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第179話 「伝説」はここから始まる

 レーンハルト国王と謁見した帰り、ラビは王国を離れる前に、とある場所に立ち寄るよう俺に言った。


 その場所は、かつてレウィナス公爵領に含まれていたとある小さな無人島で、ラビが幼い頃よく両親に連れられてそこで遊んだという。島の位置も、両親と共に育った屋敷のすぐ近くにあった。


 その島には草原が広がり、切り立った小高い丘になっていた。丘の上からは、遠くに見える王都を含め、王国全土を見渡すことができる眺めの良い場所だ。


 丘の上には、二つの黒い墓石が寄り添うようにして並んでいた。一つの石には「キアナ・レウィナス」の名前。そしてもう一つには、「シェイムズ・T(ティーグ)・レウィナス」の文字が刻まれている。


 両親の墓の前に一人で立つラビ。

 彼女は持っていた青い花束を墓の前に置いて祈りを捧げると、やがて立ち上り、二人の墓に向かってこう言った。


「お父様、お母様……私、二人が居ないと何もできないくらい役立たずの弱虫だったけれど……でも今は師匠と出会って、自分の船を持って、大切な仲間たちとも巡り会えて、みんなと一緒に強くなってきたつもりだよ。……だから、もっと立派な海賊になるために、私は行くね」


 ラビは、二人の墓の前に立つ両親の姿を想像し、目に涙をうるわせる。


「これまで私のことを精一杯育ててくれてありがとう。でもこれからは、自分の力を信じて生きてみる。……だから、二人とも天国で見守っててね」


 ラビはそう言って顔を上げ、目尻に溜まった涙を指で拭った。

 夜が明けて空が赤みがかり、王国の大陸から徐々に上ってくる朝日が、ラビの蒼い目に反射して希望の光を与えたようにキラキラと輝いていた。


『あのさ……本当に俺も付いて来て良かったのか? お前と両親とのプライベートな時間に、見ず知らずの俺まで首突っ込んじまって……』


 ラビの首元に下げられたフラジウムペンダントに転移していた俺は、おずおずとラビに向かってそう言った。


「何言ってるんですか師匠。師匠は私の家族も同然なんです。私のお父様とお母様にも丁度紹介しておきたかったところですし、師匠も二人の前で挨拶してくださいね」


 ラビからそう言われて、俺は複雑な気持ちを抱きつつ、ラビと共に両親の墓の前で祈りを捧げた。恋人の両親と会う時の気持ちって、こんな感じなのだろうか?


 ……と、その時。

 背後から足音がして、ラビは振り返る。


 そこには、黒い帽子に黒い衣装をまとった男が一人、同じ青い花束を持ってラビの方へ近付いて来ていた。


「……やれやれ、花束が二つとも同じ色じゃ味気ねぇな。色違いにした方が良かったか」

「あなたは――」


 ラビは、近付くその男のあごに蓄えられた青い髭を見て、彼が青髭ブルービアードことヨハンであることを悟った。


「奇遇だな、お前さんも墓参りに来たのか」

「は、はい。両親への別れを告げに……」

「……そうか。ここへはもう来ないつもりなのか?」

「私、王国で指名手配されてる身ですし、そう何度もここに来ることはできないかなって」


 ラビがそう言うと、ヨハンは呆れたように「ふん」と鼻を鳴らして答えた。


「そんなこと気にするな。お前さんがまた来たいと思えばいつでもここへ来ればいい。……奴も、たまには娘の顔を見ないと寂しがるだろうからな」


 そう言って、ヨハンは持っていた花束をシェイムズの墓の上にそっと置いた。


 その様子を見ていたラビが、少し躊躇いながらもヨハンに尋ねる。


「あの……ヨハンさんは、お父様が小さい頃からの親友だったのですよね?」


 ヨハンは、黙ったままラビの方に顔を向けた。


「……私のお父様は、幼い頃、どんな人だったのですか?」


 そう尋ねられたヨハンは、シェィムズの名が刻まれた墓に目を落としながら少し沈黙した後、こう答えた。


「お前さんに似て、どんな危険な場所にも考え無しに飛び込んでいくような無茶な奴だった。俺が止めるよう何度言っても聞かなくてね。それでよく失敗したし、何度も痛い目を見た。……最初アイツに出会った時は、とんだ疫病神と出会っちまったと後悔したくらいさ」


