第163話 バトル・オブ・アルマーダ③
ラビの号令を皮切りに、海賊連合部隊は王国竜騎士部隊に正面切って突っ込んでゆく。
ウッドロット防空騎士団たちが手にした弓で向かってくる敵目掛けて矢を放ち、次々と背中に乗った王国兵を射落としていった。クルーエル・ラビ号の甲板では、ライフルを構えた近衛メイド隊たちが一斉射撃を開始し、近付いてくる敵竜騎士部隊を一掃してゆく。
一方で恐竜親子たちは、進化して新たに獲得した水魔術や氷魔術を使って、敵に水を吹きかけたり、氷を生み出して相手にぶつけたりして激しい戦いを繰り広げていた。
ラビたちを乗せたグレンも、負けじと業火の炎を口から吐き、迫る敵ドラゴンを数匹まとめて火達磨にさせた。
「ポーラさん! 右から来る奴らをお願い! 船の速度を落とさないで!」
「承知しました、お嬢様!」
「エレノアさん! 一人だけはぐれたりしないように、なるべくクルーエル・ラビ号の周りに密集するように飛んでください!」
「言われなくても分かってるわよ!」
一万もの軍勢に飛び込んでしまい敵味方が入り乱れる中、俺たちはクルーエル・ラビ号を中心として密集隊形を組む。
『ラビ、全部の敵を相手するのは流石にキツイ。流せる奴は適当に流して、向かってくる奴だけを攻撃対象に絞るんだ!』
「はい師匠!」
ラビは突っ込んでくる敵ドラゴンをギリギリでかわしながら、大きく旋回する。それに反応して、敵の何匹かがラビの後を追ってきた。
「敵が食い付いてきた! グレンちゃん、振り切れそう?」
「うん、やってみる……捕まってて」
グレンは翼を畳んで空気抵抗を最小限とし、速度を付けたまま急降下してゆく。
そして翼を広げて一気に減速すると、くるりとUターンして背後に迫る敵ドラゴン目掛けて火球を放った。火球を受けた敵ドラゴンは燃え上がり、火の玉となって落ちてゆく。
『すげぇ……レギオン級を一撃必殺で倒すなんて、流石は世界最強のドラゴンだな』
「ほ、褒めたって何にも出ないよ……」
俺が感心してそう言うと、グレンが恥ずかしそうに答えた。
「ラビリスタさん! 今度は上から来ます! 気を付けて!」
後ろで掴まっていたサラが上方を指差して叫んだ。見上げると、差し込む太陽の光に紛れて、槍を手にした竜騎士たちが、こちらに突っ込んでくるところだった。
「くっ……駄目! 回避が間に合わない!」
避けきることができず、敵の矛先がラビに直撃しようとした、次の瞬間――
タァン!
鋭い銃声と共に、突っ込もうとした敵ドラゴンの首が弾け飛び、乗っていた竜騎士は悲鳴を上げて空の底へ落ちていった。
タァン! タァン! タァン!
残る敵も、全てドラゴンの頭を正確に撃ち抜かれ、空の藻屑と消えてゆく。
「これは……狙撃? 一体どこから――」
ラビが警戒して周囲を見回す。
「ヒット! ヒット! 目標全て、首ナシ! グアッグアッ!」
すると、甲高い声と共に、何処からか赤いオウムが飛んで来て、ラビの肩の上に留まった。
「オジョーサマ! オジョーサマ! お助けに上がりマシタ!」
「これは……オウム? 何でこんなところにオウムが居るの?」
突然やって来たお喋りオウムに驚いてしまうラビ。
すると、更にそこへ――
「おいこのクソオウム! 勝手に俺の居場所を取るんじゃないよ!」
また何処からか声がして、小さな鳥が矢の如く飛んで来たかと思うと、ラビの肩の上に留まったオウムに体当たりして追い払ってしまった。
「ったく、オウムのくせに抜け駆けしやがって! ……おや、これはこれは。お怪我はありませんか、マドモアゼル?」
オウムを追い払った小鳥は、きょとんとしているラビを見るなり、怒りを露わにした口調から一転、優しい声色に戻って彼女の左肩に留まった。その鳥は普通の鳥ではなく、ゼンマイ仕掛けで動く玩具の鳥だった。
「あの……あなたは?」
「おっと、自己紹介が遅れました。私の名は『黄金の鷹』ことアスキン・バードマン。伝説にして偉大なる海賊、八選羅針会の一人。このような姿での挨拶となり誠に恐縮ですが、今は非常事態ゆえ、ご容赦を」
