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最終話 これからも、この蒼き世界で俺たちは

 ――俺が死んでこの世界に船として転生して、偶然そこに乗り合わせたラビと出会って、彼女と共に色々と冒険して……気付けば、長い月日が経った。


 以前の俺は、ブラック企業に勤めて体がボロボロになるまで働いて、自分のやりたいことを何もできずに死んでしまったけれど……


 この異世界に来て、まぁ色々と大変だったし、面倒事や戦争にまで巻き込まれたりもしたが、それでも確実に心から言えることが一つある。


『……やっぱ今の方が人生楽しいわ』


「――はい? 何か言いましたか、師匠?」


 クルーエル・ラビ号の船尾楼にある船長室で書類にペンを走らせていたラビが、ペンを止めてそう言葉を返した。


『あ、ごめん、俺の独り言』

「そうですか……師匠もここ最近は休む暇無いくらい忙しかったと思うので、船のことは私たちに任せて、ゆっくりしてくださいね」


 そう言われて、俺は心温まる思いだった。

 やっぱり、俺のラビは天使だなぁ……なんて気持ち悪いことを考えてしまう。


 けれどラビも、初めて俺と出会った時と比べれば、一回りも二回りも大きくなって、気付けばもう立派な伝説の女海賊である。



「――両親にすがってしか生きられなかった、これまでの弱い自分を変えたい! どんな権力にも屈さず、辛い過去にも縛られないで、今を自由に生きるアウトローな女に、私はなりたい!」

『――強くなりたいんだろ? 強くてアウトローな女になりたいんだろ? 前にも言ったはずだ、俺が鍛えてやるって。そう言ったからには、最後まで付き合ってやるさ。お前は俺の乗組員であり、この船はお前の船だ』


 かつて俺とラビの交わした言葉が、走馬灯のように蘇る。

 あの時はまだラビも弱くて、一人じゃ何もできない少女だった。

 けれど今じゃ、伝説の海賊の地位も手に入れて、過去のトラウマも克服して、どこでも自由に飛び回って……


 あれ? これってもう、「今を自由に生きるアウトローな女」になる夢を叶えたことにならないか?


 じゃあ、あの時鍛えてやると言った俺の役割はもう終わったのか? これでお役御免? 約束は全て果たせた? もうラビの世話はしなくていい?


 ―――いやいや、違うだろ。


 これからが本番さ。


 体は船だけれど、俺の胸が徐々に高鳴ってゆくのが分かった。


 成長に限界なんてない。

 それはラビも、そして俺も同じだ。


 この世界には俺たちがまだ見たことのない、行ったことのない場所が溢れている。今回各地を飛び回ったロシュール王国も、世界地図で見ればちっぽけなものなのだろう。


 行く宛なら何処にでもある。

 ――俺たちの旅は、まだ始まったばかりだ。



 バタンっ!


 突然、船長室の扉が開いて、副長のニーナが駆け込んできた。


「ラビっち〜! 航海に必要な食料と資材、弾薬の積み込み完了! いつでも出航おけまる〜!」

「了解です。……では、総員に出航準備の命令を。ニーナさんは操舵をお願いします」

「りょ!」


 ビシッと敬礼を返して部屋を出ていくニーナ。

 ラビは机に置かれた船長帽を取り、頭に深く被った。


「総員出航準備〜〜〜っ! みんなやること分かってる? モタモタすんなよ!」

「「「おお―――――――――っ‼︎」」」


 ニーナの一声で、甲板が一気に騒がしくなる。


 身軽なエルフたちは我先とマストに登って帆を縛っている固定索を解き、揚げ索(ハリヤード)を引いて真っ白な帆を青い空の中に広げた。


総帆そうはん、展帆よし!」


 甲板では、巻き上げ機(キャプスタン)にてこ棒が差し込まれ、乗組員たちの叫ぶ歌のリズムに合わせて重い錨が引き上げられた。


「錨の収容、固定よし!」


 下の甲板で、乗組員たちが互いに協力して出航準備を進める様子を、後甲板アフターデッキからラビが見下ろす。

 皆が一丸となって、船を動かすため懸命に働いていた。彼らは皆、この船の船長であるラビに忠誠を誓っていた。彼らはラビと共に、例え世界の果てまでも付いて行く勇気と度胸を持ち合わせていた。とても優秀な乗組員たちだ。


「――ラビリスタお嬢様」


 ラビの背後に瞬間転移してきたメイド姿のポーラが、彼女の前で報告する。


「近衛メイド隊『ホワイトベアーズ』、総員配置完了しました。お嬢様のご命令あればいつでも行動可能です」

「ありがとうポーラ。いざとなったら私のサポートをお願いします」

「御意」


 ラビの言葉に、ポーラは深々とお辞儀した。


 「ラビっち〜、出航準備完了したよ! 後はオジサンの機嫌次第かな〜?」と、下の甲板から階段を駆け上がってきたニーナが言う。


『いや、オジサン言うなし』


 俺は呆れてツッコミを返しつつ、船倉ホールドにあるフラジウム結晶の蓄積魔力量を確認する。


 魔素マナをはらんだ風が展帆した帆に絶え間なく吹き付け、既に大量の魔力が結晶石に蓄積されていた。


魔素マナ充填率120%、魔導機関航行まどうきかんこうこうが可能です】


『魔力充填よし。いつでもOKだ、ラビ』

「はい師匠。――私たちの旗を掲げてください!」


 そこへ、待ってましたとばかりに白黒頭のクロムが飛び出してきて、船尾楼甲板プープデッキへ駆け上がった。


「旗揚げ、クロムできる! クロムがやる!」


 子どものように大はしゃぎするクロムが、滑車の付いたロープを力任せに引っ張り、海賊旗が空高く掲げられてゆく。


 それは、目に染みるような青の下地に黒の髑髏どくろ、二対のカトラスがクロスされた、ラビリスタ海賊団を象徴する蒼い海賊旗だった。


「クルーエル・ラビ号、出航!」


 ラビが前を見据える。一筋の風が、俺たちの出発を祝うように背中を押す。俺の体が、大空へ飛び立ってゆく。



 女海賊ラビリスタ・S(シャロ)・レウィナスと、ラビリスタ海賊団の噂は、瞬く間に世界中に広がった。

 その評判は賛否両論だったが、危険を顧みず広大な空へ挑戦し、自由気ままに駆けてゆくその姿は、多くの船乗りたちを魅了し、憧れの的となった。


 そして彼らは、そんな勇敢で聡明な女海賊船長ラビを、畏敬の意を込めてこう呼んだ。


 ―――「蒼空の使者(アズールランナー)」と。




<終>

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