 そう言って、ヨハンは当時を思い返しながら口元に笑みを浮かべた。


「……だが、奴のそんな向こう見ずな性格のおかげで、俺たちは随分と打たれ強くなった。ちっとやそっとのことがあっても泣かなくなったし、世間の冷たい風も軽く受け流せるようになった。そうして気付けば、奴と俺は掛け替えのない仲間として共に成長していったのさ」


 ヨハンはそう言って、被っていた帽子を取った。ヨハンは顎だけでなく髪も、深い群青の蒼で染まっていた。


「俺はガキの頃から孤独が好きだった。大勢の仲間と戯れるってのは、どうも俺の性には合わなかったんだ。……だがシェイムズとは、これからもずっと一緒にやって行けると思った。――それで、俺は誘ったんだ。『俺と一緒に海賊をやらないか?』ってね」


 ヨハンの言葉に、ラビは驚いて目を見開く。


「だが断られたよ。『僕には、どうしても守らなきゃいけないものができたんだ』なんてカッコ付けやがって。……それがお前さんの母親さ。奴はその時から既に愛人を持っていて、彼女と生涯を共にすると誓っていたのさ。だから、奴は俺と危険な海賊をやるよりも、彼女と幸せな家庭を作る方を選んだ。俺は『自由』を、奴は『家族』を。俺たちはそれぞれ違う道を選んだのさ。

 ……そして、今の俺は海賊共を束ねるリーダー、シェイムズはロシュール王国の貴族諸侯に成り上がった。お互い正反対の立場にはなっちまったが、奴との友情は今でも変わらない。奴は俺の、たった一人の友人であり恩人だ」


 そこまで言うと、ヨハンはラビの方に向き直り、深く頭を下げた。


「今回起きた事件の一番の戦犯は、俺たち八選羅針会だ。俺が不甲斐ないばかりに、メンバーの一人が起こした身勝手な行動のせいで、お前さんにまで辛い思いをさせてしまった……本当に、すまなかった」


 泣く子も黙る海賊の長が、突然目の前でそう謝罪してきて、ラビは「えっ、いや、私はあの、その……」とあたふたしてしまう。


「か、顔を上げてください! ……私は、八選羅針会には感謝してもしきれない思いなんです。無敵艦隊アルマーダとの戦いの時だって、ヨハンさんたちの助けが無かったら勝てなかったかもしれないし、メンバーの皆さんもとても優秀で、カッコいい方たちばかりでした! 私も見習いたいくらいです!」


 興奮して鼻息荒くするラビ。そんな彼女を見て、ヨハンは少しばかり意表を突かれたような表情を見せていたが、やがてフッと笑みを溢し、再び帽子を被り直す。


「……やれやれ。まったく……お前さんの娘は大したもんだぜ、兄弟」

「えっ?」


 言葉の意味が分からず、首を傾げるラビに向かって、ヨハンはこう言葉を続けた。


「――ひとつ、俺からお前さんに提案がある。……今、八選羅針会のテーブルには一つだけ()()があってね。その席は数年前からずっと空いたままだったんだが……もし良ければ、お前さんも加わってみないか? 俺たち、八選羅針会に」


 八選羅針会――世界中から伝説とうたわれる海賊たち。そのリーダーであるヨハンから直々にスカウトを受けたラビは、蒼い目をキラキラと輝かせた。


「そ、それはつまり……私も伝説の海賊の一人としてあなた達と活動を共にできる――ということですか?」

「ああそうだ。お前さんには父親譲りの才能がある。父親を誘った時にはフラれちまったが、娘であるお前さんにも、もう一度勧誘してみようと思ってな」


 そう言って、ニッと笑みを浮かべてみせるヨハン。


 ラビにとって、自身の憧れでもあった「伝説の女海賊」になるという夢。

 その「伝説」の称号を与えても良いと言われて、ラビの答えは一択しかなかった。


「………分かりました。私、八選羅針会のメンバーになります!」

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