プロローグ 『絶望の中の光』
読んでくださりありがとうございます。
このプロローグは本編とは別の時系列の物語となります。
よろしくお願いします。
「ハァ…ハァ…ハァ………っ」
体が限界を訴えている。
息が切れ、胸は焼けるように痛む。
視界は揺れ、足がもつれ、倒れそうになる。
全身がボロボロだ――もうこれ以上は無理かもしれない。
「こ、ここまでくれば……奴らも、さすがに………っ」
その声は、震えながらもどこか希望を求める響きを帯びていた。
だが、運命は無慈悲だった。
―天空を裂く光の奔流が降り注ぐ
「……なっ!?」
雷鳴のような轟音。
無数の魔法が、俺をを標的に奔る。
光は世界を裂き、闇はそれを呑み込む。
『――我が聖なる光よ、我の力に従い、敵を打ち砕け! ライトニング・レイ!!』
無数の魔術が俺をめがけて飛んでくる。
光と爆風が四方八方から襲いかかり、避ける間もない。
「クッ!クソっ…こ、こうなったらっ…」
必死に体をひねり、地に転がりながら避ける。
そして俺は、残った魔力を絞り出すように詠唱を始めた。
『わ、我が魔力よ、力を宿し、相反せし理を解かれよ―――
絶望の灰より、紅蓮の炎を灯せ。
闇と炎、融合せしふたつの力よ……今のここに解放すべしっ!
く、くらいやがれっ!俺の残りの全魔力!!
――ディゾブル・イグニッションッッッ!!』
―――ドォンッ!!
世界を裂くような爆発音。
地が揺れ、空が白く弾け、すべてが混ざり合う。
その瞬間、俺の意識も闇へと沈んでいった。
「……くっ………や…やっぱりあの魔力量で……
ディゾブル・イグニッションは……無茶だった……かっ………」
そう呟いたのを最後に、視界が暗転した。
――次に目が覚めるとそこは……
「……ん? あ、あれ……俺……気を失ってたのか?」
目を覚ますと、辺りはもう暗くなっていた。
濃い霧のような魔力が漂い、木々が不気味にざわめいている。
「……ここは……森、か? でも……ただの森じゃねぇな」
体を起こすのとやっとだ。
魔力も体力も、ほとんど残っていない。
それでも、周囲の魔力の密度が異常だとわかる。
「……この感じ……まさか、まだ奴らが……」
息を整えようとしたそのとき――
――うぎゃぁぁぁぁ……! うぎゃぁぁぁ!
「…え!? な、泣き声……? 赤ん坊……?」
その赤ん坊の声はまるで俺の耳を突き刺してくるような泣き声だった。
「………で、でもなんで…こんなところに赤ん坊が…?」
とても信じられなかった。
こんな誰も寄り付かないような魔の森で、赤ん坊の泣き声が響くなんて。
「……行ってみるか……? でも……」
一瞬迷った。
それでも、すぐに足が動いた。
「……放っておけるわけ、ないだろ……!」
足を引きずりながらも、泣き声の方へと進む。
枝を払い、倒木を越え――ようやく辿り着いた。
「ハァ……ハァ……ここらへんのはず……」
――うぎゃーっ! うぎゃーっ!
「ん!? う、後ろか!?」
振り返ると、そこには――
「……この子か? 泣いていたのは……」
倒木の陰に、小さな赤ん坊がいた。
人間の女の子。血の滲んだ腕、汚れた布。
それでも瞳だけは、泣きながらもどこか透き通っていた。
「おいおい……どうしてこんなところに……」
そっと抱き上げると、その小さな手が俺の服をつかんだ。
弱々しい泣き声が胸の奥に響く。
「もう大丈夫だ。俺が森の外まで――」
安心した、その刹那。
「――っ!? な、なんだこの……とんでもない魔力の威圧感は……!?」
空気が震えた。
全身の血が逆流するような、圧倒的な魔力。
息が詰まり、心臓が掴まれるような恐怖。
「……どうして、人間が……ここにいる……」
その声は、地の底から響くように低く、冷たかった。
俺は息を呑んだまま、声の主を見た。
闇の奥で、金色の瞳がゆらりと光った気がした。
「他の奴らとは雰囲気が全くの別物だ……」
奴は赤ん坊の顔を見るや否や、視線が鋭く変わった。
その瞳に映る光は、ただの赤ん坊に向けられるものではない。
まるで、世界の理そのものを測るかのように、存在の重みを量る視線だった。
「この幼子が……奴の……」
呟く声に、思わず俺は息を飲む。
奴の……? この子のことを知っているのか――?
「この幼子を、我が元へ差し出せ……!
そうすれば、命までは奪わん!」
敵の声が、森を震わせる。
鋭く冷たい響きは、言葉そのものが刃のように胸に突き刺さった。
命を盾に取られ、逃げ場などない――そんな絶望を背中に感じる。
「い、いやだ……!お、お前……!
