第152話 砲身が焼け尽くまで撃て!(※前半まで◆)
「こ、これは……どういうことなんだ?」
先制攻撃を仕掛けたはずの艦隊が、僅か一瞬のうちに消し飛ばされる様子を目の当たりにしたライルランド大公は、思わず手にしていた望遠鏡を取り落とした。
「だ、第一艦隊、全て撃破されました! 敵は増速、再び逃走を図っています!」
デスライクード号の副官が叫ぶ。ライルランドは惚けた表情のまま、口元を引きつらせた。
「だ、第一艦隊は七隻もいたのだぞ! それが一瞬で消し炭にされただと!? 馬鹿な! それだけの火力をあの程度の武装でどうやって発揮できるというのだ⁉︎」
「分かりません。第一艦隊からの報告によれば、敵は一斉砲撃を受けたにもかかわらず、全くの無傷だったそうです。第一艦隊が最後に残したと思われる通信魔法を傍受しています。内容は――『我、幽霊船を見た』と……」
その報告に、ライルランド含め、甲板にいた乗組員たち全員が背筋を凍らせる。
しかし、一人だけ吹き出すように笑い声を上げる者がいた。
「ぷっ……くっくっくっ……幽霊船とは、なかなか面白いジョークじゃないか」
「笑っている場合かヴィクター! お前も見ただろう? 砲弾の雨を受けてもなお、あの海賊船はピンピンしておるのだぞ!」
混乱を隠せないライルランド。一方のヴィクターは、冷静な目を向けたまま答える。
「よく見てください大公閣下殿。奴らは魔法による防壁を展開しているのですよ。先ほどの戦艦を粉微塵にするほどの高火力な砲撃といい、どうやらあちら側も我々と対抗するための新兵器を色々と搭載しているようだ。――おそらく、全てエルフたちから得たものでしょうね」
「なにっ! エルフが海賊に手を貸しているというのか! おのれ……勝手な悪あがきを……」
海賊とエルフが協力していた事実を知り、憤りを露わにするライルランド。ヴィクターは冷笑を崩さないまま片腕を突き出し、部下たちに命令を下した。
「装竜母艦に通達。直ちに全竜騎士部隊を発艦させ爆撃に向かわせろ。攻撃は第二、第三艦隊へ移行。螺旋状攻撃を仕掛けて追撃の手を緩めるな」
「はっ!」
副官が敬礼を返し、下甲板へ降りてゆく。
ヴィクターは遠くに見えるクルーエル・ラビの船影を見つめながら、あの船に乗っているであろうラビに、面と向かって話すように呟いた。
「せいぜい力尽きるまで足搔くといい、ラビリスタ君。どれだけ抵抗しようと、全て無駄だと思い知るのも時間の問題だ。君はあの侵攻作戦の時に死んでいるべきだったのだよ。そうすれば両親と共に去けたものを……だから私が、残された君を両親の元へ連れて行ってあげるとしよう。どこまでも暗い奈落の底へ、ね……くっくっ」
○
一斉砲撃により艦隊七隻をあっという間に屠ってしまった俺たち。その圧倒的な威力を前に乗組員たちは大興奮していた。
しかし、目の前で仲間の船を沈めても敵はまだ懲りずに攻撃を続ける気でいるらしく、執拗に追跡を続けてきている。更には――
「船長! 後方より竜騎士の部隊を多数確認!」
無敵艦隊の中でも装竜母艦と呼ばれる巨大な飛行甲板を持つ船から、竜騎士の乗るドラゴンが次々と発艦し、隊列を組んでこちらへ向かってきた。しかも、ドラゴンの腹には、巨大な黒い筒状の物体がベルトで固定されている。――あれは、もしや爆弾か⁉︎
「雷撃編隊接近っ!」
「奴ら、この船の真上から爆弾落としてくる気だぞ!」
「旋回砲および機関砲一斉射! 近寄らせるな!」
ダダダダダダダダッ!
ドンッ! ドンッ! ドンッ!
