第146話 迎えた結婚式当日◆
この日、ロシュール王国の王都では、いつもに増して大きな賑わいを見せていた。
国王の第一王子であるラングレート・バルデ・マイセンが、美しいエルフの娘と結婚式を挙げると聞き、王都周辺には新郎新婦二人の姿を一目見ようと大勢の国民が詰めかけていた。王都の港にも、普段は見ることのない他国の船や魔導船がずらりと並び、国外からも多くの観光客が殺到していた。城下町では既に大規模なパレードが開かれ、色とりどりの巨大な山車が街頭を埋め尽くし、紙吹雪が雨あられと舞い散っている。
その一方で、国王の居城であるマイセンラート城周辺にはものものしい警備網が敷かれ、数えきれないほどの衛兵たちが城の巡回に当たっていた。宮殿の周りを囲う防壁上には大砲や機関砲がズラリと並べられ、砲手たちがいつでも砲撃できるよう臨戦態勢で待機している。外では祝宴の華々しい雰囲気が満ちているというのに、宮殿内はまるで戦時中のような重々しい雰囲気が取り巻き、二つの異なる空気が壁一面を隔ててぶつかり合っていた。
そんな中、宮殿内にある聖堂では、結婚式の準備が粛々と勧められ、巨大なウエディングケーキや豪勢な御馳走が運び込まれてゆく。
式場となるこの建物は、長方形に広がる広大な敷地を持ち、普段は一般開放されて多くの国民が祈りを捧げるためにやって来る場となっていた。
高い天井には一面に余すことなく絵画が描かれており、その中に描かれた多くのキューピッドたちが、獲物を求めて天井を彷徨っている。壁際には大理石の柱と窓が並び、奥には王国を最初に建国したとされるゴッドフリート・バルデ・マイセンの肖像画が刻まれた巨大なステンドグラスが目を引き、そこから漏れ出る陽光が、式場に色とりどりの光を落としていた。
そして式の準備が全て整って入場が開始されると、王国七大諸侯であるスヴェリア・トムレス子爵、ベレニス・ケースベルク伯爵を始めとし、王国各地、各大陸からやって来た権力者たちが一堂に集い始めた。
式場の二階にも観覧席があり、その中央に置かれた玉座には、険しい顔で鎮座する国王レーンハルト・バルデ・マイセンの姿もあった。
レーンハルトは、要人たちが続々と式場に入って来る様子を眺めながら、隣に立つライルランド大公を近くに呼び寄せると、彼の耳元でささやいた。
「不審者対策は万全なのだろうな? 聞いた話によれば昨晩、海賊がこの結婚式場を襲うと通告があったそうではないか」
そう問いかける国王に対し、ライルランドは「ご安心ください、国王陛下」と迷いなく答えてみせた。
「昨晩からこの宮殿周辺の警備は最大限に強化しております。入場者のボディチェックも入念に行っておりますし、虫ケラ一匹入る隙はありません。……仮に、もし侵入されたとしても問題ありません。それも想定の内ですので――」
ライルランドはそう言って、ふと観覧席の隅へと目を移し、カーテンの影に潜む人物――ヴィクター・トレボックと目を合わせた。ヴィクターはニヤリと笑みを返し、そのままカーテンの裏側へ姿を消す。
「全て、我々にお任せを」
「それは、心強い限りだが……」
レーンハルトはそれでも何か心配事を隠せないような表情をしていたが、それまでざわついていた式場が静かになってゆく様子を見て、仕方なく式の観覧に専念することにしたようだった。
教壇上に老年の牧師が立ち、聖堂に設置された巨大なパイプオルガンが祝宴の曲を奏で始める。
そして聖堂背後にある大扉が開き、会場中央に伸びるレッドカーペットに二人の長い影が伸びた。
鳴り響くオルガンの音色と共に、盛大な拍手の中、手を引いて入場してくる新郎新婦。一人は王国飛空軍の礼服をきっちりと身に付けた青年――第一王子ラングレート・バルデ・マイセンで、もう一人は純白のウェディングドレスに身を包んだエルフ、サラ・ヴォルジアだった。
手を繋いだ二人の姿を見て、式場内に「おぉ……」と感嘆の声が上がる。その場に居た女性は皆、凛々しい表情をしたラングレートに心を奪われたし、その場に居た男性は皆、サラの美しいドレス姿に目を奪われていた。小さな花のブーケを両手に持ったサラはまるで人形のようで、頭にのせられたレースを隔てて見える彼女の美貌は溜め息が出るほどに美しかった。
――が、祝宴の場に居る誰もが喜び湛えている中、彼女の表情には笑顔がなかった。
それどころか、彼女の目には光が無く、どんよりと虚ろな瞳を床に落としたまま、ラングレートに手を引かれてカーペットの上を歩んでゆく。若干速足のラングレートに引っ張られ、歩調を乱しながら歩く姿は、少し強引に歩かされているように見えなくもない。
そうして壇上の前までやって来た二人。牧師は新郎新婦に対する祝辞として、聖ハウルヌス言録の朗読を始める。その間もサラは表情を少しも変えず、ラングレートは退屈そうに足裏で床の絨毯を叩いていた。
牧師の祝いの言葉が終わると、二人の前に銀色の指輪が二つ並べられる。この指輪を互いにはめた時、二人の結婚は成立したことが認められるのである。
ラングレートが指輪の一つを取り、指にはめる為にサラの腕を持ち上げた。彼の挙動に対し、サラは全く抵抗するそぶりすら見せない。それどころか、まるで意のままに動かされる人形のように、ラングレートの行動をただ黙って受け入れてゆくだけ。その目は変わらず淀んだままで、視線も彼の方へは向けられてはいなかった。
そしてついに、ラングレートの手によって指輪がサラの薬指に通されようとした、その時――
ガシャ―――――ン!!
式場の背後を飾る初代国王ゴッドフリートを模した巨大なステンドグラスが、音を立てて砕け散った。
悲鳴の上がる観客席。降り注ぐガラス片と共に、壇上へ舞い降りる四つの人影。彼らは外からロープを垂らし、懸垂下降で式場へ侵入すると、瞬く間に新郎新婦を取り囲んだ。
「な! きっ、貴様らは………!!」
国王が思わず玉座から立ち上がろうとした時、
「静粛にっ!!」
割れた窓から差し込む陽光を背後に受け、華麗に壇上へ着地した影の一人が声を上げる。
その人影は、空のように蒼い髪を翻し、持っていたカットラスを国王へ向け突き付けながら、大手を振って名乗りを上げた。
「――私たちは、ラビリスタ海賊団! そして私は、海賊船クルーエル・ラビ号船長、ラビリスタ・S・レウィナスです!」
どよめく場内。目の前に現れた侵入者が海賊であると知り、見物人たちは顔面蒼白となり、襲い来る恐怖に身悶えた。
意表を突かれ、混乱する王族関係者らを前に、海賊団の長――ラビは大声で言い放った。
「王国の陰謀渦巻く政略結婚を阻止するため―――花嫁を、頂戴しに来ましたっ!」