第170話 敵の本陣へ突入するぞ!
黒炎竜グレンと共に、戦場を駆け回り続けていたラビ。
俺たち海賊・エルフの連合軍側も被害は少なくなかったものの、それよりも無敵艦隊側の損害の方が何倍にも大きかった。五百隻居た艦隊も、みるみる数を減らしていき、残る船はフリゲート艦を合わせて五十隻程度。
しかしこちらが優勢であるとはいえ、こう長く戦闘経過が長引けば損害も拡大してゆく一方だ。早いとこ敵の心臓部《旗艦》を叩かないと……
そう思った俺は、ラビに尋ねる。
『おいラビ。敵の旗艦は何処に居るか、分かるか?』
「はい! 今、確認してます………あっ、あそこです!!」
ラビの指差した先、敵戦艦十数隻から成る艦隊中央に、黒い鱗で覆われた超弩級大型戦列艦デスライクード号の姿が見えた。前方には機雷源があり、後方ではヨハン率いる八選羅針会の海賊艦隊が後退しようとする敵艦隊を押し留めているおかげで、八方塞がりの状態に陥っていた。突くなら今しかない!
「強行突破して、あの船に乗り込みましょう! ポーラさんっ!」
「呼ばれずとも、お嬢様の傍に控えております!」
ラビの背後からポーラの声が飛ぶ。振り返ると、ラビを乗せて飛んでいたグレンの後方から、海賊旗を掲げたクルーエル・ラビ号がぴったりと付いて来ていた。
ラビはグレンをクルーエル・ラビ号の横に付けると、グレンはゆっくりと首を甲板の上まで伸ばして、背中に乗っていたラビとサラを船尾楼甲板の上に降ろしてやった。
「ありがとうグレンちゃん、ここまで大変だったでしょう? 休まなくて大丈夫?」
「ううん、大丈夫……しっかり船の後に付いて行くから」
グレンはそう言って、再び飛び立ってゆく。
「お~~~~い! 私たちも居るぜ~~~! 忘れんなよ~~~~っ!」
すると、クルーエル・ラビ号の隣に、ニーナの指揮する海賊船カムチャッカ・インフェルノ号がやって来た。甲板の上では、ニーナが飛び跳ねながらこちらに向かって大きく手を振っている。
「ニーナさん! 自分の船に戻れたんですか?」
「アクバのジジイが持って来てくれたんだ! これで私も船長復帰ってね! いぇ~~~い!」
ウインクしてピースするニーナの背後で、背の小さなアクバのジジイも、ヤニで茶色くなった歯を剥き出してこちらにピースサインを送っていた。
『やれやれ、頼れる副長を取られちまったが、大丈夫そうか?』
「平気です師匠。それに、二隻もあれば戦力も二倍ですから! このまま敵旗艦に突撃しましょう!」
『よしきた!』
俺はラビの首に付けたペンダントから自分の本体に意志転移させ、船の状態を確認する。
『蓄積魔力は十分、破損個所も幾つかあるが自動修復でじきに全回復する。弾薬と砲弾も通常弾しかないが、まだ残ってる。行けそうだぜ、ラビ』
ラビはこくりと頷き、後甲板に降りて舵を握った。
しかし、ここでポーラがラビに進言する。
「ラビリスタお嬢様、攻撃を受けた際に負傷した者が多く、砲手が足りていません。弾薬は残っていても人員不足では、この船の誇る火力も満足に発揮できないかと――」
負傷者たちはニーナが回復魔術を使って全員を治療したものの、完全に体力が戻るまで休息を取らせる必要があるという。そのせいで、砲手が足りていないのである。せっかく大砲も全て使えるまで復元したというのに、装填する人員が居なければただの飾りも同然だ。
『………いや、待てよ』
俺は考える。……そう言えば、こんな時のためにとある裏ワザを用意していなかったっけか?
『――ラビ、その件は俺に任せろ。いい考えがある』
「えっ?」
『いいから! 攻撃するチャンスは今しかないぞ!』
「は、はいっ!」
ラビは前に向き直ると、片腕を突き出して叫んだ。
「全艦、突撃っ!」
クルーエル・ラビ号とカムチャッカ・インフェルノ号の二隻は、敵旗艦を目指して前進を始める。俺たちの進行を食い止めようと、周りに居た戦列艦が防御陣形を築いてくるが、構わず突き進んでゆく。
――さて、じゃあこの辺でとっておきの秘策を出すとするか!
俺は上砲列甲板と下砲列甲板に目を移した。
確かにポーラの言う通り、砲手が手薄なせいでまだ手の付けられていない大砲が多く残されたままだ。
俺はそれら手空きの大砲全てに、ポーラから貰い受けた「瞬間転移」スキルを使って、装薬と砲弾、導火線をまとめて砲身の中へ転移させた。
そして、「念動」スキルで砲台を前へ押し出し、「射線可視」を使って敵艦に狙いを定める。誰も居ないのに勝手に動き出す大砲を見て、装填準備を進めていた砲手たちも目を丸くして驚いていた。
「師匠、敵護衛艦が来ます! 砲撃準備は?」
『いつでも!』
――そう、これは前回、大砲の装填時間を短縮させるため、従来の装填手順に魔術を取り入れて、人員が無くとも大砲を撃てるように俺が考え出した方法だった。
前回はまだ転移スキルを獲得していなかったからポーラの手助けが必要だったが、転移魔術を手にした今なら、誰の助けを借りずとも砲撃できるはずだ!
