第172話 後は任せて先に行け!
「おっ、調子乗ってきたねラビっち!」
ラビとニーナは互いの背中を合わせ、ラビは剣を、ニーナは弓を構えた。
いつの間にか二人の四方から敵が迫り、ラビとニーナを取り囲んでいた。殺気立つ男たちを前に、二人が飛び掛かろうとした、その時――
「お嬢様、伏せてください」
突然、二人の間へ割り込むように近衛メイド隊長のポーラが転移する。彼女は両腰に下げていた拳銃を引き抜くと、左右に構えたままクルリと身を翻し、続けざまに撃ち放った。
パンパンパンパンッ!
ふわりと舞い上がるメイド服のスカート。ポーラの周りに居た敵は銃弾を受け、脳天に真っ赤な花を咲かせて倒れた。
瞬く間に床が血塗られてゆく中で、ポーラはクルクルと可憐な舞を踊り続け……
そして、弾倉が空になるまで撃ち尽くすと、彼女はピタリと体の回転を止め、両手に握った白煙の立ち登る銃を下ろした。ポーラの佇む周囲にはいくつもの死体が転がり、彼女の足元ではラビとポーラが頭を抱えたまま、その場でうずくまっていた。
「お怪我はありませんか? お嬢様」
ポーラは拳銃をクルクルっと指でスピンさせて腰のホルスターに収めると、足元にうずくまっていたラビに手を差し伸べる。
「ポーラさんいつの間に……でも、助かりました」
ラビは彼女の手を取り立ち上がる。
「ねぇちょっと! 勝手に私の獲物を取らないでくれる? せっかく体が温まってきたところなのに、興冷めなんですけど~」
そこへ、いきなり割り込まれたことが気に食わなかったニーナが、プンプンしながらポーラに噛み付いてきた。
「強がりは止めてください。あれはどう考えても、四方を敵に囲まれて絶体絶命の状況にしか見えませんでした。お嬢様も傍に居るのですから、しっかり守って頂かなくては困ります」
「はぁ? ラビっちはもう十分一人で戦えるっつーの。守るのはアンタの役目でしょうが、この貧乳メイドっ!」
ピクッ、とポーラの眉が引きつった。
「……良いでしょう。折角なので、今ここで口うるさい牛乳エルフとも決着を付けておきましょうか?」
「おう何? 喧嘩売ってんなら、この矢が尽きるまで買ってやるけど?」
そう言って、背中の矢筒から矢を一本取り出し弓に添えるニーナ。ポーラもすかさず素早い手付きで銃弾をリロードする。
向かい合う二人。双方の鋭い目線がぶつかり合い、重い空気が周囲を包み込んだ。
「あ、あの、二人とも喧嘩なんかしてる場合じゃ……」
ラビがそう言うが早いか、二人は同時に武器を取り――
タァン! シュッ!
ポーラの放った銃弾とニーナの放った一矢が、互いの頰をかすめる。
――倒れたのは、ニーナでもなくポーラでもなく、二人の背後に迫っていた敵影だった。
「背後がガラ空き。相変わらず詰めが甘いですね」
「ふん、その言葉そっくりそのままアンタに返すよ。こちとらワザとアンタのために一人残してやってたのに、冷たいこと言うじゃん」
「余計なお世話です」
二人は言葉を交わしながらも、襲い来る敵たちを次々と射抜き、撃ち払ってゆく。その連携の取れた動きは、先ほどまでいがみ合っていた様子が嘘であるかのように息ピッタリだった。
「お嬢様、ここは私たちに任せて、早く先へ!」
「敵の頭を討つのは船長の仕事でしょ! 頼んだわよラビっち!」
二人から敵船長のもとへ向かうよう託されたラビは、こくりと頷いて船尾の方へ駆け出した。
だが、敵側もそう簡単に自分たちの船長の居る場所へ通そうとは思っていない。船尾へ続く階段前には、まだ残存する敵たちが守りを固めていた。あれだけの数、とてもラビ一人だけでは相手できないだろう。
けれども、ラビは動じることなく敵と向かい合ったまま、ピュッと口笛を吹いて叫ぶ。
「クロムさ~ん! ここに美味しい餌がありますよ~!」
ラビがそう叫ぶや否や、彼女の背後から黒い影がヌッと現れ、ギサギサの白い歯がキラリと光った。
「餌、ホント? ガブッとやっていい?」
「はい、思いっきりやっちゃってください!」
「やった♡ じゃ、いただきま~~~す」
ラビの後ろから現れたシャチ顔のクロムを前に、敵たちは顔面蒼白になり、ひたすら持っていた銃を撃ち放つ。
しかし、頑丈なクロムの皮膚に銃弾など通用しない。抵抗も虚しく、迫るクロムの顎から逃れられずに、格好の餌食となった。
「ぎゃああああああっ!!」
「やめっ、うぎゃああああああっ!!」
ガブリと噛み付かれ、悲痛な悲鳴が響き渡る。可哀想な敵たちは、あっという間に四肢バラバラにされ、クロムの胃袋に収まっていった。
「……ごちそうさま」
骨の一片まで残さず平らげてしまったクロムは、血まみれの顔を上げてニコリと微笑む。
「お、お粗末さまでした……くれぐれも味方は食べないように気をつけてくださいね」
「うん、分かってる。ラビも気を付けてね」
乱闘騒ぎの中、健気に手を振るクロムに見送られ、ラビは再び、敵船長を討つべく駆け出した。