この子を……連れ去って何をするつもりなんだ……!?」
怒りと恐怖が入り混じる。
震える腕で小さな命を抱き締めながら、俺は必死に叫ぶ。
だが、それだけでは足りない――何も通じない気配が全身を包む。
「……そんなことはどうでもよい。
ただ渡せ。そうすれば、命は助けてやる――
だが、拒むなら、その時は容赦しぬのみ。」
奴の瞳が赤ん坊に鋭く吸い寄せられ、圧力がさらに増す。
森の木々はその緊張でざわめき、地面はかすかに震えた。
命を賭けたやり取りが、今まさに森全体を飲み込もうとしている。
空気が重くねじれ、時間の感覚さえ歪む。
光と闇、希望と絶望が一瞬にして交錯し、森全体が戦場と化した。
枝葉の揺れも、霧の流れも、呼吸さえも――すべてがこの一瞬に凍り付いたかのようだった。
「…渡す気はないようだな………、」
敵の低く、冷たい声が森に響く。
その瞳は赤ん坊を射抜くように鋭く、光に吸い寄せられて揺れた。
「──アビス・デスペラティオン。」
と、その名が告げられた瞬間、空気が、音を、光を、すべてを失った。
世界が“沈む”音が聞こえた気がした。
そして、闇が奔る。
まるで宇宙の虚無そのものが、形をもって押し寄せてくるかのように──。
「な、なんだと!? ア、アビス・デスペラティオン!? し、しかも無詠唱……!?」
恐怖で喉が張りつき、息ができない。
アビス・デスペラティオン――
すべての光を喰らい、闇そのものが支配する禁忌の魔法。
発動と同時に周囲の光子が崩壊し、世界は完全な闇へと塗り潰される。
その奔流は、地平線すらも呑み込み、範囲内の存在の「生命力」そのものを吸収する。
時の流れさえ歪ませるそれからは、逃げる術など存在しない。
そして──命を奪うだけでは終わらない。
当てられた者の“存在の痕跡”さえも、世界から抹消してしまうのだ。
そんな魔術を奴は詠唱もなしに唱えやがった。
「な、なんて化け物だ……!」
息が荒い。視界が歪む。
恐怖が脊髄を這い上がり、全身を縛りつける。
「くっ……そ……! か、体が……動かねぇ……!」
足が地に縫いつけられたように、微動だにできない。
理性が逃げた。
ただ、“死”だけが目の前にある。
「こ、この子だけでも──!」
震える腕で、小さな命を抱きしめた。
息を吸うたびに胸が焼けるように痛む。
全身が軋み、視界が赤く滲んでいく
もう逃げられない。 そうわかっていても、この手だけは離したくなかった。
たとえ、次の瞬間にこの身が消えようとも。
「こ、ここまで……か。」
……その時だった。
――うぎゃーっ! うぎゃーっ!
この耳に突き刺さる、あの泣き声。 間違いない──あの赤ん坊の声だ。
次の瞬間、まるで俺の周囲を守るように、まばゆい光があふれ出した。 光は風となり、風は鼓動を持ったかのように震えながら、俺を包み込む。
そして、眩しさに目を細める間もなく、 闇が裂けた。
「な、なんだ…これは!?」
奴は初めて
黒くうねるアビス・デスペラティオンの奔流が、光の奔流に押し返された。
空間が裂け、地面が轟く。
絶望を刻む闇は、まるで存在そのものを消し去るかのようだったが、光はそれをも凌駕した。
「く、くそ……ありえん……! 私の魔法が……!」
敵は動揺し、呆然と立ち尽くす。
これまで絶対と信じていた力を、たった一つの小さな命に封じ込められたのだ。
光は赤ん坊の胸元から広がり、俺の周りを守るように渦を巻いた。
それは優しい光ではない。
鋭く、力強く、世界の理すら塗り替えるかのような圧倒的な存在感を持っていた。
「な、なんだこの魔力とは違った、力は……?」
闇の統べ手も、その力の正体を掴めずにいた
生き物の魔力ではない、世界の欠片とも呼べる力。
敵の瞳から恐怖が滲む。
「……ここにいるだけで……私の魔力が……!」
光に押され、黒き闇は暴れ狂うように揺れる。
奴の体はもはや制御できず、魔力の奔流が暴走する。
その足元は震え、立っていることすらままならないようだった。
「お、覚えていろ………その赤子の力は――必ずいつか…私たちの手に落ちる。」
そう言い残すと、奴は完全には退かず、森の奥へと後ずさる。
全身を黒い魔力が覆っていたはずの彼の体も、赤ん坊の放つ光の前では脆く、指先から力が逃げていく。
踏み込もうとするたび、光に押し返され、足元の地面さえも振動で揺れた。
光は衰えることなく広がり、闇を押し返し続ける。
闇はねじ伏せられ、森全体に緊張が走る。
枝葉が震え、霧が光に溶け込み、静まり返った森に一種の神聖さすら生まれたかのようだった。
赤ん坊の力はただの魔力ではない。
世界の理を揺るがし、運命の片鱗を見せるかのように、周囲の空間そのものが光と闇の狭間で歪んでいる。
奴は恐怖と驚愕に押し潰され、声を上げることもできず、ただ後退を続けるしかなかった。
そしてついに、奴は視界の端で黒い影を引きずりながら、森の奥へと消えていった。
その背中は敗北者のものではあったが、同時に、赤ん坊の力が持つ未知の脅威を証明していた。
光はなおも揺らめき、森に残る闇の残滓を押し流す。
俺は膝をつき、腕の中の小さな命を見下ろすと、そこに宿る瞳は静かに光を放ち、世界の理そのものを揺るがす存在であることを告げていた。
「……こ、この子なら……きっと……。」
小さな命に託す想い。
そして、その光は、まだ見ぬ未来への扉をゆっくりと開き始めた――。
無数の魔法が飛び交う中、赤ん坊はただ泣き続ける。
その命を狙う闇の魔術師の前で、幼子の秘めた力が世界の理すら揺るがす光となって炸裂する。
まだ見ぬ未来を託された小さな命――その光は、運命を変える戦いの幕開けを告げていた。
次回から本編に入ります。
第一章「始まりの邂逅」
Episode1「沈んだ記憶」7月25もしくは26日 投稿予定




