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第173話 復讐に囚われ続ける男

 仲間たちの援護を受けながら、ラビはとうとうデスライクード号の船尾楼へやって来た。


 帆船は基本、船長やその副官などの指揮官クラスの居住部屋が船尾楼に密集しているような造りになっている。指揮する際も、最も高さがある船尾楼甲板からであれば、船全体の状況を見通し、効率良く指示を出すことができる。


 だからライルランドも、俺たちを散々コケにした憎きヴィクターの野郎も、指揮官であれば船尾楼甲板のどこかに居るはずだ。


「師匠、あれ!」


 ラビが指差した先に、豪奢な衣装をまとった王族らしき男が一人、甲板の上に倒れていた。


 どうやらクルーエル・ラビ号が体当たりした際、衝撃で倒れた拍子に頭を打ってしまったらしい。頭部を押さえて唸りながら顔を上げたその男は、ラビと目を合わせた途端に顔を青くして凍り付いた。


「なっ! ラビリスタ! き、貴様よくも……」

「ライルランド男爵――」


 ラビは反射的に、持っていた短剣をギュッと強く握り締めた。


 ラビの両親を奪い、彼女を奴隷に貶めた張本人が目の前に居る。自分の地位と名誉だけのために、同国の貴族であったラビの父親と母親を殺すよう命じた男。しかも汚れ仕事は全て他人に押し付け、自分は手を汚すこともなく椅子にふんぞり返っているだけで昇進したクソ野郎だ。


「ちっ、忌々しい小娘が。元貴族である貴様が海賊と手を組んで復讐を果たしたつもりか! 貴様は王国の名を汚し、国王に背いた裏切者だ! 亡きシェイムズもさぞかし遺憾に思っていることだろうな!」


 こいつ、自分のやったことは棚に上げておいて何をペラペラと……


 もし俺が人間だったなら、今すぐにでもコイツの首を跳ねていたところだが……


 しかし、ラビは違った。


「――ライルランド男爵、私は両親を殺された復讐を果たしにここへ来た訳ではありません」

「なんだと……」


 ラビは男爵を前に、きっぱりとそう言い放つ。


「私たちは、あなた方王族に囚われ、利用されてきたエルフたちを解放するため。そして新たな世界戦争の火種となる『無敵艦隊アルマーダ』を破壊するために来たのです」


 ――復讐を理由にした破壊からは、何も生まれない。ただそこに残るのは、悲しみと怒り……そして更なる復讐へと繋がる伏線だけ。


 かつて両親を失い、そのトラウマに苦しみながらも自らの力で過去を払拭したラビは、その言葉の意味を痛いほどよく理解していた。


「命が惜しいのであれば、今すぐ投降してください。これ以上、あなた個人の感情で多くの者の無駄な血を流させないでください」


 抜いた短剣をライルランドに突き付け、ラビはそう通告する。男爵はぐっと唇を噛み締め、背後へ引き下がった。


 その時――


「……まったく、君の言う綺麗事は聞くに堪えないねぇ」

「――っ!?」


 突然声がしたことに驚く。

 迂闊うかつだった。ライルランドと対峙している間、()()()()()()()が、いつの間にかラビの背後を取ってしまっていたことに、俺たちは気付けなかった。


 ザシュッ!


 刹那、閃く剣光が斜めに走り、ラビは真横に吹き飛ばされる。


「あぐっ!」


 ラビは近くにあったミズンマストに体を打ち付け、床に転がり込んだ。俺はすかさずラビの名を呼んだが、返事は無い。


 よく見ると、彼女の脇腹辺りが赤く染まっていた。怪我をしたのか!


「本当に、本当に……その説教染みた口調は、何度聞かされても反吐へどが出そうだよ」


 倒れたラビを見下すように伸びる影。そして、この相手を小馬鹿にしたような声は――


 ヴィクター・トレボック……


 ラビの前に立つヴィクターは、眉間にしわを寄せ、禍々しい眼光を湛えてラビを睨み付けていた。その手には、刃先がうねうねと波打つ独特の形をした長剣が握られており、そこから赤い血が滴っていた。

 あの野郎、あの大剣でラビを……


「私は、君の父親(シェイムズ)に戦で負け、全てを奪われた。それからというもの、ずっと貴様の父親への復讐のことだけを考えて生きてきた。レウィナス侵攻の時、ようやく奴に仕返しするチャンスが巡ってきた私は、迷うことなく奴を殺して復讐を果たしてやった……そのはずだった」


 ヴィクターは倒れたラビに歩み寄ると、怪我している彼女の胸ぐらをつかんで引き寄せる。怪我をした腹部に痛みが走るのか、ラビは顔をしかめてぐっと歯を食いしばった。


「ところが、だ。復讐を果たしても、私は満足できなかった。それどころか、憎悪は更に募る一方で、留まるところを知らない。くっくっ………まったく、ラビリスタ君の言う通りだったよ。人は一度復讐に手を染めれば、終わることのない負の輪廻りんねに囚われてしまうらしい。私もその囚人の一人だったという訳だ」


 ヴィクターの狂気に満ちた目に、一瞬だけ悲しい眼光が走った。彼は自嘲するように肩を震わせて歪んだ笑みをラビに向けると、彼女をつかんだまま立ち上がる。


「……だから、私は決めたのだ。私を復讐の鬼に変えた元凶であるシェイムズ――その彼唯一の血筋である君を、私と同じ負の輪廻に引きずり落してやると! 君のその蒼く透き通るように綺麗な瞳を、この手で汚し歪めてやる!! さぁ、私と共に負の輪廻へ堕ちようではないか、ラビリスタ君っ!!」


 ――コイツ、完全に頭がイッてやがる。

 俺はヴィクターの放つ言葉に呆れて返す言葉もなかった。これじゃあ、ラビは完全にとばっちりじゃないか。


 首元をつかまれてしまったラビは、地面から離れた脚をバタバタさせて必死に抵抗するも、力の差があり過ぎて、これでは戦いにもならない。


「ぐうぅっ……し、師匠………」

『分かってる! こっちだってこのヤニ臭いイカレたクソ野郎を倒す方法を必死で考えてんだよ!』


 しかし、ペンダントに意志転移した今の姿のままでは、俺もロクな手助けができない。いったん俺本体(クルーエル・ラビ)に戻らないと……


『ラビ! どうにかして奴の手から逃れるんだ! そうしたら船縁まで一気に走れ! その間、腹の怪我のことは忘れろっ!』


 大怪我してるラビに向かって、こんな無茶苦茶な要求を押し付けるのは鬼畜の所業であることくらい重々承知の上だ。しかし、今はこれしか方法がない。


 ラビは、そんな俺の無茶な提案を聞き入れたのか、小さく頷くと、キッとヴィクターを睨み付け、掴んでいる手に思いっきり噛み付いた。


「ぐあぁっ! この小悪魔がっ!」


 手を離され、ラビは床に転がると、そのまま振り返りもせずに一目散に船縁へ駆け出した。後ろから怒り狂ったヴィクターが追い掛けてきたが、奴の手が届く前に、ラビは船縁に脚を掛けていた。


『跳べっ! 接弦しているクルーエル・ラビ号の甲板に乗り移るんだ! 俺の念動スキルで受け止めてやる。だから信じろ!』


 ラビは船縁に脚を掛けた際、少し戸惑うような表情を見せる。

 けれども、押し寄せる恐怖を払い、ラビは俺の言葉を信じて、力一杯に脚を蹴り上げて跳んだ。

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