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第147話 開戦の狼煙は高々と

「かっ、海賊だと……⁉」

「レウィナスって、まさか……あのレウィナス公爵の娘じゃないのか⁉︎」

「ありえん! レウィナス家の関係者は大公の起こした侵攻作戦で全員死んでいたはずだ! 生きていること自体おかしいだろう!」


 困惑し、口々に声を上げる高官たち。既にライルランドの起こした「レウィナス侵攻」によりレウィナス一族は全員殺されたと信じていた彼らは、生きた幽霊でも見るような目でラビを見ていた。


「馬鹿な……死者が蘇ったとでもいうのか…… おいライルランド! お前の決行したあの侵攻作戦で、レウィナス家は一家全て葬ったのではなかったのか⁉︎」


 生きたラビを前にして混乱した国王は、喚くようにライルランドに向けて叱責を飛ばす。


「そのはずだったのですが、奴の娘がまだ生き残っていたようで――」

「私はレウィナス家を完全に葬り去ることを条件に、我が近衛兵団を貴様に託したはずだぞ。これでは話が違うではないか!」


(やっぱりこの国王も共犯だったのか……)


 ラビの首にかけたフラジウム小結晶に意思転移していた俺は、国王とライルランドのやり取りを盗み聞き、ラビの両親が亡くなったレウィナス侵攻事件に国王も加担していたことを悟った。


 確かあの事件には、ライルランドの私兵だけでなく、国王直属の近衛兵団も紛れ込んでいたと、当時事件に遭遇したラビから聞いていた。国王の後ろ盾が無ければ、近衛兵の協力を得ることなどできないはずだ。


(国王本人も、ラビの親父を心底嫌ってたってことか……)


 きっと奴も、ライルランドと同じく欲にまみれた腹黒い理由があってやったことなのだろう。やっぱり、この国はどこまでも私利私欲に塗れていやがる。例え自分の息子とエルフを結婚させて有能児を産んだとしても、この王国の行き着く先は見えている。俺は腐りきったこの王国の幹部連中を前にして、内心溜め息を吐いていた。


「ええい、近衛兵! 早くあの海賊共を捕えんかっ!」


 憤った国王が、周りにいる兵士たちに向かって俺たちを捕縛するよう命じるが……


「ちょ〜っと待ったぁ!!」


 唐突に、侵入した影のもう一人、ニーナ・アルハが国王の声を遮るように叫んだ。


「それ以上近付いたら、この手に持ってる特製爆弾に点火させちゃうよー! 威力が超パナいから、この聖堂丸ごと吹っ飛んじゃうかもね〜?」


  突き出したニーナの手に導火線付きの丸い爆弾が握られているのを見て、兵士たちは巻き込まれる事を恐れ、突撃を躊躇してしまう。


「おのれっ! 卑怯な海賊共がっ!」


 すると、サラの隣に居たラングレート王子が反撃しようと腰に据えたサーベルに手を伸ばすが――


 刹那、カチリと背後から撃鉄を上げる音が聞こえて、王子は身を凍らせた。


「……それ以上動けば、貴方の真っ赤な血で花嫁の華麗なドレスを汚すことになりますよ」


 いつの間にかラングレートの背後に忍び寄っていた三人目の侵入者――近衛メイド長のポーラ・アルテマが、彼の頭部に銃口を突き付けていた。


「ねぇ、ここにいる奴、みんな食べていいの?」


 そして四人目の侵入者――シャチ人間のクロム・レアが、式場に集う者たちを指差しながらラビに尋ねた。


「今はダメです。でも、少しでも変な真似をしようとする人が居れば、遠慮なく噛み付いちゃっていいですよ」

「ほんとに? やった!」


 クロムはナイフのように鋭い歯を覗かせてニッコリ笑う。まるで無邪気な子どものようだが、シャチと人間を足し合わせたような恐ろしい見た目のせいで、式場に居る者たちはクロムに食われることを恐れ、指一本すら動かせずに固まってしまっていた。


「ラビっち、花嫁の確保完了!」


 ニーナから合図があり、ラビはこくりと頷く。


「では、もうここに長居は無用です。全員戻る準備を――」


 そこまでラビが言いかけたところで、


 パチ、パチ、パチ、パチ―――


 何処からか、不意に手を叩く音が聞こえた。


 俺たちは音のする二階の傍観席へ目を向けると、そこには不詳な笑みを浮かべたライルランド大公が、俺たちを見下ろしている姿があった。


「ライルランド男爵……」


 両親を殺すよう命じた張本人が目の前に現れ、ラビは眉をひそめる。


「……いやはやお見事! 海賊がこうも簡単に我が王都の警備網を突破してしまうとは驚きだ。一体どんな手を使ってここまで侵入したのか分からんが、我々が先に一本取られてしまったようだね」


 まるで自分たちの負けを認めるような物言いをするライルランド。しかし次の言葉を放つ時には、彼の顔付きがより挑戦的なものへと変わった。


「……だが、お遊びもここまでだ。敵の本拠地にのこのことやって来て、無事に逃げ仰るとでも思うのかね? 逃げたお前たちの後を追うのは、三百を超える世界最強の大艦隊だ。彼らはお前たち海賊団を地獄の淵まで追い詰め、一人残らず皆殺しにするだろう!」


