第154話 絶体絶命な時こそチャンスは舞い降りる
「ラビっち!!」
「お嬢様っ!!」
慌ててラビの傍に駆け寄る二人。大怪我を負った彼女は、辛うじてまだ意識があるのか、二人の声を聞いて苦し気な表情で薄く目を開いた。
「……さ、サラさん……お怪我は……?」
「私は大丈夫です! でも、あなたが……」
「サラさんが無事なら良かったです……うっ、ゴホッ! ゴホッ!」
サラが無事であることを知って安堵した表情を見せたラビだが、すぐに咳き込んで床に血を吐いた。
「す、すぐに私が治癒魔術を!――」
ニーナが急いでラビの前に手を置こうとした時――
ドンドンドンドンッ!!
突然右舷側から砲声が響き、砲弾の雨が俺を襲う。
もはや魔力残量が無いに等しい防壁は容易く貫通され、次々と船体に被弾。上砲列甲板や下砲列甲板では命中した砲弾のうち数発が船体を貫通して並んだ大砲を破壊し、その場に居た砲手たちを巻き込んだ。
白煙の立ち込める甲板内、床には破片だけでなく血を流した負傷者たちが転がり、真っ赤に濡れた床の上に断末魔が響き渡る。
上甲板にも砲弾が多数飛来し、マストと船を繋いでいた索具は弾け飛び、帆桁は折れ、船尾の横帆は穴だらけになった。
俺の右舷側には、いつの間にかあの漆黒の鎧をまとう超弩級戦列艦「デスライクード号」がぴったりと付けていた。船尾の甲板に、二角帽子を被った隻眼の男が、こちらを望遠鏡で覗きつつ、嘲笑うような表情を浮かべている。――ヴィクターだ。
(ちっ、あのストーカー野郎……)
俺は沸き立つ怒りに思わず舌打ちすると、再び視界上に警告が表示された。
【≪警告!≫≪警告!≫ 全防壁の魔力残量0:防壁消失 ≪警告!≫≪警告!≫】
とうとう肝心な守りの盾も破られてしまったようだ。敵側もそれを見破ったのか、四層もある砲列甲板から情け容赦ない砲撃を続けてくる。被害は甚大。ユニークスキルの自動修復で修理しようにも、魔力が枯渇した状態では満足に使えないし、修復しても絶え間ない砲弾の雨ですぐに壊されてしまう。これではただの動く的だ!
「メイド長! 敵がすぐそこまで接近して――って、お嬢様っ⁉ 一体どうなされたのですか⁉」
戦況を報告すべく後甲板に上がって来た副メイド長のメリヘナが、倒れているラビを見てショックのあまり声を上げる。
「メリヘナさん……被害状況は?」
「は、はい! 上砲列甲板、下砲列甲板ともに大砲の半数が破損。前甲板の臼砲は損傷が激しく使用不能。機銃、および旋回砲は残弾無し。メインとミズンマストのヤードが数本折れたのと、フォアマストは根元を撃ち抜かれて今にも倒れ落ちる寸前です。近衛メイド隊含め怪我人も多数出ており、治療室は負傷者で溢れかえっています」
メリヘナの被害状況を聞くと、ラビはどうにか自力でサラの膝上から起き上がろうとした。そんな彼女を、ニーナとポーラが両脇から支える。
「……命令します。ニーナさんは急いで治療室に向かって、できるだけ多くの負傷者たちを治癒してあげてください。サラさんも、治療のお手伝いをお願いします。……ポーラさん、私に代わって戦闘の指揮を頼みます……」
襲い来る背中の激痛に耐えながらも、ラビは二人に指示を出した。
「で、でもラビっちはどうすんだよ⁉ そんな怪我じゃ――」
「私には師匠が付いてます……師匠も治癒魔術が使えるので、私の傷は師匠に直してもらいます。だから……は、早く乗組員たちの治療を――」
そう言われたニーナは、もどかしそうに唇を噛みながらも、「……分かった、けど絶対死ぬんじゃねぇぞ!」と言葉を残し、サラと共に下の甲板へと駆け降りていった。
しかし、ポーラはそれでもラビの傍を離れなかった。
「私はお嬢様の傍に居ます。お嬢様と共に戦い、共に死ねるのなら本望です」
「あはは……ポーラさんは大げさに考え過ぎです。……私は、まだ死ねませんから」
そう言って、ラビは血で汚れた口元に薄い笑みを浮かべる。
どこまでも健気なラビの姿に、俺の心は締め付けられた。自分が死ぬかもしれないというのに、ラビは自分のことよりも、船の無事と乗組員たちの命を優先して考えていた。
「……無理ばかり言ってごめんなさい、師匠。……治療、お願いできますか?」
弱々しい声を上げ、俺の方を見てくるラビ。
どうして謝る? まさか、俺のことまで心配してくれてるのか?
