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第十二章 城外の証言

 シリルを探すのに、そう時間はかからなかった。


 昼前、候補者たちの自由時間に廊下をうろついていると、向こうから蜂蜜色の髪が歩いてきた。


「待ってた」とシリルが言った。


「いつから」


「きみが手紙を読んだ瞬間から」


「どうやってわかるんですか、それ」


「顔に出てる」彼はにっこり笑った。「会いに行くんでしょう、ルチアさんに。手伝えるよ」


「それを見越して手紙を書いたんですか」


「もちろん」


 やっぱりこの人は一手先を読んでいる。


「どうやって外に出るんですか。候補者は後宮を出られないはずですが」


「審査員補佐は出られる。で、補佐の同伴者として候補者を連れ出すことは——規則上、禁止されていない」


「禁止されていないというのは、つまり」


「想定されていない、ということだよ」シリルは肩をすくめた。「今日の午後、どうぞ」


---


 着替えは侍女の服だった。


 シリルが用意した地味な灰色のワンピースを着て、荷物袋を持てば、見た目は完全に使用人だ。


「似合ってる」


「そういう場合じゃないですよ」


「そういう場合でも似合ってると思う」


 シリルはいつも通りの軽い調子で、でも動作は素早かった。勝手口から裏庭へ、裏庭から馬車置き場へ、そこで待っていた小さな辻馬車に乗り込む。


「段取りがいいですね」


「慣れてる」


「何に慣れてるんですか」


「抜け出すことに」


 それ以上は言わなかった。


 馬車が動き出すと、城壁を出たところでシリルが窓の外を確認してから、やっと背もたれに寄りかかった。


「ルチアさんの実家はディアス子爵邸。王都の南側だ。馬車で十五分」


「ルチアさんには連絡してあるんですか」


「してある。会うのを承諾してもらった——かなり怖がっていたけど」


「怖がっている?」


「後宮で起きたことについて、誰かに聞かれるのを恐れていた」シリルは翠の瞳を窓の外に向けながら言う。「逆に言えば、それだけのものを見たか、聞いたかしたということだよ」


---


 ディアス子爵邸は、こぢんまりとした白い館だった。


 応接室に通されると、すぐにルチアが来た。白銀の髪に、繊細な顔立ちの少女だった。私が入宮する前に去った六人目の候補者——顔を見るのは、これが初めてだ。


 今は顔色が悪く、目の下にうっすら隈がある。一ヶ月近く経っても回復しきっていない。


「……来てくださったんですね」ルチアが私を見た。「ローゼンベルグさん、でしたか」


「はい。話を聞かせてください」


 ルチアは膝の上で手を組んで、少しの間俯いた。


「入宮して、四日目のことでした」


 静かな声で、話し始めた。


「夜中に目が覚めて、眠れなくて、部屋の外を少し歩こうと思ったんです。候補者の棟を出た辺りで、人の声がして——」


「何時頃ですか」


「深夜の二時頃だと思います。声がした方向を見たら、北棟の厨房の近くに、二人の人影がありました」


 北棟の厨房。私とヴァルターが乾燥ネムリソウを見つけた場所だ。


「一人は厨房の中から出てきた男でした。顔はわかりませんでしたが、体格がよくて、普通の召使いの服を着ていたけど動き方が違った。訓練された人みたいな」


「もう一人は」


「それが——」ルチアの手が、ぎゅっと握られた。「もう一人の顔は、少しだけ見えたんです。たまたま廊下の燭台の光が当たって」


「誰でしたか」


「……王宮で一度だけ、遠くから見たことがある方でした。貴族の方です。高位の——」


 ルチアが口をつぐんだ。


「怖いのはわかります」と私は言った。「でも教えてもらえませんか」


「私が倒れたのは、その翌日からでした」ルチアは続けた。「見てしまったとは言っていません。でも、誰かに気づかれたのかもしれない。それ以来、毎朝少しずつ具合が悪くなって——」


「ルチアさん」


「その方の名前は」ルチアが深呼吸した。「シュタイン侯爵家の、ご当主でした」


 シリルが、隣で微かに息を吸う音がした。


「……シュタイン侯爵」と私は繰り返した。「現在も王宮に出入りされていますか」


「はい。国王陛下の顧問のひとりです」


---


 帰りの馬車の中は、行きより静かだった。


 シリルがずっと窓の外を見ていた。翠の瞳から、いつもの飄々とした色が消えている。


「知っていましたか、シュタイン侯爵のことを」と私は聞いた。


「名前は挙がっていた」シリルは静かに答えた。「でも証言が取れなかった」


「だから私に会わせたんですね、ルチアさんに」


「……そうだよ」


 珍しく、歯切れが悪かった。


「シュタイン侯爵は、どちらの勢力ですか」


「②だと思っている」シリルは視線を私に戻した。「特定の人物を狙い撃ちにしている、目的不明の方。ただ——」


「ただ?」


「シュタイン侯爵の狙いが見えない。彼には、レオンを廃位するほどの動機がない。なのになぜ毒を使うのか、誰に使うのかが、ずっとわからなかった」


「十年前にも動いていたとしたら」


「そうなると話が変わってくる」


 馬車が揺れた。シリルの肩が私の肩にぶつかった——そのまま、離れなかった。いつもみたいに意図的じゃない。ただ、揺れた馬車の中で、そのままの距離でいる。


「アシュレイ家は」と私は聞いた。「シュタイン侯爵とは、どういう関係ですか」


 シリルが少しだけ目を細めた。


「なぜそれを聞く」


「レオン殿下が知っていることをシリルさんも知っている、と言っていましたよね。どこからそんな情報が集まるのか、ずっと不思議でした。アシュレイ家は宰相家です。シュタイン侯爵も顧問です。接点がある」


「賢いね」


「答えになっていないですよ」


 シリルは少しの間、黙った。馬車の車輪の音だけが続く。


「アシュレイ家は、シュタイン侯爵と対立している」


 静かな声だった。


「十五年来の政敵だ。彼が何かを動かそうとするたびに、父が止めてきた。でも三年前——父が病気になってから、バランスが崩れた」


「お父様が病気」


「医者は老化からくる症状だと言っている」シリルの声が、かすかに低くなった。「でも私は、ジラニア草の長期摂取と症状が一致することに、一年前に気づいた」


 馬車が止まった。城壁の前だ。


 でも私は動けなかった。


「……お父様も、毒を盛られている可能性があると」


「可能性の段階だ。証拠がない」シリルが先に馬車を降りた。手を差し伸べてくる。「だから私は動いている。ひとりで、誰にも言わずに、ずっと」


 その手を取って降りた。地面に降り立っても、シリルは手を離さなかった。


「だから分割払いで情報を集めていたんですね」


「そういうこと」


 翠の瞳が、初めて真っ直ぐに、隠しごとなしに私を見ていた。


「アリア。俺はきみを利用しようとしていた。今もそのつもりで動いてる」シリルは言った。「でも——」


「でも?」


「もう少し正直に動こうと思う。きみには」


 それだけ言って、手が離れた。


 城壁の中に戻っていく後ろ姿を見ながら、私は思った。


 この後宮には、それぞれ違う理由で戦っている人たちがいる。レオンは王家を守るために。ヴァルターはエリナへの後悔のために。シリルは父親を救うために。


 そして私は、母のために。


 ——全員、誰かのために戦っている。

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