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第165話 バトル・オブ・アルマーダ⑤◆

 砲弾の飛び交う戦場に、美しいピアノの旋律が鳴り響いていた。


 大砲が発射される音、弾が命中する音、マストが砕け散る音、被弾した船から聞こえる乗組員たちの悲鳴――


 それらあらゆる喧騒の全ては、白い船体に白銀の彫刻を施した海賊船「ドナ・リー」号の前では、全て一曲の音楽を完成させるための伴奏と化していた。


 ドナ・リー号の船尾甲板には、巨大なグランドピアノが置かれていた。その前で、白髪に眼鏡をかけた一人の男が、ピアノの鍵盤上で激しく指を踊らせている。


 彼――八選羅針会はっせんらしんかいの一人、「白銀のルベルト《スノーホワイト・ルベルト》」ことルベルト・フォン・パスカルは、今日も戦場の音に耳を傾け、音楽の創作に勤しんでいた。彼の耳に入る音は全て、彼の紡ぐ音楽の素材として取り込まれていった。止むことのない砲声は曲のテンポを合わせるリズムに。乗組員たちの上げる怒号や悲鳴はメロディに。そして、駆け抜ける風の音は曲と曲を繋ぐ間奏に。


「……あぁ、なんと素晴らしい響きだ! 今日は名曲が誕生しそうな予感がします。さぁ、我が楽員たちよ! 楽曲に色を添える砲声の輪舞曲ロンドを奏でるのです!」

「全門、撃てぇ――――――っ‼︎」


 ルベルトの合図で、ドナ・リー号両舷に並んだ大砲が一斉に火を吹いた。左右の敵艦に砲弾の雨が降り注ぎ、船体に穴が開き、甲板は瞬く間に血に染まって、反撃もできないまま轟音と共に崩れ落ちてゆく。


 ルベルトの演奏は、どんなに激しい砲火の中でも、決して止むことはなかった。彼にとって、この戦場は音楽堂であり、自分の音楽を披露する演奏会の場でもあったのだ。


 ひたすらピアノに指を走らせ、演奏に集中していたルベルト。


 しかし、ふと彼はその手を止め、顔を上げて空を見る。


 ルベルトの目に映ったのは、漆黒の鱗を持つドラゴンに乗り、追ってくる敵竜騎士(ドラゴンライダー)たちを翻弄してゆく、()()()()の姿だった。


「……ほう、なるほど。あの子がこの素晴らしい演奏会の場を用意してくれた張本人という訳か……」


 ルベルトはそう呟き、かけている丸眼鏡を指で押し上げた。まだ幼いながらも、海賊やエルフたちを先導し、勇猛果敢に戦いへ挑んでゆく姿は、まさに群衆を勝利へ導く女神そのもの。


 そして、漆黒のドラゴンを操り、敵を蹴散らしながら華麗に宙を舞うその姿は、さながら舞台に立ち、ワルツを踊るバレリーナのよう。


(おぉ、これは……なんと美しいのだろう!)


 ルベルトは目を輝かせた。そして同時に、彼の頭の中で自然と音楽が湧き上がり、戦場を舞い踊る彼女にぴったりな、躍動感のあるテーマが付け加えられてゆく。


 踊りと曲が脳内でシンクロし、パチパチと火花が弾けるような感覚に、ルベルトは酔いしれる。自分の思い描くイメージと現実とが、ぴったりと重なり合う瞬間だった。


「あぁ、そうだ……これだ! これぞ私の求めていた音楽だ! 素晴らしい(ブリリアント)っ! あの子が、私に新たな創造の扉を開かせてくれた! 彼女こそ、私を創造の境地へ連れて行ってくれる蒼い鳥なのだ!!」


 ついに理想の楽曲が出来上がり、歓喜のあまり思わず涙を流してしまうルベルト。


 と、その時――


「おりゃあああああああっ!!」


 唐突に叫び声が上がり、ドナ・リー号の背後へ回り込んで大砲の照準を定めようとしていた敵艦の一隻が、轟音を上げて真っ二つに裂けた。


 バリバリバリと音を立て、木っ端みじんに砕けてゆく敵の戦列艦。その残骸の中から、一隻の船が姿を現す。


 その船は、船体の周りがネジ止めされた鉄板で覆われ、船首からは鋼鉄製の砕氷用衝角(ラム)がサイの角のように突き出していた。


 そして、船尾楼には”リバーライズ”と船名が刻まれ、ミズンマストには、髑髏マークの描かれた海賊旗がはためいていた。


 ――海賊船「リバーライズ」号。八選羅針会の一人、「衝撃の紫豹ショッキング・パープル」ことグレゴール・ラウザの乗るこの頑丈な鉄製の船は、一層の砲列甲板、搭載砲二十門しかない小型船で、武装が少ない分、スリムな形をした船体は風をよく切り、少量の風でも勢いに乗って高速で移動することができた。


 そして、小型ゆえに小回りの利くこの船にとって、砕氷用衝角(ラム)はこの船最大の武器であり、どんなに巨大な戦列艦であれ、勢いを付けた体当たり攻撃により真っ二つにすることができた。


先ほど沈んでいった敵艦も、このリバーライズ号の体当たり攻撃を受けて全体を切り裂かれたのだった。武装で言えば明らかにあちらが倍以上の火力を誇るというのに、リバーライズ号の体当たり攻撃を前に、反撃する暇すら与えられず撃沈させられてしまった。


