#41
「ワシの血の系譜だ。おおかたお前も何かの鮫になるのであろうな。だが、兄者とお前の両親とお前の兄と、四人がかりでもワシ一人に敵わなかった。なんせワシは海の王だからな!」
「な、なんだと?」
「海の王の……鮫の血を継ぐのはワシひとりで充分だ」
「お前が、じいちゃんを! 父さんと母さんと兄貴まで!」
「いや、訂正しよう。処分したのは三人だけ。お前の兄は最近まで生きていたよ」
「……さ、最近まで、だと?」
「あやつには感謝しておる。一番奥の培養水槽の中で、ずっとワシらに貴重な検体を贈り続けてくれていたのだからな。あやつの体から取り出した成分で、カマボコなしの新しい試薬が完成したのだ!」
……体が熱い。
自分の中にくすぶっていたものがだんだんこみ上げてくる。今度のは恐怖なんかじゃない、怒りだ。
「まあ、世の中に、ワシより強い鮫などおるわけがない。鮫の力を手に入れながら、むざむざ餌である人間どもの味方をするとは!」
「き、貴様ぁぁぁぁ!」
こ、ここで本当は変身って流れだよな……くそう。
なのに。
どうやって変身したらいいってんだよ。
かまぼこは食べていた……二段階、だっけ? 二段階目……ひょっとして、俺、まだ変身の資格なし?
仮面ライダー手術前、みたいな?
ダサい自分に嫌気がさす。
だが……その時、俺は気付いたんだ。
自分の手の痺れに。
さっき水槽の中身をぶちまけていた時に手にかかった。それは覚えている……培養液?
まさか俺も?
うまく二段階目の試薬を?
ちょっと前までは、どこか変わってしまうのが怖かった。
でも今は、心の底から望んでいる。
俺は仮面ライダーになるんだ。俺の本当の家族や大切な仲間のために。
変わりたい。
力が、欲しい!
「ワシは無敵だ! 早く変身してみろ。その上で、お前たちの最後の希望を噛み砕いてくれよう! 海の王の前ではみな雑魚だ! ワハハハハハハ!」
……海の王?
そ、そうだ……じいちゃん、力を貸してくれ!
首からさげているお守りをぎゅっと握りしめる。
何故か、そうするべきだと、言われた気がしたんだ。
そのとき網場の叫び聞こえた。
「そ、それは、幻の、オリジナル・ウイルス! お前が持っていたのか!」
だが、その声もすぐに遠くなる。海の、波の音にかきけされて。
耳に貝を当てたときのように、海の音が俺の中に満ちてゆく。
お守りを握り締めるその手の平に鈍い痛みが走る。痺れが全身を駆け巡り気が遠くなりそうになる。自分の体の境界が、どこか、遠くにぼやけていくのを感じて……。
「バ、バカな……メ、メガロドン……だと?」
その後の事はよく覚えてない。
気がつくと辺り一面が血の海で、俺の足元には大叔父さんの死体が転がっていた。
すぐ横で、タカコがしゃがみこんでいた。
タカコの膝まくらで、サワダが無理矢理笑顔を浮かべていた。
「サワダ!」
サワダは、首を横に振った。
「マイ・ホープ……フタリダケ、ノ、シークレット……プリーズ」
俺は、サワダに近づく。
「分かった。大事に、しまっておいてやる」
「ヨウスケ……タカコ、ヲ、守ッ……て」
静かな時間が過ぎる。
短くて、長い、一瞬だった。
コトリと微かな音がした。
最初に口を開いたのはタカコだった。
「網場所長は自滅したわ……洋介ちゃんの持ってたアレを使おうとしてね。体に合わなかったんじゃないかな、急に膨れ上がって破裂したの」
さっき網場の居たあたりには、デブ福と、本間が立ち尽くしている。
タモっちゃんは、ヒロシの亡骸の横で泣いていた。
「みんな! 今やれることを、やりましょう!」
泣きながら発したタカコの号令で機械を全て破壊すると、工場に爆薬をセットし、紀子が待つボートへと戻った。
サワダの死を聞かされて俺の腕の中で泣いている紀子の頭をなでながら、俺はまだぼんやりとしていた。
何もかもが自分とは遠く離れた世界の物語のようで。
そうだ、あの19世紀のインスマウスの事件も爆破されてエンディングなんだったっけ……。
「よーちゃん、ここは工場につながっているから爆風の影響があるかもしれない。早く離れよう」
「あ、そ、そうだな」




