第168話 戦場でのひとコマ② ~久々にまた船長、やってみる?~◆
ラビとグレンたちから離れて、一人戦場の中を飛び回っていたニーナ。
ニーナの後ろからは、二層の砲列甲板を持つ無敵艦隊の戦列艦が迫って来ていた。
「あぁもう、しつっこい奴ら! いい加減ウザイんですけどっ!」
ニーナはひたすら逃げ続けていたが、乗っていたクリーパードラゴンも体力が限界らしく、徐々にスピードが落ちてきている。
これでは、追い付かれるのも時間の問題……
そう思っていた、次の瞬間――
突然ニーナの目の前に船影が横切り、誰かの叫ぶ声が聞こえた。
「おいクソアマ! 邪魔だ、そこを退けっ!」
ニーナは反射的にクリーパードラゴンを繋いでいた手綱を引き、急旋回してその場から離れる。
刹那、空気を震わせる砲声が響き、放たれた砲弾がパパパッと花火のように弾けた。追って来ていた敵戦列艦は、砲弾が弾けたことによる火の粉を船首から被ってしまい、炎に包まれ瞬く間に火達磨となって沈んでいった。
ニーナは、自分のことを「クソアマ」と呼ぶような奴を、一人しか知らなかった。
「その声はまさか……アクバんとこのジジイ!?」
「ジジイ言うな、このクソアマ!」
突如ニーナの前に現れた船の上に立っていたのは、ルルの港町で万屋アクバを営んでいたドワーフ族のジジイ、アクバ・マンセルだった。
そして、アクバの乗り込んでいた船は……
「あ! これって私の船じゃん!」
ニーナの持ち船であり、世界最速を誇る海賊船「カムチャッカ・インフェルノ」号だった。
「ったく、船長でもあるお前が、自分の船にも乗らずにどうやって戦おうってんだ? この船もずっとドックに入れられたまま退屈そうにしてたもんでな。こうしてわざわざ持って来てやったんだぜ」
アクバはそう言って、カムチャッカ・インフェルノ号のマストを叩いた。
ニーナは船の甲板にクリーパードラゴンを着地させると、彼女がクルーエル・ラビ号で副長をしている間、留守番を任されていた仲間のエルフたちが、船長であるニーナに敬礼して迎えた。
「アンタたちまで来てたの!? 長い間放置しちゃってたから、もうとっくに逃げ出してるかと思ってたのに……」
「そんなことはありません! 船長の命とあれば、船長が戻られるまで船を守るのが我々の役目ですから!」
待機組のエルフの一人が、ニーナにそう言葉を返した。
「やれやれ、まったくテメェは信頼の厚い乗組員に囲まれて幸せだな。俺なら留守番なんざほったらかして即行で逃げ出してるぜ」
頭に被ったヨレヨレのマリンキャップを深く被り直しながら、呆れたように溜め息を吐くアクバ。
「あ~……そういえば、ラビっちの副長を任されてから、最近ずっとカムちゃん号に乗ってなかったからなぁ。もう自分の船があることすら忘れちゃってたもん」
ニーナはそう言って、えへへ……とはにかみを浮かべた。
「世界最速の船を手放すにゃ勿体無さ過ぎるぜ。まぁ、長い間船長の座をご無沙汰してたってのなら、たまには戻ってみたらどうだ? ニーナ船長さんよ」
アクバにそう言われ、ニーナは驚いた顔をする。
「あれれぇ? いつもぶっきらぼうな口の利き方しかしないジジイが、今日はやけに優しいじゃん。明日は雪かも?」
「何言ってんだ阿呆が。お前の船も大分ガタがきてたからな。俺の方で色々と修理をしておいてやったのさ。おかげで船の性能は一通り上がってるはずだぜ」
「えっ、マジで⁉︎ チョ〜ありがたいんですけど!」
「その代わり、修理代はきっちり払ってもらうからな。ツケは無しだぜ」
そうアクバから釘を刺されてしまい、「ちぇ〜っ、何だよケチ!」と膨れっ面をするニーナ。
「ほら、喚いてるヒマがあったら前を向け。また敵が来やがるぜ。自分の船が戻ったからって、ビビってトンズラこくんじゃねぇぞクソアマ」
「うっせぇクソジジイ! この船に居るってことは、アンタも私の乗組員なんだから、しっかり働いてもらうからね!」
「……やれやれ、年寄りに向かって人使いが荒いのなんの」
二人はひとしきり罵り合った後、ニーナが乗組員たちに向かって叫ぶ。
「よっし! それじゃ、総員戦闘準備っ! 前進強速、よろ〜!」
「褐色の女神」こと、八選羅針会の一人であるニーナは、自分の船であるカムチャッカ・インフェルノ号と思わぬ再会を果たし、再び船長の座へ返り咲いたのだった。