「おいおい、脇がガラ空きだぞルベルト。……まったく、お前は一度自分の世界に入ると周りも注意せずに突っ走っちまうから困るぜ」


 リバーライズ号の甲板の上で、筋肉質な太い腕を組み、ルベルトの方を睨むスキンヘッドの男――グレゴール・ラウザが、そう言って呆れたように溜め息を吐いた。


「ああ、グレゴール。……私は今、感動のあまり天に召してしまいそうなほど爽快な気分でしてね。ここまで創作意欲が刺激されたのは生まれて初めてです」


 ルベルトはそう言って、乱れた髪と衣服を整え、ズレた丸眼鏡を中指で押し上げた。


「我らがリーダーであるヨハンの言う通り、あの子には常軌を逸する類稀たぐいまれな才能があるようだ。作曲家コンポウザーであるこの私を、音楽の境地へ誘ってくれるとは……」

「音楽の境地? ……まぁ俺にはよく分からんが、お前がそれだけ感化させられたってことは、あの嬢ちゃん、タダ者じゃないみたいだな」


 グレゴールは、ヨハンの友人であるシェイムズの娘――ラビリスタに首ったけなルベルトを見て、顎に手をやり眉間にしわを寄せた。


「……なぁ、グレゴール。一つ頼みがあるんだが――」


 すると、唐突にルベルトがグレゴールに口を開く。


「私の頭の中にあるこの楽曲を、今この場で演奏してみたいのです。君には、この楽曲の最後を飾るトリを務めてほしい。最も曲の盛り上がる最後に、壮大グランディオーソなフィナーレを飾ってほしいのです」


 そう頼まれたグレゴールは、困ったようにスキンヘッドの頭へ手をやりながら唸った。


「いや、フィナーレって……俺がそんな音楽の才能があるような奴に見えるか?」

「グレゴールにしかできないから頼んでいるのですよ。あなたの持つその勇ましい()で、曲の最後に響き渡るシンバルを奏でてほしいのです」

「あぁ? 角って………あぁ、そういうことか」


 グレゴールはニヤリと笑い、ルベルトに親指を突き出して見せた。


「分かったぜ、相棒。お前の言うその()()()()()()なフィナーレってヤツを見せてやろうじゃねぇか」

壮大グランディオーソです。――では、張り切って参りましょうか」


 ルベルトはそう言って、再びピアノの前に座ると、丸眼鏡をクイと押し上げてから、鍵盤に指を乗せた。


「楽員諸君! これより私の楽曲は佳境に入ります! 最後まで攻撃の手を緩めず、向かい来る敵艦隊を押し留めるのです!」

「「「おぉ――――――っ‼︎」」」


 ルベルトの放った言葉に、乗組員たちが歓声を上げて答えた。


 ドナ・リー号とリバーライズ号は、敵艦隊目掛けて突撃を開始する。ルベルトは船が進み始めると同時にピアノへ指を走らせ、頭に描いた理想の曲を奏でてゆく。


 初めは大人しく緩やかな演奏から始まり、やがて波立つような抑揚と共にワルツのようなテンポに変わって進行してゆくテーマは聴く者を魅了し、感情的なメロディーラインは、戦う仲間たちの闘志を湧き立たせた。


「全砲、装填完了!」

「撃て―――――――っ!!」


 ドンドンドンドンッ!!


 轟く砲声が、ルベルトの演奏する楽曲に色を添えてゆく。ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスによる弦楽。フルートやクラリネット、トランペットなどによる管楽。それら全ての楽器たちによる演奏がルベルトの脳内で補填され、大人数編成されたオーケストラを率いる指揮者として、彼は今舞台の壇上に立っていた。


「そう、その調子! これぞ私の求めていた音楽だ!」


 ルベルトは音楽のリズムに身を任せるように体を揺らしながら、遠くで勇ましく立ち向かってゆく少女――ラビの姿を、その目に映す。


 自分の奏でる戦場のワルツと、ドラゴンに乗り果敢に攻めてゆくラビの雄姿は、もはや完全にシンクロしていた。まるで役者と音楽が一体となった舞台劇を見ているよう。


「あぁ、これぞまさしく、蒼き女神へ献上する賛歌に相応しい―― グレゴール! この後、二十四小節目で最後のトリを飾るシンバルが高々と鳴り響きます! やることは分かっていますね?」

「もちろんだ! 最高の衝撃ショッキングを響かせてやるさ!」


 グレゴールは船のスピードを上げ、前方に居る大型戦列艦へ突撃してゆく。ルベルトの演奏曲はフィナーレへと差し掛かり、曲の勢いに乗るように、グレゴールのリバーライズ号はさらに加速して、敵艦の脇腹へ衝角ラムを突き立てた。


「海賊に、栄光あれ――――――っ!!」


 ジャ―――――――――ン!!!


 敵戦列艦の船体をリバーライズ号の衝角ラムが貫き、バラバラに砕けてゆく音が、まるでシンバルのように共鳴した。


 最後の一音まで感情を込めて弾き終えたルベルトは、突き抜けるようなエクスタシーを体全体に感じ、思わず体を震わせて立ち上がる。


 ドドドドドドドドドドォオオオオオオオ!


 グレゴールの体当たり攻撃を受けて木っ端みじんに砕けた敵艦の火薬庫が引火し、凄まじい爆炎が上がった。


 爆風と共に、耳の鼓膜が破れんばかりの破裂音が辺りにとどろいた。


 ――しかし、どうやらルベルトの耳には、会場一杯に響き渡る拍手にしか聞こえなかったようだ。


 送られる拍手喝采の中、彼は立ち上るキノコ雲の前で両腕を広げ、吹き付ける爆風を全身で受けながら、満足げな表情で仰々しくお辞儀をしてみせたのだった。

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