76. 【番外編】執事のセドリックとメイドのコニーの事情 25/25
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セドリック&コニー編、最終話です
「・・・え」
セドリックから変な声が漏れた。
超常現象を目の当たりにした、みたいな顔をするのはやめてほしい。これも初めて見る顔だ。
「ご存知かもしれませんが、私は絵を集めていて、金遣いが荒いです。なので貯金もさほどありません。これからも働くつもりですし、そのお金でレナ・エペーを推すつもりです。それでも、いいですか」
コニーは正直に告白した。
きっとセドリックは、そんなことは全部知っている。知っていて、動いて、この絵を贈ってくれたのだ。でも、これはコニーから言わなければならないことだった。「わかってるよね?」、というわけにはいかない。
セドリックはゆっくりと、コニーが座るソファの方へと歩いてきた。
「はなからコニーの行動に制限をつけたいとは思っていない。仕事を辞めて欲しいとも思っていないし、その稼ぎに頼る気もない。自由に使ってくれていい。むしろ結果的に、レナ・エペーを推すことは、マイヤー家の事業を支援することに繋がるわけだが」
言われてみればそうだった。それすらも手の内か。お見通し感が半端ない。
でも。
今のままでいいと、言ってくれた。そのままでいいのだと。そのことが、じわじわと嬉しい。
いくら嫡子ではないと言っても、伯爵子息。それが当たり前の価値観ではないことを、コニーは知っている。
いつもの業務連絡とは違う、穏やかな声音が続く。
「俺が望むのは、コニーの傍らに在る権利だ。それが他の男であってほしくない。ただそれだけだ」
愛してる、とも、結婚してください、とも、ここまできても、言わない。
それでも、伝わる。
(私も)
セドリックの傍らにいるのが、他の女性であってほしくない。そう、思う。
「いいのか? 本当に」
まだ、そんなことを言う。
(ぽんこつ)
コニーはもう一度、心の中でつぶやいた。
胸の内に湧き上がるのは、温かい何か。
これ以上、こっちに何を言わせるつもりだ。
「セドリック様こそ、本当に私でいいんですか?」
笑みを乗せて、からかうように、問いを問いで返した。
「コニーがいい。・・・もう、取り消せないからな」
「はい」
コニーがうなずくと、セドリックはふう、と小さな息をついて向かいのソファに座り直した。
少しうつむきがちになっていた顔を上げる。
「コニーのご両親に挨拶を」
セドリックが、急にまたきりっとした顔で、業務連絡口調で話し始めた。
コニーの少しほわほわしていた頭が、すん、と冷える。
何とかならないか、この格差。
「いえ。うちはちょっと特殊ですので。父は戸籍上父ではありませんし、母は反対することはありません。私の方は、私の報告のみで大丈夫です。ご同行いただく必要はありません」
ブレットは、この間こそ「ラルフが息子になるならそれもいい」、などと冗談をとばしていたが、基本「うちの娘はやらん!」体質の父親だ。
相手が庶民だったなら、別の方法で「試験」をするだろうが、相手はセドリック。もちろんブレットはラルフの元部下だと知っているはずだ。血を見ることにもなりかねない。どちらが強いかははかりかねるが、どちらのぼこぼこになった姿も見たくはない。マーサはともかく、ブレットには事後報告にした方がいいだろう。
「だが」
「大丈夫です。母とは折を見て、顔合わせいただけたらと思います。私に(戸籍上の)父はいません。それよりも、マイヤー家へのご挨拶は大丈夫でしょうか」
コニー的には、そちらの方が懸念事項だ。
マイヤー伯爵を知っている。温厚そうに見えて、きっちりと『貴族』だ。
大事な次男坊の相手として、庶民の、しかも以前邸で勤めたことがあるメイドを、などと、許すだろうか。
「まったく問題ない。反対されるわけがない」
セドリックは言い切った。
その根拠は。
怪訝な表情になるコニーに、セドリックはさらに続ける。
「コニーは嫡男の命の恩人だ。結婚絶望視していた次男まで救ってくれるとあっては、感謝こそすれ反対するわけがない」
(言い方)
命と結婚が同列に扱われている。
そういえば、シグルドは許すだろうか。
あのことがあってから、コニーはメイド業務としてのシグルドの世話をはずされた。それがマイヤー伯爵の采配だったのか、シグルドの希望だったのかはわからない。
何にしろ、あれからシグルドと接触しないまま契約期間は満了し、マイヤー家を辞した。
「じゃあ、ラルフに報告に行くか」
「えっ」
この流れでどうしてそうなる。
「コニーのご両親の許可がいらない。うちも許可はいらない。つまり、これはもう決定事項だ。なら、今後の仕事について雇用主に確認しておいた方がいいかと思ったんだが。問題があるか?」
言われてみれば、そう、か。
業務提案のようにさらりと言われて、コニーはセドリックの、話を何としても固めたい思惑には気付かなかった。
結婚して、雇用継続してもらえるかどうかは、雇用主次第。結婚するしないに関わらず、出産・育児、家庭事情で、時間に制限がかかる可能性があるメイドの雇用は、一般的にシビアなのだ。
(しゅ、出産、育児)
思い至って、コニーは動揺した。
結婚とは、「そういう」ことだ。
セドリックに嫡子は必要ないが、子供ができる可能性があることをするのだから・・・
(と、とっ散らかってる)
コニーは深呼吸した。集中、集中。
「問題はありません。ただ、朝一番起き抜けの旦那様にいきなり報告、というのはいかがなものかと」
コニーは平静を装った。
「わかった。じゃあ報告は、今日の勤務終了後にしよう。今後のことについても、勤務終了後に話そう」
セドリックは頷いた。