俺はますます歯がゆい思いに駆られた。
どんなに窮地へ追い込まれても、弱音一つ吐かず、決して挫けず、誰もが絶望だと決めつけても、希望を追い続けることを諦めない。それほどの強さがあるにもかかわらず、俺や仲間たちには、優し過ぎるほどに気をかけてくれる。
「――よくお父様から言われていたんです。”どんな時も強く、そして何より優しくありなさい”って」
ふと脳裏に、ラビの言葉が過った。俺は、そんなラビの殊勝な心掛けに、真の船長――そして真の海賊としての神髄を見たような気がした。
『……誤らなくていい。任せろ』
俺は持っていたスキル、治癒(大)をラビに唱えた。ニーナの治癒魔術に比べるとレベルは低いが、それでも徐々に傷がふさがっていき、食い込んでいた破片がラビの背中から抜け落ちた。
『戦闘中に怪我を負っても俺が治すから、心配するな』
「ありがとうございます。……ふふっ、頼もしい師匠が居てくれて、とても嬉しいです」
背中の傷が癒え、ラビの表情に笑顔が戻る。元気なラビの姿があってこそ、俺も頑張れるというものだ。ラビにとっての良き師匠で居るためにも、精一杯戦いのアシストをしてやらなければ。
「師匠、船にある魔力の残量は?」
『防壁にかなりの魔力を持ってかれたからな。おまけに帆を穴だらけにされたおかげで、魔力の補充もままならなねぇ。あのデスライクード号に木っ端みじんにされちまう前に早く手を打たないとヤバいかもな』
デスライクード号はまだ俺の右舷にぴったり付いたまま、更にこちらへ接舷しようと迫ってきていた。このまま敵が俺の上に乗り込んで来られたら最悪だ。
(何かないのか……俺のスキルで、今のこの状況を打破できる何か――)
俺は自分のステータスを開き、持っているスキルの隅から隅まで目を通す。
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【船名】クルーエル・ラビ
【船種】ガレオン(3本マスト)
【用途】海賊船 【乗員】124名(うち35名負傷)
【武装】自動機関砲…5基(残弾無し) タイレル小臼砲…2門(大破) タイレル中臼砲…2門(大破) 18ライル・ラディク砲…20門(9門損傷) 24ライル・ラディク砲…18門(8門損傷)
【総合火力】3824 【耐久力】550/15000
【保有魔力】240/3000
【保有スキル】神の目(U)、乗船印(U)、総帆展帆(U)、自動修復(U)、詠唱破棄、治癒(大):Lv6、魔素集積:Lv7、結晶操作:Lv6、閲読、念話、射線可視、念動:Lv10、鑑定:Lv10、遠視:Lv10、夜目:Lv10、錬成術基礎:Lv10、水魔術基礎:Lv8、火魔術基礎:Lv8、雷魔術基礎:Lv8、身体能力上昇:Lv6、精神力上昇:Lv6、腕力上昇:Lv6、
【アイテム】神隠しランプ(魔力不足により使用不可)、魔導防壁展開装置(魔力不足により展開不能)
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――そして、見つけてしまった。この状況を打開できる「鍵」を。




