工房の中で、埃まみれの作業台を力任せに殴りつけた。
あと少しだったのに。五年間、馬小屋の泥を啜りながら耐え忍んで、ようやく見つけた希望の糸口だったのに。
俺の『最強のハードウェアを作る』という計画は、またしても暗礁に乗り上げた。
「(……いや、待て。落ち着け。俺は経営者だ。感情で現状分析を曇らせるな)」
俺は深呼吸をし、薄暗い工房の中を見渡した。
ドーバンは、自分がギルドに狙われていることに気づいていたはずだ。だからこそ、自分の技術が完全に失われる前に、あの合金銅貨という「メッセージ」を市中に放ったのではないか?
優秀なエンジニアという生き物は、自分の書き上げた完璧なソースコード(技術)を、誰にも見せずに墓場まで持っていくことなど絶対にできない。必ずどこかに、バックアップを残すはずだ。
俺は【万能】の魔力スキャンを最大出力にし、工房内のあらゆる物質の波長を読み取った。
冷たい炉。錆びた金槌。散らばった鉄屑。
……その中で、作業台の裏側に打ち付けられていた「一本の釘」だけが、不自然な魔力反射を返してきた。
「(……ただの鉄釘じゃない。この釘だけ、あの銅貨と同じ『合金』で作られている!)」
俺は釘抜きを探し、その合金の釘を引き抜いた。
すると、作業台の裏板がカパッと外れ、中から油紙に包まれた一冊の手記と、奇妙な形状をした「金属のシリンダー(鍵)」のようなものが転がり落ちてきた。
手記を開くと、そこには殴り書きのような図面と、力強い文字が残されていた。
『このノートを見つけた者へ。
お前があの銅貨の異常性に気づき、ここまで辿り着いたのなら、お前もまたこの国の「偽りの鉄」に絶望している技術者だろう。
ギルドの独占する魔法特許の炎では、決して「鋼」は打てない。
ワシは魔法に頼らず、石炭と風力だけで超高温を生み出す【反射炉】の設計図と、ワシの生涯の最高傑作である「真の合金」を、とある場所に隠した。』
俺は息を呑んだ。
設計図と、素材のバックアップが残されている!
だが、手記の続きを読んだ俺は、顔をしかめることになった。
『だが、ギルドの犬どもに奪われるわけにはいかん。
ゆえに、ワシは工房を三つの鍵で封印した。
一つ目のヒントをくれてやる。
【真の鋼を鍛えるには、まず「最も冷たい炎」を探せ。それは、王都で最も熱い場所に眠っている】』
「(……謎解き(暗号化)かよ! 偏屈なエンジニアのテンプレみたいな真似しやがって!)」
俺は思わず頭を抱えた。
すんなり技術を引き継げるわけではないらしい。だが、手記に記されたその暗号文を見つめているうちに、俺の口角は自然と吊り上がっていた。
「(上等だ。死んだ天才エンジニアからの技術試験。見事にハックして、あんたの技術(遺産)、俺の事業に丸ごと買収させてもらうぜ)」
五年間停滞していた俺の事業計画に、再び火が点いた瞬間だった。