紳士的な言葉を並べ、玩具の鳥は翼を広げてお辞儀を返す。
「あ、あなたは、人間なのですか?」
「ええ。私自身はここではない別の場所に居るのですが、操作魔術と伝声魔術をかけたこの『チャッターピジョン《やかましい鳩》』37号のおかげで、こうしてあなたとお話しできている訳です。私も天職が奇術師でしてね。このような小細工はお茶の子さいさいなのですよ。ピィピィピィ」
そう豪語して、小鳥の鳴き声を真似てみせるアスキン。何だかまた変な野郎が現れやがったなぁ……
「それに、八選羅針会の一員ってことは……まさか、ニーナさんと同じお仲間なんですか⁉」
「おお、その通り! ニーナとは同業者であり、共に羅針会メンバーの一員なのですよ!」
アスキンは胸を張ってそう答えた。
すると、玩具の鳥が留まっている方とは反対の肩に、さっき追い払ったはずの赤いオウムが留まり、甲高い声で言い返す。
「おいコラ! 勝手に割り込むナ! このクソ鳥!」
「あぁん? 誰がクソ鳥だ! クソ鳥はお前の方だろ! ギャアギャア泣くことしか能の無いアホウドリめ。マドモアゼルを救うのは私の役目だっ!」
「違ウ! オジョーサマを救うのはワタシ! クソ鳥は引っ込んデロ! グアッグアッ」
「やかましいわ、この生意気なオウムめ! お前なんかにマドモアゼルのボディーガードなんて勤まるか!」
「オジョーサマを守ルのはワタシ!」
「違う、私だっ!」
ラビの左右の肩で言い合いを始める小鳥とオウム。うるさい二匹に挟まれてしまったラビは、耳を塞ぎながら「ふ、二人とも落ち着いてくださいっ!」と声を上げ、二匹を黙らせた。
「あの……どうして、伝説の海賊がここに?」
ラビが質問を投げると、オウムが答えた。
「オジョーサマを、守ル! そう、仰せつかったカラ!」
「私を? どうして?」
ラビの更なる問いかけに、今度はアスキンでもオウムでもない別の人物が答えた。
「……そう、私たちのリーダーが命じたから」
アニメキャラのような萌え声と共に、ラビの乗ったグレンの隣に小型のヨットが現れる。
ヨットの上に乗っていたのは、燃えるような赤毛を生やした女性で、巨大なライフルを構え、濃いクマをたたえた人相の悪い目付きで、スコープ越しにこちらを睨んでいた。
「ヨハンが、あなたを援護するように言った。……だから、私は全力であなたを守る」
タァン!
赤髪の女性が持つライフルが火を噴き、弾はラビの真横をかすめて、背後から襲い掛かろうとしていた敵竜騎士の頭を撃ち抜いた。
「私の名前は、シャーリー・ロヴィッキー。そこのうるさい鳥と同じ、八選羅針会の一人。……不本意ながら」
「アレレ? シャーリーの姉貴、今サラっと私のこと罵倒しませんでした?」
そうとぼけてくるアスキンの小鳥を無視して、シャーリーは言葉を続けた。
「私たち海賊にとっても、無敵艦隊は危険な存在…… だから、私たち八選羅針会は、全面的にあなたに協力する」
「クアックアッ! 我々、オジョーサマと、共に戦ウ!」
どうやらアスキンとシャーリー含めた八選羅針会一味は、無敵艦隊を倒すという目的を同じくしているが故に、俺たちに協力してくれるらしい。詳しい経緯はよく分からないが、共に戦ってくれるというのなら大歓迎だ。
「伝説の海賊たちと肩を並べて戦えるなんて、何だか夢みたいです! よろしくお願いします、シャーリーさん!」
ラビは、真の海賊とも呼べるならず者たちと共に戦えることを光栄に思ったようで、シャーリーに向かってぺこりとお辞儀した。
……しかし、シャーリーからの返事は無い。
よく見ると、彼女はライフルを構えたまま、すぅすぅ寝息を立てて眠ってしまっていた。
いや、このタイミングで寝るかよ! と思っていると――
タァン!
なんと彼女は鼻提灯を浮かべたままライフルの引き金を引き、向かって来る敵に見事弾を命中させてしまっていた。……寝ながら標的を狙い撃ちできるとか、一体どんな目をしてるんだ、あのスナイパーは……