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第1章 スラムの万能者と、資本ゼロからの事業継続計画

1

前世の俺は、いわゆる「モノづくりを拗らせたオタク」だった。

ただ純粋に「もっと便利で、誰もが笑顔になるシステムを作りたい」と夢中になってコードを書き、サービスを立ち上げ続けていたら、いつの間にかそれが時価総額一兆円を超える世界最大のプラットフォーム企業になっていただけだ。

ビジネスの仕組みやお金の流れを設計するのはパズルみたいで大好きだったが、人間のドロドロした感情にはどうにも疎かったらしい。

俺の死因は、俺の「利益度外視のユーザーファースト」に愛想を尽かした、頭は良いが強欲なナンバーツーによる毒殺だった。

薄れゆく意識の中で、「ああ、システムの脆弱性バグばかり気にして、人事のバグを見落としていたな……」と、妙に納得しながら目を閉じたのを覚えている。

「……で、転生した今の俺の総資産は、このカビの生えた黒パン半分というわけか」

底冷えするスラムのあばら屋。

俺——『レオ』は、六歳になったばかりの痩せこけた自分の手を見つめてため息をついた。

この世界には『魔法』がある。だが、少しでも魔法を使おうとすれば、見えない鎖で縛られる。

この世界の魔法はすべて、貴族や魔術ギルドによって『術式特許』としてガチガチに独占されていたからだ。例えば、ただ火を起こすだけの【点火】魔法ですら、ギルドの特許に登録されており、無断で似たような魔法を使えば「特許侵害」として即座に罰金や投獄が待っている。

さらに最悪なことに、俺自身の魔力最大値はスライム以下だった。

世界の全属性の魔力を微細に感知・操作できる【万能】の才能はあるらしいのだが、出力が弱すぎて、まともな魔法は一つも発動できない。

試しに、既存の特許に触れないよう、極小の魔力で「ただの静電気」を起こそうとしてみた。

バチッ!

「痛っ!」

指先を焼くような痛みが走り、空中に赤い警告文字が浮かび上がった。

『警告:その魔力波長は、第1402号特許【微弱雷撃】の権利を侵害する恐れがあります』

「(……なるほど。基本的な自然現象は、すでに網羅されて特許化パッケージされているわけだ)」

俺は痛む指先を舐めながら、逆にワクワクしてくるのを感じた。

つまりこの世界は、剣や魔法の強さではなく、「知的財産ルール」で殴り合う世界なのだ。

2

「いい加減になさい! あなたたちの請求している『火魔法使用における特許延滞料』は、明らかにギルドの規定を超えた暴利です!」

数日後。スラムと平民街の境界にある路地裏で、凛とした声が響いた。

金糸のような長い髪を無造作に束ねた少女、セシリア。彼女は魔法が使えない平民のようだったが、立ち振る舞いにはどこか高貴な雰囲気が漂っていた。

彼女は、老夫婦に法外な特許料を請求するギルドの集金人に、真正面から食ってかかっていた。

「うるせえぞ! 魔法ひとつ使えねえ落ちこぼれが!」

男が掌に赤い火球(おそらく特許取得済みの威嚇魔法)を浮かべ、彼女に向かって投げつけた。

その瞬間だった。

少女が身構えた途端、彼女の身体を覆うように『不可視の王冠』のような紋章が一瞬だけ浮かび上がり——飛んできた火球が、パリンッ!とガラスのように砕け散ったのだ。

「なっ!? 俺の特許魔法ライセンスが……無効化された!?」

男が驚愕して後ずさる。俺も路地裏の木箱の陰で、目を丸くした。

なんだ今の現象は。既存の特許術式を、根幹のルールから強制キャンセルした? まるでシステムのエラーを強制終了させるような、デバッグ能力……!

俺はたまらなくなり、気づけば二人の間に飛び出していた。

「おい集金人! 今のお前が使った火魔法、構成式の第三節がブレてたぞ! それだと第805号特許の『火炎威嚇』じゃなくて、第812号の『放火未遂』に該当する。ギルドの監査部に通報されたくなければ手を引け!」

俺が適当なハッタリ(魔力波長を分析して得た知識)を並べ立てると、特許違反を何より恐れる男は「チッ、憶えとけよ!」と捨て台詞を吐いて逃げていった。

「ふう、助かったね! いやあ、それにしても君、すごいな!」

俺は興奮気味に、ポカンとしている少女に詰め寄った。

「今のキャンセラー、どういう原理!? 魔力波長がまったく読めなかったけど、血統由来? それとも特殊なハードウェア(魔導具)でも持ってるの!?」

「え……な、なによ急に。キャンセラー? 私は何もしてないわよ。あいつが勝手に自滅しただけで……」

セシリアはドン引きした顔で、ズイッと迫る俺から距離を取った。

「いや絶対なにかある! ねぇ、その無自覚なバグ技、俺と一緒に研究しない!? ぜったい面白いビジネスになるよ! 会社作ったら、君には役員報酬とストックオプション(自社株購入権)もつけるからさ!」

