385話 空羽と史菜とお家デート 2
灰川の居室の中を回りながら、凄いとか綺麗とかの話で盛り上がる。
現在の灰川のペントハウスは英明たちが内装を整えており、調度品や家電や家具が良い感じの物で纏められていた。
「凄く良いルームがいっぱいだね、大型テレビモニターとかソファーテーブルとか色んな物が揃えられてる。私たちの部屋も凄いけど、灰川さんの部屋はもっと凄いよね」
「ウォークインクローゼットの中は服がありませんが、やっぱり広いです! クローゼットの中に化粧台や直結洗面所があったりもしますしっ」
「だよなぁ、こんな部屋を購入費も維持費もタダでもらって悪いって思ってるよ、色んな戦略あっての事って分かってるけどさ」
複数の洋室や和室、ゲストルームに防音が非常に強いプレイルーム、豪華なバスルームや広いトイレ、広くて眺めの良いバルコニー、どこを見ても豪邸と言うに相応しい居室だった。
しかし1人で住むには広すぎるし、やはり落ち着かない気持ちが今でも灰川にはある。それでもしばらくすれば慣れるだろうとは感じていた。
「ここのバルコニーが一番広いんだね、バーベキューだって出来ちゃいそうだよ。ふふっ」
「実際にバーベキューやっても大丈夫だってさ、でもせっかくなら屋上とかでやりたいって思うよな」
「夜景が綺麗ですねっ、前のマンションとは比べ物にならないくらい良い眺めです」
ここから見る景色は確かに凄く、灰川やにゃー子もたまにバルコニーに出て景色を楽しんでいたりもした。
灰川たちはバルコニーのソファーに座っており、空羽と史菜は灰川を挟むように位置を取って座っている。
「でも、もし私が灰川さんに会えてなかったら、今頃はこんな景色は見れないどころか凄く不幸になってたんだよね」
「なに言ってるんだ空羽? 俺に会ってなくたって元から業界ナンバーワンだったんだから、不幸になんてなってないだろ」
「隠さなくて良いよ灰川さん、前のパーティーの時に私が灰川さんに会ってなかったらどうなっていたのか見ちゃったから。最初に会った時ってさ、私は凄く悪い状態だったんだよね?」
3社のパーティーで死の仮想空間の対処に当たった際に、何名かはそれぞれに自身の何らかの体験に関する情報を、幻覚のゲームという形で見せられた。その事を空羽は説明する。
灰川は驚きはしたが、あのゲームでは何が発生してもおかしくなかったと思い、真実なのだと納得した。
「いや、それについては解決してるんだしよ、今更気にしたって仕方ないって」
「それでもね、見せられた時はショックだったよ。あんな風になっちゃってたんだってさ」
空羽が見せられたものは、灰川に会う原因となった地方テレビ局の楽屋で発生した事に関する情報、そして灰川に会ってなかった場合の結末だ。
あの時の空羽は地方テレビ局の楽屋で怖い体験をし、そこから身の回りで心霊現象や不運な事が多発した。
そのせいで完全に気が参っており、配信では無理して普段のように明るく振舞っていたが、実際には体調も精神も限界状態だったと語る。
灰川に会う前に他の霊媒師を頼ったりもしたのだが効果は薄く、怖い思いは続いた。
あの時の空羽は五行でいう心の気が非常に弱くなっており、生命力が低下して悪いモノを引き寄せる状態になっていた。霊を祓っても無駄な状態だったのだ。
「私が灰川さんに会ってなかったら、今頃はVtuberは引退して学校にも行けなくなって、病院に何度も入退院するような事になってたって知ったの」
「おいおい、そんなの変なゲームの画面で見せられた情報だろ? 信じるに値しないっての」
「ううん、あのゲームの情報は凄く信憑性が高かったよ。細かな部分とかの情報が私の考え方とか行動に凄く合致してるって思ったから」
あのゲームの内容は本当だったと空羽は語り、灰川に会った事によって自分が不幸になる未来が無くなったのだと確信していると語る。
そのついでに市乃が知った運動公園のトイレの真実の話を少ししたが、完全に一致していた事を知って灰川は驚いた。
死の仮想空間は普通のオカルト事件ではなく、やはり特殊な例だったのだと実感した。
「でもな、あんまり怖いとか考えるなよ? それは現実では起こり得なかった事だし、俺に会ってなかったとしても本当にそうなってたかは分からないんだからな」
「うん、こういう事を言い始めたら何でもかんでも怖くなっちゃうしね」
もしかしたら起こってたかもしれない事、これを気にしていたら人間なんて生きて行けない。
例えば、いつも通る道で人身事故があって、1分くらい通るのが早かったら自分が巻き込まれていたかも知れないとか。
