第177話 戦いの後始末はきちんとやりましょう
ヴィクターとの闘いにケリが付いたその頃――
デスライクード号の船尾楼甲板では、ライルランド男爵が船を捨てて逃げようと、慌てて救命ボートの準備をしていた。
「……ええい、まさかこんな結末になるとは……全てヴィクターの能無しが私の計画を台無しにしたせいだ! この事は国王に報告して即刻に成敗してくれるわっ! 奴がラビリスタの相手をしている隙に、こんな船とっとと……」
ぶつぶつと文句を垂れながら、ボートを固定している縄を解こうと必死になる男爵。
「――お忙しそうですね、男爵。私たちもお手伝いしましょうか?」
そこへ、複数の人影がライルランド男爵の背中に伸びていき、男爵はビクリと肩を震わせて背後を振り返る。
――そこには、風を受け蒼い髪を翻したラビが、剣を手にライルランド男爵の前に立っていた。
そして彼女の後ろには弓を携えたニーナ、銃を構えるポーラ、そして鋭い牙を剥き出したクロムが控えていて、その背後にはさらに多くの海賊たちが男爵の前に集っていた。
彼らの持つ武器の矛先は全て男爵に向けられ、男爵は「ひいっ……」と情けない声を上げてその場に尻もちを付く。
「なっ、なぜ貴様がここに……ヴィクターに倒されたのではなかったのか?」
「ヴィクターさんでしたら、船倉で泡を吹いて倒れています。命に別状はありませんよ」
そう言って、ラビは持っていた剣の先を男爵の目先へ向ける。
「ライルランド男爵、無敵艦隊の旗艦であるこの船は、私たちラビリスタ海賊団が完全に制圧しました。残された艦隊も、統率を失って退却を始めています。大人しく投降してください。そうすれば、命までは奪いません」
再度降伏勧告を告げられ、男爵は悔しさのあまり血が滲むほどに唇を噛み締めていた。
……が、やがて脱力してがくりと項垂れると――
「………分かった。負けを認める」
この一言で、無敵艦隊との決戦は、俺たち海賊の白星が確定となったのだった。
「……だが、戦いに勝っても、王国は貴様ら野蛮な海賊共を絶対に許しはしない。今に国王が貴様ら全員を捕えて、一人残らず絞首刑に処すだろう!」
けれど、男爵は負けを認めても相変わらず減らず口だけは健在な様子。これが負け犬の遠吠えってやつか。まったく諦めの悪い奴だ。
俺が呆れていると、ラビが男爵に向かって、毅然な態度でこう言い放った。
「それは違います。今回の戦いで裁かれるのは私たちではなく、あなたです。ライルランド男爵」
「なんだと……」
眉を歪める男爵に、ラビはこう言葉を続ける。
「今回の戦いで、あなた方王国艦隊は私たち海賊に敗れました。負けた側は、勝利した側の要望を聞き入れる義務があるはずです。私は王国に出向いて、国王との面会を申し入れます。私はそこで、王国で起きた『レウィナス侵攻』の事実を全てを話し、罪を犯した者に然るべき裁きが下るようお願いするつもりです」
「馬鹿な! 海賊の意見など誰が聞き入れるものか!」
「王立飛空軍の要である無敵艦隊を失った王国は今、丸裸も同然の状態です。そこへ完全武装した私たち海賊艦隊が王都に入るとどうなるでしょう? 戦いになったところで、勝敗は火を見るより明らかです。聡明な国王であれば、王都で無謀な戦いをして無駄な血を流すよりも、誰も犠牲を出さずに無血開城をする方を選ぶはずです。違いますか?」
「ぐっ………」
正論を突き付けられ、言葉を詰まらせるライルランド男爵。これで王国に真実が知れ渡れば、ライルランドは大公や男爵の地位もはく奪され、国民からも反感を買って王国諸侯の椅子から引きずり下ろされるだろう。地位や名誉欲しさにレウィナス一族に手を出した報いだ。
『……だがラビ。レウィナス侵攻事件には国王も一枚噛んでいたんだよな。しかもライルランド側に味方して影で奴を支援していた。そんな国王に直談判したところで、相手が俺たちの意見を素直に聞き入れてくれると思うか?』
俺はラビにそう尋ねる。あの侵攻事件には、国王直属の近衛兵たちもライルランドに加勢をしていたと聞く。言わば国王も、ラビの両親殺しに加担していた一人なのだ。
「……正直、国王が私たちの要求を全て飲んでくれるとは思っていません。国王含めた貴族たちは、私のお父様のことをよく思っていない人が大半でした。だからあの侵攻事件も周りから黙認されてしまっていたのだと思います。今の王国に、私たちの味方をする者は誰も居ないです。……でも、私たちにだって王国に意見する権利があるはずだし、王国側もそれを聞き入れる義務があるはずです。国王であればその点も弁えてくれているはずです。だから私は、国王と話し合いに行きます!」
ラビがそう決意して声を上げた時……
クルーエル・ラビ号の隣に、一隻の海賊船が横付けして、そこから一人の男が俺の甲板へ乗り移ってきた。
その男は、燃えるように赤い羽で飾った黒い帽子で目元を隠し、顎に青い髭を蓄えていた。
「王国へ出向くのなら、俺たちも同行しよう。俺たちだって共に戦ったんだ。国王に文句の一つくらい垂れる権利はあるだろう?」
そう言って、伝説の海賊「八選羅針会」のリーダー――青髭ことヨハン・G・ザヴィアスが、ニヤリと笑みを浮かべた。