#30
工場。
そういえば、小さい頃に工場に忍び込んだことがある。
どうしてか、一人だった……
砂浜の砂の城のように、脆くも消え去りそうなおぼろげな記憶へ辿り着こうともがく俺。
どうして思い出せない?
どうして。
なんで思い出したらいけないって……
……そう、水槽……水族館?
俺は「水族館だね」って言って。
……誰かが答えた。「そうだね」って。
誰が?
さゆりちゃんじゃあない。保っちゃんでも、孝子でもない。じゃあ、誰?
どうして。
仮面ライダー……その言葉を、誰かから聞いた気がする。前に。ずっとずっと前に。
誰から?
誰なんだ?
思い出しちゃ……いけない……なんで……忘れろって……ナイショだって……男の約束だぞって……
「お兄ちゃん、泣いてるの?」
その声に振り返ると、紀子の顔がぼやけていた。紀子だけじゃない、周りの風景も全て涙ににじんでいた。
そのとき、遠くの方で、再び、サイレンの音が聞こえた。
さっき聞いた、あの、サイレンの音。
「また、サイレンの音よ!」
「保が追われてた時のと、同じ音だ……」
「オーノー! タカコ……タカコ……?」
つかまらずに逃げられている保っちゃんなのか、それとも保っちゃんが捕まったのなら……今度は孝子かもしれないんだ。
「サワダ!」
「イエス!」
「保っちゃんから渡されたアレはなんだったんだ?」
「ラスト・ホープ……仮面ライダーのファイナル・トランスフォーメーション・アイテムネー」
仮面ライダーの最後の変身アイテム?
「それはどうやって使うんだ? それを使えば、保っちゃんみたいに変身できるようになるのか?」
「タカコ・セイ、アイテム使うはスペシャル・トレランス……耐性、必要ネー」
「そのスペシャル・レストランの耐性ってやつはどうやったら」
「ヨースケ! ユーはこの村、出身地ダロー?」
「あ、ああ。俺はこの村で生まれて……小学校の低学年くらいまでは育った」
「タカコ・セイ、この村、実験、モルモット……ヨースケは、スペシャル・トレランス……持ってるネー」
実験。
モルモット……この村で?
というか、俺……たち、が?
俺は……どこかで、それを……
「……仮面ライダー……」
まだはっきりとはしない記憶の中で、温かい、大きな手を思い出した。
……いや、冷たい手?
混乱している。でも、涙があふれて止まらない。
「ここから……ひょっとしたら工場の中へ行けるかもしれない」
「ワッツ?」
「その抜け道がまだあれば、だけどね。小さい頃、一度だけ抜けたことがある……サワダさん、紀子を頼みます……」
「ちょ、ちょっと待ってよ、お兄ちゃん! 私を置いてい」
紀子を抱きしめる。
「ここから先は本当に危険なんだ。お願いだから待っていてくれ」
そう言いながら頭をぎゅっと握り締めるように撫でた。
「……やだ」
「オー! ヨースケ、モテモテ、本当ネー! バット、オンリー民間人、行かせる、よくないネー!」
「ほら。サワダさん、お兄ちゃんと一緒に行くってよ? 私を一人になんてしないよね?」
こ、こいつは。どこまで……
だが、あのサイレンの音が鳴ったってことは、そんなに時間はないはず。
「仕方ない」
俺は立ち上がった。
「何よりも時間がない。とりあえず抜け道がまだあるかどうか、まずはそこを確認しに行きましょう」
「オーケー、ネー!」
「そーこなくっちゃ!」
「真魚島のあの端にちょっとだけ尖った岩があるでしょう? 実はあそこには干潮の時だけ現れる洞窟があるんです。もちろん泳げば潮の満ち干気関係ないですけれどね」
島の裏側を、岩場の影を縫うようにボートは進む。
「そう、そこ……ああ、入り口は今は海の中、か」
「……私も……」
「泳ぐってのか?」
紀子は黙る。
今度こそ大人しくしてくれるだろう。
俺は財布と車のキーを紀子に渡した。他はとポケットをまさぐる……と、何か出て……茶封筒。
……えーと。
あ!
これって……事務所で……なんというか池袋の日々からずいぶんと遠くまで来ちゃったんだな。
いや「来た」んじゃないか。「戻った」だな。
「お兄ちゃん」
「なんだ? これも預かっててくれるのか?」
「違うって。お兄ちゃん、私の裸、見たいの?」
え?
紀子はなぜかウェットスーツを抱えている。
サワダを見ると親指を立ててウインクした。だーかーらー!
紀子に背を向けると、サワダの背中を机代わりにして、俺は茶封筒を開けた。
どうして気付かなかったのかな。これ、ばあちゃんの字じゃねぇか。
中は手紙?
……いや、なんだこれ。




