#8
「依頼主に、電話で確認してきます」
老婆の横に公衆電話が置いてあったのは記憶している。
この荷物なら、すぐには逃げられないだろうし、こっちには車もある。
「いいわよ。まだ充電終ってないし。でもね、言っておいて。あと三日は帰らないわよ」
こちらを気に留める素振りもなく、携帯をノートパソコンに接続すると、カタカタとキーを小気味よく打ちはじめた。
階段を下り、老婆に声をかける。
「電話を借りたいんですけど」
10円を入れるタイプのピンク色の電話だ……いまどき、公衆電話そのものすら珍しいというのに……。
家の黒電話を思い出す。心の中で、老婆とがっちり握手。
「はい、三島建設でございます」
「もしもし。笹目と申しますが、三島取締役に電話するように言われたのですが」
「確認いたします。しばらくお待ちください」
数秒、オルゴールのエーデルワイスが流れ、そして三島由紀男が出た。
「三島だ」
「探偵の笹目です」
「見つけたのか?早いな」
「ご令嬢は父母のどちらからの依頼か教えてほしいと申しておりますが、どうなさいますか」
「ふむ。やっぱりあいつも探しているのか。よし。俺のことは伝えていいぞ」
「了解いたしました」
電話の向こうのテンションが変わった。
依頼主のご機嫌があがる瞬間ってやつは、何度味わっても悪くない。
「加えて伝言がございます」
「なんだ?」
「三日は帰りたくない、と伝えてほしいとのことです」
しばらく考えている様子で、無言が続く。
やがて。咳払いが一つ。
「よしよし。なるべくそばに居ろ。機嫌だけは損ねるな。一週間以内に戻ってくるのなら、三日でも一週間でもどちらでもいい。くれぐれも変な奴は近づけるな……あと、手は出すなよ」
「分かりました。おまかせください」
手持ちの10円玉が切れる前になんとか電話を終えられた。
電話ってのは本来、用件を伝えりゃ短く済むんだ。あのメイドも自分の主人を見習えってんだ。
階段を駆け上がり、三島紀子のもとへ戻る。
「どっち?」
「三島由紀男氏です」
「へえ、パパ、アドバンテージ。で、どうしろって言われた?」
「ボディ・ガードを頼まれましたよ」
「ラッキー。今から私も依頼主と同等に扱って。言うこと聞いてね。きっとパパも承諾するはず」
「そう、言いつかっております」
「笹目さん、だっけ?」
「はい、笹目洋介と申します」
「私は知っていると思うけど紀子。よろしく。……あと敬語はいいから。やめてちょうだい。私もしゃべりにくいし」
とりあえず、三島紀子が宿を取っている街まで戻ることにした。
先ほどの甘味処を横目に車を飛ばす。
「あ、ここ! 私、わさび漬けおにぎりをおまけしてもらった!」
誰でもおまけなのか?
しかしアレクサンドラ……ペットか? それとも……
「眉間にシワ寄せてなに考えているの? 私を見つけたのにそんな顔なんて……なんか他にパパに言われているの?」
紀子は助手席で少し不安そうな顔をしている。
俺の探偵としての手腕に恐れをなしているってところか。だが本当のことは言えない。アレクサンドラの正体が気になるなんて言ったら、きっと俺の探偵としての評価が下がる。うむ。それは言えない。
「無事でよかったな、ってね」
「ねえ、なんで、分かったの?」
紀子の表情がちょっと緩む。
しかもコミュニケーションを取りたがっているようだな。これを利用していろいろ探っておくか。
「メイドさんが、机の上に資料があるって教えてくれてね」
「そりゃそうよ。ヒントなしじゃゲームにならないでしょ?」
「ゲーム?」
「あのね、10日後に株主総会があるの。でね、うちの筆頭株主のおじいちゃんがね、私のネフレなのよ」
「ネフレ?」
「ネットフレンド。インターネットでチャットやメールで連絡とっててね」
「へえ、俺はコンピュータはさっぱりだ」
「すご! アナログでここまで調べたんだ!」