両舷を敵護衛艦が高速で通過してゆく。双方が完全に横並びになる一瞬のタイミングを、ラビは逃さなかった。
「撃てっ!」
ラビの合図に合わせて、俺は大砲の引き金を引いた。轟く砲声が甲板を震わせ、大砲が後ろへ跳ね退く。
放たれた数十発の砲弾は、敵護衛艦に霰のように降り注ぎ、甲板に張られた索具やロープ、縄梯子を片っ端から吹き飛ばした。
こちらも何発か被弾したが、すぐにユニークスキル「自動修復」が働いて、破損箇所がみるみるうちに塞がってゆく。おかげで損傷は軽微だ。
俺はすぐさま「風生成」を唱えて、撃ち終わった大砲全ての砲身に溜まった煤や火種を取り除いた。そして再び装薬と砲弾を転移魔術で移し替えて――
と、一連の動作をやろうとした時、俺の脳内に例の声が響いてきた。
【ユニークスキル「自動砲撃支援:Lv1」が解放されました】
また何か新しいスキルが使えるようになったらしい。俺はすかさず、獲得したスキルの内容を確認してみる。
【自動砲撃支援:風魔術・瞬間転移・念動・射線可視スキルを組み合わせることにより獲得可能。弾薬と砲弾の装填から砲台の移動、照準から砲撃までの流れをまとめて自動管理することが可能】
どうやら、特定のスキルを合わせ技で使うことにより、新しいスキルを開放させることができたらしい。手間暇かかる砲撃の手順を自動化してくれるスキルなんて、これはまた都合のいいタイミングで開放してくれたな!
俺は早速、獲得したユニークスキル「自動砲撃支援」を使ってみた。
すると、いちいち転移や念動スキルを個別に唱えなくても、大砲がひとりでに射撃準備を進めてゆく。
そうして、準備の整った大砲から順々に火を噴いていった。
これには俺もたまげた。まだLv1だからか、一発撃ち終えて次に装填を終えるまでの時間は約一分ほどかかってはいるものの、砲手が手作業でやる装填作業と比べれば、半分の時間に短縮できている。これだけの火力があれば、残る艦隊とだって十分に張り合えるはずだ!
間髪を入れずに飛んで来る砲撃の雨に晒されてゆく敵護衛艦隊。あちら側が一発装填する間に、こちらは二発の砲弾を撃ち込むことができた。おかげで敵戦列艦の船体は穴だらけになり、マストは全て吹き飛ばされ、航行不能となって沈黙した。
「師匠っ!」
『俺なら平気だ! そのまま中央に突っ込め!』
俺ことクルーエル・ラビ号は、旗艦デスライクード号の周りを固める護衛艦隊をやり過ごしつつ、速度を緩めることなく突撃した。グレンと同じ世界最強ドラゴンである黒炎竜の鱗で覆われたあの巨艦は、砲撃を含めありとあらゆる物理攻撃を一切跳ね返すチート級の化け物戦艦だ。
だが、どんな船にも弱点はある。狙うは一点のみ――
「ラビっ! 反転百八十度! 奴の船尾に回り込め!」
「はいっ!」
ラビが舵を思いっきりブン回す。クルーエル・ラビ号は船体をギシギシ言わせながら大きく旋回し、デスライクード号の背後に付けた。
船尾楼――それは帆船のケツであり、船の中で最ももろいとされている場所だ。その証拠に、デスライクード号も船尾だけは黒い鱗が張られておらず、無防備にも板と窓ガラスで仕切られた簡素な構造になっていた。
『あそこだ! ラビ、船尾に集中攻撃っ!』
「はい! 全砲門、撃てっ!」
右舷砲列が一斉に火を噴き、放たれた砲弾がデスライクード号の剥き出しの船尾楼を突き破った。砲弾はそのまま放列甲板を縦に貫通し、甲板に並んでいた大砲を乗組員ごと次々と薙ぎ倒していった。
敵の砲手たちは悲鳴を上げる間もなく砲弾の餌食となり、四肢を吹き飛ばされ即死した。全身を鎧で覆われ、無敵と謳われていた最強の戦艦も、内部からの攻撃は防ぎようが無く、致命的な打撃を与えることとなった。
俺は帆を操って風を捉え、素早く船をデスライクード号の真横へ滑り込ませる。……よし、ここからは最後の仕上げといこうか。
『ラビ、乗り込む前に甲板上に居る乗組員たちをできるだけ多く排除してくれ!』
「了解です! ポーラさん、マスト上に居る狙撃手に指示を!」
ラビの指示を聞いたポーラはこくりと頷き、マストの上で待機している近衛メイド隊の狙撃手たちに向かって腕を大きく振り下ろした。
パン! パンパン! パパパン!
ポーラの射撃合図で、マストの鐘楼に待機していた白熊族のメイドたちが、持っていたライフルを構えて敵甲板に向け一斉に銃弾を撃ち込んだ。敵甲板上では多くの者が肩や頭を撃ち抜かれ、もんどりを打って倒れてゆく。
『次弾装填、次に狙うは敵の砲門だ!』
どんなに鎧で固めた頑丈な船でも、大砲を撃つための砲門を設けなければ、攻撃はできない。しかしその砲門は同時に、鎧に覆われていない弱点部分にもなる訳だ。
俺はデスライクード号に横付けされる瞬間を狙い、大砲の照準を敵艦の砲門へ合わせ、一斉に引き金を引いた。
あちら側が装填作業でモタついている間に、こちらは自動装填された大砲が次々に火を噴き、敵の大砲をぶち壊していった。