こちらへ向かってくる竜騎士編隊を目掛けて、甲板のあちこちで対空砲火の閃光が瞬いた。小口径の銃弾程度では、コモンドラゴンの厚い装甲を撃ち抜くことはできないだろうが、乗っている騎士を撃ち落とすには十分だった。
先導していた竜騎士の何人かが弾幕の餌食となり、後方から船首へ回り込んだ奴らには、前甲板に置かれた臼砲の放つ散弾がお見舞いされた。ドラゴンの操り手たちは、降り止まない銃弾の雨に蜂の巣になるまでズタズタに射抜かれ、悲鳴を上げる暇もなく落下していった。中には腹に抱えた爆弾に弾が命中して爆破心中する可哀想な奴らもいて、相方のドラゴンと共にバラバラの肉片となって空の塵と消えた。
運良く弾幕の雨を潜り抜けてくる竜騎士も居たが、今度は甲板やマスト上に待機する近衛メイド隊たちが、持っていたライフルで接近する竜騎士たちを次々と的確に射抜いていった。
止まない対空砲火がドラゴンの雷撃部隊を寄せ付けない中、一層、二層下の砲列甲板では休む暇も無く装填作業が続けられていた。
「船長っ! 次の艦隊が接近してきます!」
俺は船尾へ視線を向ける。敵艦隊は一列縦隊となって、螺旋を描く様に円状に広がって迫ってきていた。その隊列はまるで、獲物を飲み込もうとする大蛇のよう。艦隊の数が多いと、あんな戦法も取ることができるのか……
などと感心している間に、敵艦から放たれる砲火がフラッシュの様に瞬いた。
「みんな、伏せろ‼︎」
次の瞬間、俺の体を薙ぎ払わんばかりの砲弾の雨が、上下左右から横殴りに叩き付けた。
『うわっ!』
ドドドドドドドドドドドドッ‼︎
俺の周りに張り巡らされた魔道防壁が、辛うじて砲弾の直撃を防ぐ。しかし、その衝撃は凄まじく、俺の船体は唸りを上げてビリビリ震え、マストは軋み、索具のロープが何本か弾け飛んで、マストに登っていた乗組員の数名が船から転落した。
だが、少数の犠牲に悲しんでいる暇など無い。
「撃てっ! 砲身が焼け尽くまで撃て―――っ‼︎」
ラビの合図で、再び砲撃の火蓋が切られた。轟く砲声、鳴り止まぬ銃声。俺の船に搭載された火器という火器全てが、余すことなく四方八方目掛けて火を吹き続けていた。
「敵戦艦から砲火を確認っ!」
「来るぞ! 伏せろっ‼︎」
床に転がり込む乗組員たち。その頭上で敵の砲弾が防壁に炸裂し、衝撃波が甲板を襲った。
【≪警告!≫≪警告!≫ 左舷防壁:残魔力35% ≪警告!≫≪警告!≫】
『な、何だ?……』
突然、俺の視界に≪警告!≫と書かれた大きな赤文字が流れてくる。どうやら防壁の魔力量が極端に減ると、このメッセージが表示されるらしい。防壁にもかなりの魔力を消費している現状から考えて、あまりむやみやたらと攻撃を受け続けてばかりいても、火力で押し切られてしまうだろう。
回避することも重要って訳か……
しかし、この状況で敵の攻撃を交わすことはほぼ不可能だった。敵艦隊は一列縦隊のまま螺旋状に大きな円を描いて俺の周りを取り巻いており、四方を塞がれてしまっていた。これではとぐろを巻く蛇に巻き付かれたも同然。列を成した一隻が砲撃して後退すると、間髪を入れずに次の一隻が砲撃してくる。さらに次、次、次と、立て続けに砲撃の雨が絶えず永久機関のように俺の四方から叩き付ける。おかげで防壁に費やしていた俺の魔力量も、もはや限界に達しようとしていた。
【≪警告!≫≪警告!≫ 左舷防壁:残魔力10% ≪警告!≫≪警告!≫】
【≪警告!≫≪警告!≫ 右舷防壁:残魔力25% ≪警告!≫≪警告!≫】
【≪警告!≫≪警告!≫ 船底防壁:残魔力21% ≪警告!≫≪警告!≫】
【≪警告!≫≪警告!≫ 船首防壁:残魔力30% ≪警告!≫≪警告!≫】
【≪警告!≫≪警告!≫ 船尾防壁:残魔力8% ≪警告!≫≪警告!≫】
俺の視界の中が瞬く間に「警告」の二文字で埋め尽くされてゆく。ヤバい……これじゃ防壁を破られるのも時間の問題だ!
『おいラビ、このままじゃ防壁が持たないぞ!』
「分かってます師匠! 各砲列甲板に通達っ! 全ての大砲に追尾弾を装填! クルーエル・ラビ号を封じ込めている檻を喰い破ります!!」