第161話 バトル・オブ・アルマーダ①
「凄い、なんて数なの……」
こちらへ向かってくる膨大なドラゴンの大群を前に、ラビは思わず声を漏らしてしまう。
無敵艦隊の装竜母艦から飛び立ってゆく竜騎士部隊。その数は軽く一万を超えるだろう。遠くから見ると、まるでコウモリの大群のように見える。
俺は遠視スキルを使って敵部隊の編成を確認した。先頭が攻撃部隊のようだが、乗っているドラゴンのサイズは小さい。あれはおそらくレギオン級だ。一個体の強さはそれほどでもないが、体が小さい分すばしっこく、集団での攻撃に適している――そう、船の図書室にあった「イラスト付きでよく分かる! 世界生き物図鑑」に書いてあった。
そしてレギオン級ドラゴンの攻撃部隊に守られるようにして、一回り体格の大きいコモン級ドラゴンが後ろから続いてゆく。コモン級は体が大きい分、物資の輸送に適しているドラゴンだ。コモン級ドラゴンの腹には、黒々と光る爆弾が幾つも括り付けられていた。あれはおそらく爆撃部隊だろう。
しかし、俺たちだけを狙うにしては、あまりに爆撃部隊の数が多過ぎる。――さては、狙いはエルフの里か……
『奴ら、ウッドロットを島もろとも爆撃する気らしいな』
「爆撃ですって! どうしてそんな酷いことを?」
自分たちの故郷であるエルフの里が狙われていると知り、驚くあまり口を手で覆うサラ。
『大まか、俺ら海賊に加担したエルフたちを抹殺するとか、そんな理由だろうよ。俺たちにしてやられた奴らの腹いせかもしれないな』
まったく、とことんまで馬鹿げた理由をこじ付けては実行してくる面倒なクズ野郎共である。これもおそらくはライルランドかヴィクターの仕業だろう。
「……あんな数、とてもじゃないけど相手できないよ……どうしよう、ラビちゃん」
敵の大群を前に、グレンが怖気づいて首をすくめる。こちら側には世界最強の黒炎竜が付いているとはいえ、一匹では軽くひねるような相手でも、あれだけの数で襲われてはたまったものじゃない。
『……ラビ、どうする? この先はもう敵を食い止める作戦なんか無いぞ』
俺がそう言うと、ラビは唇を嚙み締めながら「分かってます」と答える。
「私たちだけでは立ち向かえないのは分かってます……でも、ウッドロットを――エルフたちの故郷を守らないと!」
強大な敵を前にし、思わず逃げ出したくなる気持ちを抑えるように、ラビは胸に手を押し当てて叫ぶ。
「……私、これまでずっと後悔してました。レウィナス侵攻があった時、私自身が弱かったせいで、お父様とお母様を守れなかったことを。……だから、これ以上大切な人を失わないためにも、強くなるって決めたんです! これまで師匠と一緒に旅をしてきて、少しでも弱い自分を乗り越えようと努力してきたつもりです!」
”もうあの時みたいに弱い私じゃない――”
ラビの心の声が、俺の心にも伝わった気がした。
「……だから、私は戦います! もう一歩も退きませんっ!!」
ラビが決心し、過去の後悔を振り払うように声を上げた、その時――
「いよっ! その言葉を待ってました~~~!!」
突然背後から声がして、一匹のクリーパードラゴンがグレンの横へ飛んでくる。ドラゴンの背中の上には「褐色の女神」こと、俺たちの副長であるニーナが乗って、こちらに笑顔を見せていた。
「ニーナさん⁉」
「いや~~、遅れちゃってマジメンゴ! ラビっちがピンチだって聞いて居ても立っても居られなくってさ~、みんな総出で駆け付けてきて来てやったぜ! ぶいっ!★」
「えっ? みんなって……」
ラビはそう言って背後を振り返る。するとそこには――
クリーパードラゴンに乗ったウッドロット防空騎士団たちが、ラビたちに加勢しようとこちらへ急行しているところだった。騎士団の先頭に立つのは、騎士団長であり、ニーナの母親であるエレノアだ。
「……まったく、本当に手のかかる子だね。あんな大群相手に一人でやり合おうなんて、どんなに強くたってアタシが許さないよ!」
「エレノアさん! それに騎士団の皆さんまで!」
驚いて声を上げるラビ。……しかも、加勢してきたのは騎士団だけではなかった。
『ん? 騎士団の後ろから何か来るぞ?』
俺は騎士団の背後から飛んで来る小さな影に目を凝らした。あれは……鳥人間か⁉
銀色の翼を生やした人間が一人、こちらへ向かってくる。最初は目を疑ったが、どう見ても翼の生えた人間だ。
……いや、人間ではなくエルフか?
よく見ると、翼を生やして飛んでいたのは、ニーナの父親であるラディクだった。背中に生えた翼は鉄でできているのか、羽一枚一枚が銀色に輝いている。
「いやぁ、お、遅くなって悪かったね」
「ラディクさん⁉ その翼はどうしたんですか?」
「あぁ、これかい? これは見ての通り『鋼鉄の翼』といって、私の発明したマジックアイテムの一つだよ」
そう言って背中に生えた翼を大きく広げて見せるラディク。どうやら鋼鉄の翼は脱着可能であるようで、背中の翼を固定するよう肩から腰にベルトが取り付けられていた。優雅に飛ぶその姿はまるで天使のようだが……研究者の白衣を着たオッサンが装着しているという点で、何故か違和感が半端ない。
「私も君たちに加勢しよう。久々に自分の発明品を試せると思うと、ワクワクが止まらないよ! 何せこの翼を構成する羽一枚一枚には、飛行力上昇の呪文が刻み込まれていて――」
マジックアイテムのことになると饒舌になってしまうラディク。しかし、そんな彼を止めるようにエレノアが叫ぶ。
「ちょっとラディク! 御託を並べてないで、さっさと敵を蹴散らしなさいよ! ――ほら、アンタたちも全員散開してラビを守りなさい!」
「「「了解っ!」」」
団長に命じられ、騎士団たちが俺たちの周りに展開して攻撃陣系を整えてゆく。
数では負けるが、これだけの援軍が来れば心強いことこの上ない。共同戦線協定を結んだこともあって、エルフたちは俺たちに対し全面的に協力してくれているようだ。その証拠に、騎士団の乗るドラゴンには竜騎士だけでなく、一般のエルフたちも乗っていた。皆、自分たちの故郷を守るために、狩りに使う弓矢やクロスボウなどを手にして、敵と立ち向かおうと意気込んでいる。まさにエルフの里総出による出撃だった。
――そして、加勢に来てくれたのは彼らだけではなく、更に予想すらしなかった新たな援軍が、俺たちの背後から迫って来ていた。