野球グラウンドの横を歩いていたらファールボールが飛んできて隣のベンチにボールが落ち、もし自分が隣のベンチに座っていたら頭に当たって顔に一生の傷が残っていたかも知れない。
料理をしていたら包丁を落としてしまい、足の位置が少しズレていたら大怪我をしていたかも知れない。
そんな『起こらなかった未来』なんて世の中に溢れている、命や人生に関わる幸運も不運も世の中にはいっぱいあるのだ。
「でもね、それを知っても怖いって思えないんだ。自分が不幸になっていたかもって分かったのに、やっぱり怖くないの」
「そりゃ何よりだ! そういう心持ちが大事なんだよ、やっぱ空羽はそういうとこが強いよなっ」
その言葉を聞いて灰川は安心する、無かった未来とやらを気にしても仕方ない、どんなにリアリティがあろうと現実に起こってなかったらバーチャルなのだ。
「ふふっ、じゃあ何で私が怖くないって思ってるか当てて欲しいな? なんででしょう?」
「そりゃもちろん、きちんと割り切って考えてるからだろ? そんな事も分からんと思ったか、はははっ」
「少し正解だけどハズレだよ、どうして割り切れているかが大事な所なんだから」
割り切れる理由を空羽は尋ねていたのだが、そこまで灰川は考えていなかった。
バルコニーに流れる空気感が少しづつ変わって行くが、灰川はまだ気付いていない。
「もし心霊現象で私が不幸になっていたとしても、灰川さんが何処かで私が困ってるのを知って、助けに来てくれてたと思うから平気に思えるの。ふふっ」
「……! そういう考えがあるのかっ…! なるほど、盲点だったぜっ」
「あの時に私が社長に連れて来られなくても、灰川さんは私の事を知って助けに来てくれた。今は絶対にそうなってたって思えるよ」
空羽の目は本気でそう思っているという感情が浮かんでおり、たとえどんな事になっていようと、面識が無かろうと灰川は自分を助けに来たと信じられると語る。
「もっと言うなら、どんな出会い方でも私は灰川さんと付き合いたいって思ってただろうし、何としてでも彼女になってたと思うよ? ふふっ」
「そっか、そう思ってくれるなら嬉しいな。まあ心霊で困ってるって話が聞こえてきたら、マジで助けに行ってた可能性あるんだよな」
他の出会い方で空羽が自分の彼女になってくれたかどうかは、灰川には流石に自信がない。
凄い美人で美少女だし、様々な活動の才覚があるトップVで、異性から何度も告白されて来た空羽が自分などを好きになってくれたのが今も信じられないのだ。
「ぅ…! そ、空羽…?」
「どうしたのかな? 彼女さんが彼氏さんと少し手を繋いだだけだよ? ふふっ」
「ま、まあ…そうだよな…っ」
空羽が微笑みながら、灰川への好意と親密感がとても強い事を感じさせる笑顔を向けながら、灰川に手を柔らかく乗せてきた。たったそれだけだが灰川は心臓が高鳴ってしまう。
改めて見ると空羽は凄い美人だ、スタイルも凄く良いし、男からモテて当たり前だと強く感じる。
今だって街中でナンパされたりスカウトされたり、他校のモテ系の男子生徒や大学生が空羽の事をネットや噂で知り、アプローチを掛けて仲良くなろうとして来たり、告白して来たりするのを灰川は知っている。
それらの者達の中には空羽を自由鷹ナツハと知っている者も居て、それぞれに相当なイケメンだったり金持ちの家の奴だったりする事も知っていた。
彼らは仲良くなった末に告白して、空羽という誰もが目を引く美人を自分の彼女にという思いで近付いて来たり、辛抱たまらずその場で告白したりする。
そんな身の上である空羽が今は自分の彼女で、しかもハーレムという特殊な恋愛体系を認めているという、夢のような状況だ。
過去に空羽に告白した者の中には、それを知ったら嫉妬で泣くような者すら居るかも知れない。
「灰川さんっ、私も空羽先輩と同じ気持ちですっ。だって私は以前に灰川さんに助けて頂いた時に行った、古い石碑のある公園の事を知りましたからっ」
「あの公園のこと知っちゃったのかっ? まあ、知った所でオカルト被害とかはない話だけどよ」
史菜は以前に付け回し被害に遭遇した時に、灰川が立ち寄った公園で過去にあった事を知ったのだ。
灰川が過去に仕事で通りかかった際に立ち寄った公園には、とあるオカルト的な問題が発生し続けていた。それ以来は灰川は自主的にお祓いを継続している。
古い慰霊碑の公園の過去
その公園がある場所は何十年も前は寺と墓場があった場所だったのだが、様々な事情があって寺は無くなってしまった。その跡地に公園が出来たのだ。