「すとっく……? ちょっと、あなた頭大丈夫? いかにも『変なことに巻き込みます』って顔してるじゃない」

彼女は汚物でも見るような目で俺を睨んだ。

「お断りよ。私はね、毎朝安くて硬いパンを齧って、気ままに路地裏を散歩できればそれでいいの。あなたみたいな、次から次へと厄介事を作って面白がるような変人、私が一番関わりたくない人種だわ」

「ええー!? もったいない! 君のその能力と俺の知識があれば、この世界のバカげた特許システムをひっくり返せるのに!」

「ひっくり返さなくて結構! じゃあね、変な子!」

彼女はパンッとスカートの埃を払い、足早に路地裏の奥へと消えてしまった。

残された俺は、頭を掻いた。

「(……うーん、振られちゃったか。でも、あの能力は魅力的だ。今はまだ無理でも、将来的に大きな特許システムとぶつかる時、絶対に彼女の力が必要になる。時が来るまで、静かに見守るとしよう)」

3

セシリアに振られた俺は、現実的な問題に直面していた。

俺の頭の中には、この世界の特許システムの隙間を突くアイデアがいくつもある。だが、いかんせん俺自身にはそれを実行する「魔力」も「社会的信用」もない。

「(俺はあくまで設計図アイデアを描く人間だ。実行コーディングしてくれる仲間を探さないとな)」

スラムをうろつきながら情報を集めていた俺が出会ったのは、二人の少し変わった大人たちだった。

一人は、王都の魔術学院で万年助教授を務めるクロード。

彼は実技が全くできない代わりに、歴史上のあらゆる特許に精通している「特許マニア」だった。

「……まったく、大昔に登録された『第44号:微風発生』や『第108号:微弱発熱』なんて、効果が弱すぎて誰も使わない。とっくに特許の維持費だけがかさむガラクタだというのに」

安い居酒屋で愚痴るクロードの横で、俺は彼が広げていた「期限切れ・または誰も使わない無価値な特許リスト」を覗き込み、目を輝かせた。

「ねえおじさん! この『誰も使わないガラクタ特許』、俺に安く買い取らせてよ!」

「あ? スラムのガキが何を言うかと思えば。こんなもの、単体じゃマッチ一本分の火もつかんぞ」

「単体ならね。でも、組み合わせ(アセンブル)次第だよ!」

そしてもう一人。俺が目をつけた「実行役」は、スラムの外れの森に住む「魔女」イレーネだった。

彼女はギルドの特許を持たないため迫害されていたが、手先の器用さと、道具に魔力を定着させる技術は一級品だった。

「帰れ、薄汚いガキ。アタシはギルドの特許に縛られた連中とは商売しないよ」

「だから来たんだよ、イレーネおばさん! ギルドに文句を言われない、完全に合法で画期的な商品を作ろう!」

俺はクロードからタダ同然で譲り受けた「ガラクタ特許」の束を広げた。

「おばさん、この『第108号:微弱発熱(単体では温かいお茶も作れない)』と、さっきの『第44号:微風発生(そよ風しか吹かない)』の術式を、この小箱の中で『同時に、別々の石に』定着させてみてよ」

「はあ? そんな弱い魔法を二つ並べてどうするんだい」

「いいから、やってみて!」

イレーネが訝しげに杖を振り、二つの無価値な魔法を箱の中に定着させる。

俺は持ち前の【万能】の微細な操作力で、その二つの魔法の「配置」と「風の向き」だけをほんの少し弄った。

すると——。

「なっ……なんだいこれは!?」

小箱の中から、強力な熱風が吹き出してきたのだ。

単体ではゴミのような発熱と微風。しかし、箱の構造を利用して「熱を逃さず風で循環させる」という物理の知識サーキュレーションを組み合わせた瞬間、それは既存の高額な【第500号特許:熱風加熱】をも凌駕する、強力なドライヤー(あるいは小型暖房器具)へと変貌した。

「すごい……! 使えないガラクタ同士を組み合わせただけで、新しい魔法が生まれた……!」

イレーネが驚愕に目を見開く。

「しかもこれ、使っているのは『無料のガラクタ特許』だけだから、ギルドに高いライセンス料を払う必要もない! 完全に合法な俺たちのオリジナル商品だ!」

俺は少年時代に戻ったように、ワクワクして笑った。

一人では何もできない俺だが、知識クロード技術イレーネを結びつけることで、ゼロから価値を生み出すことができる。

スラムの小さな工房から始まる、ガラクタ特許の錬金術。

いずれ俺は、この世界の「使えない」と捨てられた特許をすべて買い集め、パズルを組み合わせるように世界中をあっと言わせる巨大なインフラを作り上げてやる。

今はまだ、誰もこの小汚い少年の企みに気づいていない。


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