第二十一章 弟の名前
レオンに報告したのは翌日だった。
エリアスを経由して「話がある」と伝えると、昼過ぎに古文書室で会えることになった。三人で話すときの場所だったが、今日はエリアスの姿がなかった。
「ふたりでいい」とレオンが言った。「エリアスには後で話す」
椅子を向き合わせて座ると、レオンがこちらを見た。
「昨日、何かあったな」
「報告があります」と私は言った。「昨日の昼、国王陛下から呼び出しを受けました」
レオンの顔が、一瞬固まった。
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「父が」と彼が言った。「きみを呼んだ」
「はい。北の小広間で、ふたりきりで」
「何を話した」
私は順番に話した。アルドリックへの言及。エリナの警告を信じなかった理由——アルドリックが先に偽の情報を持ってきていたこと。エリナが亡くなってから騙されたと気づいたこと。そして「今もまた動かないでいる」という国王自身の言葉。
レオンは黙って聞いていた。
どこかで止まると思っていた。「それは知らなかった」とか「父がそこまで話したのか」とか。でも彼は最後まで何も言わなかった。
「知っていたんですか」と私は聞いた。「陛下がアルドリックに騙されていたことも」
「……ある程度は」レオンが静かに答えた。「だが、直接聞いたわけではなかった。父の口からは、一度も」
私は少しの間、黙った。
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「陛下が私に話してくれた理由が、今でも少しわからないんです」と私は言った。
「わかる気がする」レオンが言った。「父はずっと、誰かに話したかったんだろう。息子には話せない。近臣には話せない。でもきみは——」
「エリナの記録を読んだ人間だから」
「ああ」
レオンが机の上に視線を落とした。
「父がきみに話したことと、私がこれまで調べてきたことに、どれだけ差があるかを確認したかったのかもしれない」と彼は言った。「父が何を知っていて、何を知らないか。きみという外から来た目を使って」
「使った、というより——」
「父はきみを道具にしようとしたわけではない、と言いたいのか」レオンが私を見た。「そうかもしれない。でも利害は一致している。同じことだ」
私は少しの間、答えなかった。
レオンの言葉は冷たくはなかった。ただ——正確だった。
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「もう一つ、報告があります」と私は言った。
「聞く」
「陛下に、アルドリックが擁立しようとしている『別の王族』の名前を聞きました」
レオンが少し視線を上げた。
「陛下は答えませんでした」と私は続けた。「言えない様子でした。シリルさんが——ひとつの可能性を挙げていました」
「シリルが」
「……ヴァルター殿下かもしれない、と」
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沈黙が来た。
長い沈黙だった。
レオンは動かなかった。机の一点を見たまま、何も言わなかった。息をしているかどうかもわからないくらい、静止していた。
私は待った。
待ち続けた。
やがてレオンが、ゆっくり息を吐いた。
「……シリルはいつ、その名前を出した」
「昨日の夕方です」
「そうか」
それだけだった。
私は慎重に聞いた。
「知っていましたか」
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レオンが答えるまで、また少し時間がかかった。
「疑っていた」と彼は言った。「ずっと前から」
声に感情がなかった。なさすぎて、かえって重さがあった。
「証拠はないか」
「ない。今もない」
「ヴァルター殿下は」と私は言った。「自分がそういう位置に置かれていることを、知っているんでしょうか」
レオンが少し間を置いた。
「わからない」
「わからない、とは」
「それが——一番つらいところだ」レオンが言った。「弟がアルドリックと通じていれば、ある種の答えが出る。だが弟が何も知らずに使われているなら、弟は被害者だ。どちらかが確認できるまで、私はその名前を——言えなかった」
私は何も言わなかった。
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国王も言えなかった。
レオンも言えなかった。
父と息子が、同じ名前を、同じ理由で——血の重さで——言えずにいた。
「ヴァルターには」と私は言った。「何か話しましたか。これまで」
「ない」
「話す気はありますか」
「……まだわからない」レオンが言った。「話して確かめるのか、話さずに見るのか。どちらが正しいか、今はわからない」
それは正直な答えだった。正しいからではなく、本当にわからないから出てくる言葉だった。
「一つだけ、確認させてください」と私は言った。
「何だ」
「私がヴァルター殿下を観察することを、止めますか」
レオンが私を見た。
「止めない」と彼は言った。短く。「ただ——」
「ただ?」
「気をつけろ」
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古文書室を出ると、廊下の向こうから白い外套が来るのが見えた。
ヴァルターだった。
私は一瞬、足が止まりそうになった。止めなかった。止めたら気づかれる。
向こうもこちらに気づいた。
「アリア」ヴァルターが普通に言った。「どこかへ行く途中か」
「いえ、戻るところです」
「そうか」彼が歩き続けながら私の横を通った。その瞬間、いつもと同じように短く言った。「倒れるな」
通り過ぎた。
私は廊下に立ったまま、その背中を見た。
白い外套。銀の髪。立ち去る背中。
エリナの死に十年間後悔を引きずっている人間の背中。
私はいつも「倒れるな」という言葉を、守られていると思って受け取っていた。今日も同じ言葉が来た。同じ声で、同じ短さで。
それなのに、今は少しだけ——違う音がした。
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夜、部屋に戻るとテーブルの上に折り畳まれた紙があった。
リアに確認すると「夕方に内廷の使いが届けていきました」という。
開けた。
シュタイン侯爵の筆跡だった。
*前回の件について、まだお返事をいただいておりません。時間がなくなってきました。早急に、お話しをさせていただければ幸いです。*
短い文だった。でも最後に一行、追記があった。
*お会いになりたくなければ——レオン殿下に、先日の私どもの会話をお伝えください。その意味は、殿下がご存じです。*
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私はその紙を机の上に置いて、しばらく見た。
脅しだ。
でも何を、どう脅しているのか。「先日の会話」をレオンに伝えると何が起きるのか——侯爵は何を持っている。
レオンに伝えた、と言えばいい。もう伝えた。全部話した。
でも侯爵はそれを知らない。だから「伝えろ」という言葉を脅しとして使えると思っている。
手持ちの牌を切り間違えた、ということだ。
私はペンを取って、手記を開いた。
今夜の出来事を順番に書いた。最後に、侯爵の手紙の内容も書き写した。
手記を閉じる前に、一行だけ書いた。
*侯爵はまだ、私がレオン殿下に話したことを知らない。これは使える。*
ペンを置いた。
部屋の外で、夜風が窓を揺らした。