しかし、公園が出来てから事故や怪我人が多発し、原因が墓場だった時代に溜まって残留していた悪念だと何人かの霊能者は突き止めた。
長年に渡って蓄積していた悪念は簡単には祓えず、完全に祓うまでは何十年という時間が掛かるのは明らかだった。無理に祓う事が出来ない質の悪念だ。
墓場だった頃には無縁仏や獄中死した者の墓もあり、恨みや未練といった念が悪に転じたモノが多かった。無理に祓えば別の所に向かい、新たな被害をもたらしたり怪異となってしまう場合がある。
だが、対処に当たっていた霊能者にだって生活や個人の事情というものはあり、段々と公園の祓いをする者は少なくなっていく。
もはや事故が起こらないよう抑える祓いが精一杯という時に灰川が通りかかり、その時に祓いをしていた者と話して自分も関わるようになった。
それからは順調に祓いが進んでおり、灰川はブラック企業に苛まれながらも公園には欠かさず通ったのだ。
過去に墓があった公園、そこでは現在は怪我をする者はほとんど居ない。
「ブラック企業で苦しんでいた当時の灰川さんが、誰かが痛い目に合わないようお祓いをしていたのって、凄い事だと思いますっ」
「そ、そうかな」
「疲れや精神的な痛みというのは、予想以上に辛いものなんだって知っています。それを押して活動していた灰川さんは凄いんですっ」
疲労というのは人の行動や活動を予想以上に制限するものであり、V活動で疲れてヘトヘトになってきた経験がある史菜はそれを知っていた。
精神的な痛みに関しても活動の中で様々に史菜は味わって来ており、それがどれだけ人の心を蝕んでしまうのかという事も知っている。
疲れていれば誰かのために動こうという気持ちは薄くなるし、精神に痛みを抱えていれば他人の痛みには鈍感になったり見て見ぬ振りをしたりする時だって人にはあるのだ。
灰川はそれが薄いのだと史菜は言い、それに関しては今までの事から完全に確信しているとの事だ。
史菜は最初に灰川に会った時は心霊現象や活動の悩みで引退を考えていた時で、今も活動を続けられているのは灰川のおかげだと本気で思っている。
「そんな灰川さんだからこそ、私たちが困っていたら絶対に見つけてくれるって感じたんです」
「そうか、でも史菜が言うんだったらそうだよな。皆が困っていたら何かしらの縁で出会ってた気がしてきたぞ」
「はいっ、元から市乃ちゃんと奇跡のような形で巡り合って縁が出来たのですから、それが無かったとしても奇跡みたいな出会い方を私たちはしたと思いますっ、ふふっ」
史菜は本当に人の事をよく見ており、好意のある灰川に対しては、より深く見ている。
史菜は元は凄く内気で人見知り気質だったと本人から聞いているし、それがV活動に当たる最初の理由にもなった子だ。
内気で人見知り気質という部分は前より大きく緩和されているが、言葉の丁寧さなどの部分からその気質は今もあるのだと灰川は感じている。
そんな史菜は灰川には明確な好意を持ち、積極的にアプローチしてくれた。それは凄く嬉しい事だ。
自分の気持ちを伝え、相手の気持ちを知る勇気も持てたからこそ皆は人気を持ったのだろうか、そんな事を灰川は漠然と考えた。
「灰川さん、以前から何度もお伝えしていますし、告白もしましたが改めて大好きですっ」
「ありがとうな史菜、はははっ」
改めて見ると史菜だって凄く可愛いと灰川は感じる。
綺麗な黒髪のロングヘア、穏やかに整っているが強い意志が感じられる顔立ち、自分を好いてくれているという感情が分かる仕草。
細くしなやかなスタイル、見える部分の肌は綺麗できめ細かく、柔らかだというのが見て取れる。
美人な上にVtuberとして成功している子、空羽や皆だって同じである。
「私も大好きだよ灰川さんっ、市乃ちゃん達と集まった時とか、今じゃVの活動とか仕事のことより灰川さんの話してる時間の方が長いんだよ? ふふっ」
「マジか…どんな話してるのかちょっと怖いけど、そこは聞かぬが花って奴だなっ」
そんな皆に強く信頼され、好かれている事が凄く嬉しい。
あまつさえ『起こらなかった不幸ですら、きっと助けてくれていた』とまで信じてもらえている事が何より嬉しい。
自分の何が皆からそこまで好かれているのか、言葉にして伝えられている今でさえ理解出来てない部分も多い。それでも嬉しくてしょうがないのだ。
だけど申し訳ないと感じている部分も多々あった。
このまま自分は皆への好意を半ば有耶無耶にしていて良いのか?