 ライルランドは声を張り上げ、俺たちを脅迫するようにまくし立てる。


「……しかもそれだけでは終わらない。お前たち海賊に加担した者も、いずれは同じ運命を辿る。お前たちの大事な仲間も、家族も、例え女子どもだろうと、彼らは絶対に容赦しない!」


 ニーナの表情が強張る。きっと自分の家族のことを言われていると思ったのだろう。両親のエレノアやラディク。そして養子の小さな子どもたち。奴らはウッドロットのエルフたちまで全員手にかけるつもりでいる。


「大事な人を失いたくないと思う気持ちは、例え海賊であろうと同じはずだ。……もし今、お前たちがここで投降するのであれば、これ以上無駄な犠牲は増やさないことを約束しよう」


 どれだけ遠くに逃げても、無敵艦隊は執拗に俺たちを追跡して来る。砲火の交わる時間が長引けば長引くほど、俺たちの側の犠牲も大きくなるし、無関係な者も多く巻き込んでしまう。それが嫌ならば、今ここで白旗振って降参しろって訳か……


 なるほど、上手い事を言う。流石は王国諸侯ということもあり、言葉巧みに相手を言いくるめようとする巧みな交渉術には恐れ入ってしまう。並の覚悟しか持たない奴なら、ここで奴の威圧に負けて、折れて降参してしまっていたかもしれないな。


 ……まぁ、並の覚悟しか持たない奴なら、だが。


「いいか、もう一度しか言わないぞ。今すぐ――」

「何度言われようと、降参なんてしません」


 キッパリ言い放ったラビの一言に、ライルランドは「なにっ⁉︎」と拍子抜けしてしまう。


「まだ戦ってもいないのに、あなた方が勝つと誰が決めたのですか? 戦ってもいないのに勝敗が決まったていで話を進めるなんて、傲慢にも程があります」

「なっ!………」


 ラビや俺たちは、その覚悟のレベルが違う。みんな命をかけてここに立っている。そんな軽い口車に乗せられて降参するほど、俺たちは甘くない。


「私たちを捕まえられるのであれば、全軍を率いて捕まえに来てください! 情け容赦は無用です。こちらも全力をもって、あなた方とお相手します!」


 そこまで言うと、ラビはニーナの方へ目配せした。それを合図と受け取ったニーナはニヤリと笑みを浮かべると、手に持っていた爆弾を宙高く掲げて声を上げた。


「あれあれ~? いつの間にか導火線に火が点いちゃった! ヤッバ~い、早く逃げないと爆発しちゃうぞ~っ!」


 導火線からパチパチ火花が上がる爆弾を見た観客たちは、途端に大パニックに陥り、皆我先にと聖堂から逃げ出し始めた。混乱に乗じて、ニーナは中央に伸びるレッドカーペットの上に、まるでボーリングよろしく爆弾を転がす。


 しかし、爆弾は爆発せず、代わりにプシューと音を立てて辺りに大量の白煙を撒き散らした。


「こ、これは煙幕か!」


 白煙は瞬く間に式場を包み込み、辺りは完全に視界ゼロの状態となった。


「皆さん、今のうちに逃げましょう!」

「ガッテン!」

「承知しました、お嬢様」

「クロム、一人も食べられなかった……悲しい」


 逃げようとする俺たちを見て「ま、待て! タダでここから逃げられるとでも――」と再びラングレート王子が吠えたが、ポーラがすぐさま持っていた銃のグリップで彼の首元を強打すると、王子は気を失ってだらしなくその場に崩れ落ちてしまった。


「ただ口うるさいだけでは、たとえ美男な王子といえど誰もなびきはしません。……行きましょう、お嬢様」


 皆が窓の外から垂れ下がるロープに捕まる。ロープの先は、上空に待機している俺の本体――クルーエル・ラビ号に繋がっており、乗組員たちが俺たちを引き上げるべく船上で待機してくれていた。


「ほら、約束通り、お前をさらいに来てやったぜ! 追手が来る前に、早いズラかっちゃお!」


 ニーナがそう言って、サラの手を引く。しかし、サラの耳にはニーナの言葉が聞こえていないのか、彼女は黙って俯いているままだ。


「……ん? サラ?」


 サラの様子がおかしいことに気付いたニーナだが、周囲に立ち込める白煙の向こう側から王国兵士たちが迫っていることに気付き、慌ててサラをお姫様抱っこで抱え上げる。


「悪いね! 花嫁衣装のサラを私が抱えるなんてヘンテコな構図で悪いけど、今はここから離れないとだから!」


 「ニーナさんも早く!」とラビの呼ぶ声が背後から聞こえ、ニーナはサラを抱えたまま、窓の外へ飛び出していった。



 煙幕に包まれた式場内。混乱のどさくさに紛れて逃げてゆくラビたちを、二階の傍観席から嘲笑いつつ見つめる一つの目があった。


「くくくっ……ではこちらも、情け容赦無用で行かせてもらうよ、ラビリスタ君。我々の艦隊と砲火を交えれば、すぐにでもその虚勢は泣き言に変わるだろう。何処まで耐えられるのか、見届けてあげようじゃないか……」


 カーテンの影に潜んでいた男――ヴィクター・トレボックは、片方しかない目をギラリと光らせ、口元を引きつらせて含み笑いを浮かべた。

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