第145話 開戦前夜④ 〜交差する策略と陰謀〜◆
サラは矢を拾い上げ、強く握りしめて目を閉じた。
(きっとニーナは、明日行われる私の結婚式に合わせて戦争を始める気なんだわ。でも……)
「……私のために命をかけるなんて……そんな野蛮なこと――」
絶対に駄目――と口にしかけたとき、ドンドンと乱暴に扉が叩かれて、ラングレートの声が扉の向こうから響いた。
「おいサラ! さっきの叫び声は何だ⁉ まさか、敵に忍び込まれたのか⁉」
自分の悲鳴を聞いてラングレートが駆け付けて来たことを知り、サラは慌てて伝言の矢を近くにあったクローゼットの裏側に隠す。
「……な、何でもないわ。ごめんなさい」
しかし、サラの言葉を待たずして、ラングレートは扉を蹴破り、数名の衛兵を引き連れて部屋の中へ突入してきた。
「何があった⁉ おい、窓が割れているぞ! 誰かに侵入されたか⁉」
「い、いいえ、違います。……多分鳥が窓に当たったのですわ。可哀そうに、パタパタと羽音がして下に落ちて行ったみたいで……」
サラがそう言うと、ラングレートはづかづかと窓際に駆け寄り、窓を開け放って注意深く下を警戒すると、近くに居た兵士の一人に向かって叫んだ。
「おい! 下の庭園に兵を行かせろ。何か不審なものが落ちていないか、シラミ潰しに探すんだ! 何かあったらすぐ報告するように!」
「はっ」、と命令された兵士が敬礼して部屋を出て行く。
「ら、ラングレート様……たかが鳥が当たったくらいで、わざわざ兵に調べさせなくとも――」
サラがそう言って駆け寄るが、ラングレートは「ええい、うるさい!」と鬱陶しそうに突き放し、そのままサラをベッドの上に押し倒した。
「きゃっ!」
「いいか、二度と私に口答えするな! お前は黙って何があったかを端的に説明してくれればそれでいいんだ! 分かったか⁉」
きつく怒鳴られてしまい、サラは涙目になってシーツを握り締めながら、「……はい、申し訳ありません」と弱々しく答えた。
王都に海賊が忍び込んだという一件があって以来、第一王子のラングレートは、町に潜入している海賊を捕らえることに躍起で、いささか大げさに思えるほどの警備網を城内に敷き詰めていた。父親である国王レーンハルトとは相変わらず仲が悪く、自分を認めてもらえないことに募る苛立ちは、毎日サラへ向けられている始末だった。
(こんな関係、もうイヤ……)
――サラがあまりの酷な扱いに音を上げそうになったその時、扉の向こうから足音がして、二人の男が部屋の中へノックも無しに入って来る。
「……おやおや、ご結婚を明日に控えたお二人が、こんな時間に痴話喧嘩ですか? マリッジブルーとはよく言ったものですが、挙式の前夜に叱責が飛ぶというのは、いささかお二人のご関係が良好であるのか疑ってしまいますね」
そこには、国七大諸侯の一人であるフョートル・デ・ライルランド大公と、もう一人――王立飛空軍の着用する軍服を肩に羽織り、金髪の頭には二角帽子、片方の目に眼帯をはめたその男――ヴィクター・トレボックが立っていたのである。
サラは、ヴィクターとは初対面だったのだが、ライルランドとは面識があった。
かつて、エルフの隠れ里ウッドロットに王国軍が侵攻してきた際、軍の指揮を取っていたのがライルランドだった。自分の故郷に土足で侵入し、村中を回っては盗賊のように何でも取り上げてゆくライルランド率いる部隊に、サラは悲しみを通り越して怒りすら覚えた。彼女にとって、ライルランドは最も自分の忌み嫌う人間の一人だった。
……となれば、ライルランドと共に現れたこの男も、きっとロクな男ではない。サラの第六感がそう告げていた。
「これはこれは、お目にかかることができ光栄です、サラ・ヴォルジア」
「ライルランド男爵……」
「はは、それはもう昔の爵位ですよ。今は大公に昇格しましてね」
そう言ってニヤリ笑みを浮かべるライルランド。自分の故郷へ侵攻し、村を荒らし、何もかもを奪っていった極悪党が、どうして被害者を前にしてのうのうと笑みを浮かべて居られるのか、サラにはこの男が何を企んでいるのか分からなかった。
「おっと、紹介が遅れました。こちら、ヴィクター・トレボック。王立飛空軍所属で、王国最強を誇る無敵艦隊の司令官でもある」
「どうぞよろしく。……へぇ、彼女が王子のお相手ですか。お美しい方ですねぇ」
眼帯で隠されていない方の目がうっすらと開き、怪しい紫の光を宿す視線が、ベッドに倒れたサラの容姿を隅々まで舐め回す。
しかしヴィクターは興味を無くしたようにすぐにサラから目を逸らすと、部屋の方へ視線を向け、割れた窓ガラスに注目する。それから、サラの座っていた椅子と机へ目を向け、机上に小さな穴が空いているのを見つける。
「おやおやぁ?」