不義理な言葉で誤魔化そうとして今に至り、自分の感情は明確に伝えないまま過ごしている事など許されない。そう強く感じた。
年下だからとかビジネスパートナーだという理由で、明確な答えから逃げているのは自分で理解している。
培ってきた倫理観がそうさせる、自分の中の常識がそうさせる、社会的な常識の観念が答えを口にする事から逃げさせるのだ。
それでも灰川は思う、こんなにも好意を示してくれているのだから、やはり自分からその言葉を言わないのは卑怯だ。
そして何より……もう皆と灰川の仲は『アヅチが皆にも情報を明かした事により』将来に渡って確定しているのと同じなのだ、そこは変わらないし変えたいとも思えない。
自分からも気持ちを伝えるべきなのは分かるし、付き合っているという意識もある。だけど受動的な感情が強く、どこか能動的になり切れない部分があるのだ。
優柔不断と言ってしまえばそうだし、それがみっともない事は分かっている。それでも色んな事情からどうしても、そんな風になってしまう部分がある。
だが灰川は、そんな優柔不断はダメだと感じる。少なくとも明確な好意を示してくれている皆には、ハッキリと言うべきだと感じた。
「改めて~~……」
「そうだ灰川さんっ、前に同級生の子が年上の彼氏さんとキスしたって嬉しそうに言ってたんだ」
「私はネットのカップル情報サイトで色んな体験談を読みましたっ、とっても参考になりました♪」
ここで空羽と史菜の行動と灰川の思考が少しズレた、2人はカップル情報の話を切り出して灰川の感情の奥に切り込む策を実行に移す。
「……! ふ、史菜っ…?」
「どうされましたか? 少しだけ灰川さんの肩に手を乗せて休ませて頂いてるだけですよ?」
「問題ないよね灰川さん? 私たちからのスキンシップとかボディタッチは受け入れる約束だもんね? ふふっ」
「いや…まあ、そうだったけど…」
空羽と史菜が動き出し、片方の手には空羽に握られ、もう片方は史菜に動きを封じられている。
「何人かの友達から聞いたんだけどね、やっぱりキスすると一気に付き合ってるっていう実感とか、この人の彼女なんだって実感が出て、幸せな気持ちが強くなるんだって」
「私もインターネットの情報で、キスはお付き合いして1週間くらいでしちゃう人も多いみたいだと目にしましたっ」
「それは、まあ…はは…」
付き合うまでに至るまで両想いだった期間が長いカップルなどはキスまでは早いそうで、そういった話を中心に空羽と史菜は語る。
そんな中で灰川は、神保町の裏音楽が好きな金橋古書店の店主と話した時の事を思い出していた。
以前のティーンガール雑誌なんかは購入の際の年齢制限もないのに、下手な成人男性向けの本よりよほどヤバイ内容が掲載されていたという出版界の黒歴史だ。
中学生や高校生の女子が買っても変じゃない雑誌なのに、体験談とか写真とかが普通に掲載されていたりしたのである。
今でこそそういった内容が掲載されている物はないのだろうが、以前はそういった内容を競うかのように載せていた時期があり、その時期のティーンガール雑誌は金橋古書店ではビニールを掛けて立ち読みできないようにしていると店主が言っていた。
今でも体験談などは割と凄い話が載っていたりする事もあり、男女に関わらず多かれ少なかれセンシティブに興味を持つ年齢が青春期なのだという事は分かる。
それを鑑みるに……とか灰川は考えようとしたが思考を中断し、自分が流されないように感情をしっかり持とうと決意する。ついでに自身に陽呪術・清浄明潔を掛けて精神の均衡を保つ。
「灰川さんはキスとか興味ない? あるよねっ? してみたいって気持ちあるよね? ふふっ」
「今時はカップルでのキスくらい当たり前ですしねっ、私もそのように思ってますっ♪」
「いや、そういうのは、もう少し~~……」
灰川の精神の均衡は保たれているし、理性を制御できる状態ではある。しかし興味が無いと言えば噓になる。