「はい、あの。ですがまず、セドリック様のご両親には、早急にご挨拶を」
さすがに挨拶なしで話は進められない。マイヤー伯爵を、甘く見てはならない。
「わかった。最速でセッティングする」
打てば響くように返答がかえる。
反対、されなければいいが。不安がもたげてくる。
「やっぱり、旦那様に報告するのはセドリック様のご両親にご挨拶してからの方が」
「セドリックと」
「はい?」
「2人の時は、セドリックと呼んで欲しい。セドでもいいが」
「そ、それは」
さすがに照れる。難易度が高過ぎる。
「嫌か?」
「嫌、というわけでは」
うろたえるコニーに、セドリックは瞳を和ませた。
「よかった。じゃあ今後、おいおい。時間は、これからたっぷりある」
セドリックは立ち上がった。今度こそ話は終わり、ということだろうか。
「あと、心配しなくていい。父はおそらく知っている。あの後、コニーの心理的負担になるかもしれないからと、兄の看護からコニーをはずすよう進言したのは、俺だ」
何かのついでのように、ふと思い出したかのように、さらりとそういうことを言う。
(え)
驚いて固まるコニーに、セドリックは少し困ったように目線を彷徨わせた。
「それらしい理由をつけたが、単純に、コニーと兄を接触させたくなかった。おそらく父は、そのことに勘付いている。反対するなら、その時に止めているだろう」
セドリックはローテーブルをまわり込んで、コニーのそばに来た。片膝をついて、コニーの左手をとる。
思考停止して、されるがままにその動きを見ていたコニーと目を合わせると、甲に軽く触れる程度に口付けて、その手はコニーの膝に戻された。
「じゃあまた、勤務終了後に」
セドリックは緩く笑んで、そのままドアの方へ歩いていく。コニーは、空回りする頭で、何となくその後ろ姿を見えなくなるまで目で追った。
遅れて、マイヤー伯爵夫妻との挨拶の話を、はぐらかされたことに気付く。
左手の甲へのキスは、深い愛情と、信頼を示すもの。あなたを守りますという、メッセージ。
コニーは、ぱたりと膝に置かれたままの、自分の左手に目を遣った。
急激に顔が熱くなる。耳まで熱い。
湯気が出そうだ。
もうすぐ勤務開始時間。朝食では、みんなと顔を合わせるのに。
セドリックはきっと、何事もなかったかのように、食堂にやってくるのだろう。
(ずるい)
コニーは、手でぱたぱたとあおいで、まだ熱い顔と耳を冷やそうとした。
こんな顔で誰かに会えるわけもないが、ここは応接室。ずっといていい場所でもない。
身じろぎをして、隣に立てかけてあったレナ・エペーの絵画に気が付いた。
(落ち着こう)
絵を手に取って、眺める。
コニーに雰囲気の似た女性の、微笑む横顔。
いきいきとして、自然で、今にも絵から抜け出してきそうだ。
庶民の女性がお茶を淹れる、しかも横顔。それが絵に描かれること自体、珍しい。
そういえば、タイトルは何だったか。
思い立って、コニーは絵を裏向けた。
が、額に入っているから、当然絵の裏は見えない。
「?」
額の裏側、端の方に何か紙片が挟まっているのが見える。
コニーはその紙片を取り出した。2つに折られていたのを、開く。
「!」
『ありがとう。あなたも、どうか幸せに』
便箋でもメモでもない、何かを破りとったような紙片には、走り書きのように流れる文字。
この絵を書いた画家が、購入した客に宛てた、買ってくれてありがとう、というメッセージに見えなくもない。だが。
これは、ナインの筆跡だった。
ナインが、おそらくこれがコニーに渡ると推測して、でも誰に見られてもいいように、言葉を選んだ。
レナ・エペーは女性だと、セドリックは言っていた。その彼女と、ナインが同じ場所にいる。
『妹』が、見つかったということか。
そこまでは何となく想像もつくが、とにかく情報が少な過ぎる。
(勤務終了後に)
セドリックに、聞かなければ。
話すことが、話したいことが、話すべきことが、いろいろある。
業務連絡ではない話を、たくさんしよう。
コニーはもう一度紙片を見つめた。
これはきっと、フォルセインにも宛てた言葉。
ナインはきっと、自分が解放された事実を知っている。そのために誰が動いたのかを知っているからこその、『ありがとう』だ。
このためにわざわざ面会申請をするわけにはいかないが、フォルセインに伝えられる機会があれば、伝えようと思う。
不思議と、フォルセインとは疎遠になることがない。近いうち、また機会は訪れるだろう。自分は庶民で、相手はれっきとした、王族なのだが。
『あなたも』
今度は『君には』とは、言っていない。
(幸せ、なんですね)
セドリックはどこまで知っていて、この絵を贈ってくれたのだろう。
これ以上はない、プレゼント。
コニーはもう一度、絵を見て微笑んだ。
同じ表情で、絵の女性が微笑んでいる。
これから同じくらい、いやそれ以上のものを、セドリックに返せるといい。
『時間はたっぷりある』のだから。
(タイミング、たぶん間違えなかったと思います)
声には出さずに、心の中でつぶやいた。
***
数年後。
コニー・マイヤー主催の、庶民でも入れる手頃な価格設定の『レナ・エペー展』に、フォルセイン第二王子殿下とロザリンド妃がお忍びで訪問したと噂が広まったことで、女性画家レナ・エペーは注目を浴び、その画力が広く知られることとなる。
お読みくださりありがとうございます!
【番外編】セドリック&コニー編、完結です
この応接室での会話を経て、本編「17. 待て待て待て」につながります
もしよろしければ「19. 大丈夫ですよ」まで読んでみてください。最初とは違った見え方がある、かもしれません
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