ヴィクターは机に空いた穴を指で触り、それから室内の匂いを嗅ぐように何度か鼻を鳴らして、「ほう」と息を吐いた。
「奇妙だ……微かに香る香水に混じって、少量の魔力の残滓を感じる。少し前にここで何らかの魔術が発動したようだ。………レディーは何かご存知じゃないかな?」
そう問いかけられ、サラは肩をビクッと振るわせて、「い、いいえ、何も……」と答える。
しかしヴィクターは、持ち前の細やかな観察力で、彼女の目が一瞬クローゼットへ移る瞬間を見逃さなかった。
「ふむ、なるほど。あなたほどの美しい女性であれば当然、私のような初対面の者を前にして、身に付けるものに気を遣ってしまうのも分かりますよ」
そう言いながら、彼はクローゼットへと近付き――
「……だが、今のあなたが気にしているのは、どうやら衣装とは違う別の物のようだ」
そのままかがみ込んでクローゼットの脚を持ち、一気に横へスライドさせた。そして、サラが咄嗟に隠していた矢が皆の目に留まってしまう。
「そんなっ!」
思わず声を上げてしまうサラに、ヴィクターは「してやったり」とでも言いたげに得意な笑みを浮かべ、落ちている矢を拾い上げた。
「伝言の矢……くっくっ、やはり当たりですね。手紙を送るにしては少々手の込んだやり方だが、内通するには持ってこいの通信手段だ」
矢を拾うと、再び魔法陣が浮かび上がり、先ほどの録音されたニーナの音声が流れ始める。
再生終了して魔法陣が消えてしまうと、ヴィクターは「やれやれ」と溜め息を吐いて立ち上がる。
「……まったく、あのクソエルフの間抜けな声には毎回ウンザリしてしまうね……」
そして片手でその矢を真っ二つに折って窓から外へ投げ捨てると、ベッドの上で青冷めているサラの方を振り返った。
「メッセージの内容からして、どうやらあなたは八選羅針会の一人であるニーナ・アルハとかなり親交が深いようだねぇ」
「なっ!…… おいサラ! それは一体どういうことだ⁉︎」
結婚相手であるサラが、伝説の海賊である八選羅針会の一人と内通していたことを知り、怒りを露わにするラングレート王子。しかし、そんな憤慨する彼を手で押し留めながら、ヴィクターは言う。
「……違うかな? サラ・ヴォルジア」
「ど、どうしてニーナの名前を?」
「そんなの当然です。私とて以前は八選羅針会の一員だったのですから。メンバーの顔や声を忘れないはずがありませんよ」
そう言って、ヴィクターはベッドに座るサラの前へ歩み寄ると、彼女の腕を強く掴み、そのまま強引に押し倒す。
「いやっ! 離して‼︎」
「おいたもこの辺にしときましょう、サラ。嘘吐きの花嫁には、少々酷だが罰を与えなければね。君の友人であるニーナや、奴の仲間の海賊一行をここへ誘き出し、地獄を味合わせてやるためにも、君には餌として存分に利用させてもらうことにするよ」
ヴィクターは身動きを封じられたサラの額に手を当てて、ある呪文を発動させる。すると、途端にサラの意識はプツンと途切れて、そのまま深い眠りについてしまった。
「……だから、それまではゆっくりお休み、眠り姫。……くっくっくっ」
甲高いヴィクターの笑い声が、朦朧とする脳内にこだます中、サラは最後の願いを心中に残していた。
(――ニーナ! ここへ来ちゃダメ! 逃げてっ‼︎……)
※この時点での俺(クルーエル・ラビ号)のステータス
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【船名】クルーエル・ラビ
【船種】ガレオン(3本マスト)
【用途】海賊船 【乗員】124名
【武装】自動機関砲…5基 タイレル小臼砲…2門 タイレル中臼砲…2門 18ライル・ラディク砲…20門 24ライル・ラディク砲…18門
【総合火力】3824 【耐久力】15000/15000
【保有魔力】3000/3000
【保有スキル】神の目(U)、乗船印(U)、総帆展帆(U)、自動修復(U)、詠唱破棄、治癒(大):Lv6、魔素集積:Lv7、結晶操作:Lv6、閲読、念話、射線可視、念動:Lv10、鑑定:Lv10、遠視:Lv10、夜目:Lv10、錬成術基礎:Lv10、水魔術基礎:Lv8、火魔術基礎:Lv8、雷魔術基礎:Lv8、身体能力上昇:Lv6、精神力上昇:Lv6、腕力上昇:Lv6
【アイテム】神隠しランプ、魔導防壁展開装置
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※魔導防壁展開装置を装備したおかげで、耐久力が跳ね上がりました。魔導表示式のコンソールパネルやホログラムパネルなど、エルフの技術によって魔改造が施され、もはや帆船なのか宇宙船なのか分からない見た目になってます……