空羽と史菜の一時の感情の高ぶりでそういう事をすべきではないと感じるが、そういう事をして仲が深まるというのも理解は出来る。する訳にはいかないが、なんだか様々な感情が綯い交ぜで複雑だ。
そもそも、ちゃんと自分の気持ちをしっかり伝えていないのにそういったステージに行くのは違うと感じるし、まだそこまで行って良い環境ではないと理解している。
空羽と史菜の手が温かい、バルコニーに吹く涼しい風と相まって、体温が凄く伝わって来る。
以前の灰川は皆を恋愛対象として見てなかったし、自分が好かれるとも思ってなかったから、そういった方面では無関係と断じていた。
しかし今は皆から好かれ、明確に好意を示され、関係は明らかに変わったのだ。
この状態で好意を持つなという方が無理がある、灰川も今は明確に空羽も史菜も好きになっていたのだと心の中で認めた。
「俺も空羽と史菜が凄い好きだし、彼女になってくれて滅茶苦茶に嬉しい。改めて言うけど俺は空羽と史菜、そして皆が好き~~……」
「「~~!」」
空羽と史菜が嬉しさの笑みをこぼしそうになるが、その瞬間に灰川のスマホが鳴り出した。電話の着信である。
「えっ? 明日の仕事? それなら心配しなくても予定は~…」
ここで仕事の電話が入ってしまい、空気感とかは普段の状態に戻る。これではムードも何もあったもんじゃない。
すぐに電話は終わったが、先程までの色めき立った空気はどこ吹く風か、既にいつもの雰囲気になっていた。
2人は実は緊張もありながらも上手く空気を作っていたが、予想外のハプニングで流れてしまう。
普段の配信では楽しく面白い雰囲気を作っているが、やろうと思えば灰川に対してはこういった空気を作り出す方面にも応用が利くのだ。市乃や来苑は不得意な応用かも知れない。
「えっと、明日のお仕事の話だったのかな?」
「ちょっとした確認の電話だよ、朋絵さんからだった」
「そうだったんですねっ、お疲れ様です灰川さんっ」
「ま、まあ何だ、ちょっと寒くなって来たし中に入るかっ」
そこからは室内に入り、灰川の居室見物の続きをして、アレが凄いとか良い部屋だなんて言ってお家デートは終わった。
リビングに戻って来てソファーに座り、そこから少しばかり話が続く。
学校や活動であった事とか、外のデートではこんな所に行ってみたいとか、そんな楽しい話だ。
やがて夜も深くなって来たので、灰川の方から明日も学校や活動があるんだから休んだ方が良いと言い、今夜はお開きとなる。
「では名残惜しいですが、おやすみなさい灰川さん」
「今日も楽しかったっ、いっぱい話せて嬉しかったよ。ふふっ」
「俺も楽しかったぞ、またデートしような。ははっ」
今度は灰川の方から誘ってねとか、別れ際に話したりして何だかカップル度合いが少し増している。
玄関まで来て灰川も靴を履くのを見て、空羽と史菜は言葉を発した。
「灰川さん、部屋まで送ってくれるの? 凄く嬉しいけど近いから大丈夫だよ」
「ありがとうございます、でも防犯もしっかりしていますし、安心して下さい」
「そうか? まあ、2人がそう言うなら」
「それに史菜ちゃんと仕事の話も少ししたいから、お見送りは今回は大丈夫だよ。ありがとうっ」
デートであれば彼女を家まで送るのが男の役目というものだし、どんなに近くても部屋まで送るというのが礼儀だと灰川は思っていた。
だが仕事の話があるんじゃ仕方ないし、部屋まで1分も掛からないし安全なのだから部屋まで送る事はなしになる。
そこから2人に、会いたかったらいつでも事務所か部屋に来て良いとかも言ったりして、本当に今夜は終了となった。その別れ際に。
「灰川さんっ、さっき好きって言ってくれて嬉しかったよっ。私たちも大好きだからねっ、ふふっ」
「好きと言ってくれてありがとうございますっ、灰川さんも私たちのお部屋に来て頂いて良いですからねっ♪」
あの言葉はしっかり聞こえていたんだなと思い、灰川はドキっとするが言った事は後悔していない。むしろもっとちゃんと伝えなければなと思っている。
こうしてお家デートは終わりとなり、空羽と史菜は戻って行ったのだった。
