第167話 戦場でのひとコマ① ~トリ・トリ・トリ!~◆
砲弾の飛び交う戦場の中を、無数の白い鳥が飛び交っていた。
八選羅針会メンバーの一人、鳥好きな海賊アスキン・バードマンの操作魔術により率いられた玩具の鳥たちは、その小さな体とすばしっこさを生かして、独自な戦いを繰り広げていた。ある鳥は仲間を守るための囮となり、ある鳥は浮遊地雷に突っ込んで敵もろとも巻き込んで自爆し、ある鳥は敵の指揮官の顔面にくちばしを突き立てて目潰しを食らわせた。
やっていることはまるで子どものイタズラのようではあるけれども、敵をかく乱させるにはかなりの効果を上げていた。
ただ、アスキンは自分が愛情を込めて作った玩具の鳥たちが犠牲になってゆくのを、涙無しには見ることができなかった。
「あぁ……さようなら、我が愛しのチャッターピジョン44号、49号、58号、61号、97号。そしてフーリッシュバード24号、33号、54号、102号……お前たちと会えなくなるのは辛いが、その雄々しき最期、しかと見届けたからな……うぅっ」
玩具の鳥の一羽に乗り移っていたアスキンは、自分の持ち船である「|ファット・ブラックバード《太っちょクロウタドリ》」号のメインマストの上に留まり、犠牲になった仲間たちに敬意を表するように、翼を前にやって頭を下げていた。
――と、その時……
シュッ!
小鳥の玩具に乗り移っていたアスキンの前を、凄い速さで何かが横切っていった。そのシルエットを見た途端、アスキンは驚いたように目を見開く。
「コケッ! ……あのシルエットは、まさか――いや、そんなはずは!」
慌ててその場を飛び立ち、過ぎ去っていった影の後を追いかけるアスキン。
――そして彼は、目撃した。
背中に鋼鉄の翼を生やし、戦場の中を自由自在に飛び回る、一人のエルフの姿を。
ガラガラピシャッ!!
その姿を見た途端、アスキンの脳内に雷が落ちた。
(そう、これだっ! これが私の夢だったのだ!!)
彼は思わずそう叫びたくなる衝動に駆られた。いつか、自分も鳥になって大空を駆け回りたい、そう願っていたアスキン。そのために彼はこれまで、空を飛ぶための研究に心血を注ぎ、いくつもの試作品を作り続けてきた。ある時は鳥の羽を寄せ集めて張り付けた手製の翼(※「アグリーダック」14号まで制作)を作ったり、ある時は手回し式のプロペラを頭に付けた機械(※「|ノイジー・ハミングバード《うるさいハチドリ》」23号まで制作)を作ったり、ある時は人が乗れる凧(※「ダイイング・ガル」57号まで制作)を作ったり……
しかし、そのどれも失敗に次ぐ失敗。もはや空を飛ぶという願いは叶わぬ夢なのかと思われていた。
そんな時に、彼は見たのだ。背中から翼を生やし、空をまるで鳥のように自由奔放に飛び回るエルフの姿を――
アスキンはそんな鳥になったエルフに近付き、声を上げた。
「おい、そこのエルフ! 君の背中に付けているその翼は何なのかね!?」
突然声がしたことに驚くそのエルフは、自分の肩の上に玩具の鳥が留まっていることに気付いて驚く。
「ん?…… お、おや。これはこれは、こ、言葉を話す小鳥が居るとは! これもまた新しいマジックアイテムの類なのかな?」
「おっと、驚かせてしまって申し訳ない。あなたの背中にある翼があまりにも美しかったもので。つい話しかけてしまった。私は八選羅針会の一人、アスキン・バードマン。あなたは?」
「わ、私はラディク・アルハと申します。しがないエルフのマジックアイテム研究者でしてね。あなたは私のマジックアイテム『鋼鉄の翼』を褒めてくださるのですか? それは嬉しい限りだなぁ」
そう言って照れるように頭を掻くラディク。一方のアスキンは「鋼鉄の翼」というマジックアイテムの名前を聞いて目を輝かせた。
「それはまたカッコ良くて素晴らしい名前ではないか! 私はあなたのように自由に空を飛ぶことが夢でしてね。色々と試行錯誤したものの、一度も成功しなかったのです。その夢を、あなたは見事に実現してみせた! これほどの偉業が他にあるかね!」
興奮して声を荒らげるアスキン。
「いやぁ、それほどでも。エレノアや子どもたちにもこの鋼鉄の翼を見せたのですが、呆れられるばかりでなかなか褒めてもらえなくて。……ですが、あなたのように認めてくれる人が居るなら、このマジックアイテムも作った甲斐があったというものです」
「おお、やはりあなたも色々と苦心されていたようで……いやはや、世の中なかなか思い通りにはいかないものですなぁ」
「ええ。確かにそうですが、それでも私の好きでやっていることですから。今やっていることに後悔なんて全くありませんよ」
そう言ってにっこりと笑って見せるラディク。
アスキンも、これまで何百もの空を飛ぶ試作品を作ってきた中で、一度も成功をしなかったとはいえ、これまでの努力を悔いることなど一度もなかった。
むしろ、今こうして意志を同じくする同志と出会えたことで、これまでの失敗などどうでも良くなるくらいに、アスキンは嬉しかった。
「……ラディク、と申したかな? もし良ければこの後、私と空を飛ぶ夢に付いて語り合うというのは――」
そこまで言いかけた時、遠くから飛んできた砲弾が、アスキンとラディクの間を高速で横切っていった。
「おっと! ……お、お誘いは嬉しいのですが、今はそれどころではなさそうです。と、とりあえずは、この戦いを収めてから、ゆっくりお話ししましょう。場所は私の家でも構わないかな? 家内に美味しいお茶を入れさせますから」
「おぉ、それは楽しみです。ぜひご一緒させてください! ピィピィピィ!」
アスキンはそう言って、元気よくラディクの肩から飛び立つ。
「それまで、どうかご無事で!」
「ええ。あ、あなたも気を付けてくださいね!」
こうして、二人は再び戦いの中に身を興じていくのだった――