「予定とは外れてしまいましたが、灰川さんの意識に変化はあったと思いますっ」
「うん、私も手応えあったよ。これで灰川さんのイチャイチャ意識のハードルは前より下がったって思う」
2人は空羽の部屋に集まってデート後の振り返りをしており、楽しかったとかドキドキしたとかの話で盛り上がっている。
史菜が『やっぱり灰川さんは格好良いです♪』と言ったら、空羽が『私もそう思うな』と返したりしてトークが弾んでいた。
「灰川さんを好きになって以降、自分でも知らなかった私がどんどん分かって来ましたっ。私って思ってたよりセンシティブな性格だったみたいですっ」
「ふふっ、そうなんだ。私も同じかな、灰川さん限定のセンシティブだけどね」
「もちろん私も灰川さん限定ですっ、でも何だかそんな自分がイヤじゃないんです。これも新発見ですっ!」
「私もそうそういうの苦手って思ってたけど、好きになった人にはこういう風になっちゃうものなんだね。そういうの初めて分かった」
友達や先輩から聞いていた感情の話が理解できた、2人にとって灰川は既にたった1人の特別な男性になっており、自分にもそういう感情があったのだと感じ入っている。
今まではセンシティブは苦手だと思っていたけど、今はごく限定的だが苦手じゃない。
むしろそういう触れ合いを求めてしまう感情すらあり、そんな心の中の自分の存在には今も驚いていたりするのだ。
自分たちへの接し方に遠慮や気後れを感じている姿すら良い部分に見えてしまう、好きになった人には盲目になるという言葉の意味が何となく分かった。
人の心なんてものは、自分にですら分からない部分が必ずある。彼女たちにも例外なくそれはあったという事だ。
「でも、やっぱり私はもっと灰川さんと触れ合ったりしたいですっ。今日は良い結果だけど残念な結果にもなっちゃったと思っていますっ」
「そうだね、それでも成功って言えるのは間違いないと思うな。灰川さんが私たちに好きって言ってくれたんだしね。すっごく嬉しかった」
「どうしたら灰川さんともっと触れ合えるでしょうか? 私たちと仲良くする事を過剰にセンシティブだと感じて欲しくありません」
「やっぱりそこは、アピールしたり皆でそういう空気とか雰囲気を持っていって、ちょっと大胆な事をしちゃったりが良いと思うよ」
あーでもない、こーでもないとか話に花を咲かせ、2人はアイデアを出し合って楽しんだりしていく。
「じゃあ今度、皆で相談してチャンスを作ってから、灰川さんのことノンギルティインナー責めにしちゃおっか? ふふっ」
「~~! どんなコトでしょうっ? なんだかスゴく楽しそうで、スゴく灰川さんが喜んでくれそうな気がしますっ!」
「私たちの年代だと学校自撮りミッションなんかも一部で流行って話題になってたよね? あれも面白そうかもだね」
「学校のお昼休みなどに可愛い写真を送ってと指示するというものですよねっ、同級生の子もミッションを出し合って送り合ってました。楽しそうでしたよ、ふふっ」
「由奈ちゃんは自撮りの秘策の練習中って言ってたし、私も色々考えてみよっかな」
世の中には様々なカップル遊びと言うようなものがあり、空羽も史菜も皆もネットや小耳で学んでいたりする。
そういうイチャイチャ遊びとかもしてみたい、普通のカップルのような事もしたいし、灰川をドキドキさせたりしてみたいと語り合うのだった。
市乃や来苑は照れて赤くなってしまいそうとか、桜は意外と乗って来そうとか、由奈とアリエルは楽しくイチャイチャしそうとか、そんな話で盛り上がる。
「今度は灰川さんのこと名前で呼べるようになりたいな、史菜ちゃんはどう?」
「私も誠治さんってお呼びしてみたいですっ、そういうのって大事だと思いますっ! そのように呼べていたら、灰川さんは今日の時点で~…」
2人にとっては初めてのデートの後であり、少し高揚した気持ちのまま今夜は過ごす。
明日も学校や活動が控えているが、それを知りつつ2人はデート後トークを楽しんだのだった。




